「いつか、その街の待ち合わせ場所となるような、シンボリックな作品をつくってみたい」とは、magmaの杉山純さん、宮澤謙一さんが、クリエイターインタビューで語ったアイデア。そして、3年以上の時を経て、「六本木アートナイト2022」の展示作品《ROCK’N》として実現。しかも、それはコロナ禍を経た世界だからこそ、生まれた作品となりました。 前編では、《Rock’n》が生まれた経緯を杉山さんにインタビュー。アイデアで語られた “待ち合わせ場所”としてのアートについてお話を伺いました。後編では《ROCK’N》を待ち合わせ場所に、「六本木アートナイト2022」の見どころをガイド形式で紹介します。
約3年ぶりとなる「六本木アートナイト2022」が9月17日(土)~19日(月・祝)の3日間にわたって開催されます。メインプログラム・アーティストに日本を代表する現代アーティストの村上隆を迎え、「マジカル大冒険 この街で、アートの不思議を探せ!」をテーマに、ペインティングやインスタレーション、音楽、パフォーマンス、映像、トークなど、多種多様な約100のプログラムを展開します。
これまでは土日、オールナイト形式が「六本木アートナイト」のデフォルトでしたが、コロナ禍を配慮した密回避の新しいフォーマットに挑戦。期間を3日間に拡大し、先行展示などを取り入れた"少し長い"アートイベントとなります。そこで、今回は気になるスポットを編集部でピックアップ。magmaの《ROCK'N》にて待ち合わせするところから始まる、2パターンの"六本木アートナイトの歩き方"をご紹介します。
土曜の夕方に六本木に足を運び、日曜の朝まで夜通しでできるだけ多くのアート作品を鑑賞。朝にラジオ体操をして帰宅するスタイルが、これまでの「六本木アートナイト」の楽しみ方の定番でした。今年はオールナイトから、じっくり時間をかけて見るスタイルへ。新たにおすすめしたいのが、六本木に宿をとって贅沢に楽しむ「お泊りコース」です。
このコースの一番の魅力は、ボリュームのある美術館の展覧会もじっくり鑑賞できること。例えば、サントリー美術館、国立新美術館、21_21 DESIGN SIGHT、森美術館と4つもの施設を巡ろうと思うと、1日ではなかなか難しいものです。数日に分けることで、より多くの美術館の展覧会やプログラムに触れることができて、アートナイトの醍醐味でもある"街歩き"も存分に楽しめます。
マスクをつけることがあたりまえとなった今、視覚で得られる情報は顔半分。残りの半分を別の感覚で補えるようになったとしたら、見える世界はどんなふうに変わるだろうか。そんなコンセプトと、"六感"をテーマにmagmaが制作した作品《ROCK'N》。待ち合わせ場所を想定した作品で、「六本木アートナイト2022」をスタートさせましょう。
《ROCK'N》と同じプラザ1階で見られるのが、宇宙のはじまりをイメージしたキムスージャ《演繹的なもの》。作品の周りを移動しながら鑑賞すると、足元の鏡に写り込んだ建物や木々までもがゆらめき、異次元にぽっかりと開かれた穴のようにも見える漆喰のオブジェと相まって、視覚的、感覚的に不思議な体感を覚えます。
ガレリアには、松田将英《The Big Flat Now》が。攻殻機動隊で知られる「笑い男」と、 ネット上の多様なコミュニケーションのシンボルとなっている絵文字「笑い泣き」をマッシュアップしたシリーズ作品。メディアアーティストのゴッドスコーピオンとコラボし、AR体験も可能。
そして、今回のメインプログラムへ。村上隆自身はもちろん、キュレーションしたアーティストたちが、「ドラえもん」とのコラボレーションに挑んだ作品です。藤子不二雄という偉大なアーティストが生んだ、20世紀を代表する日本のポップアイコンである「ドラえもん」に、各アーティストがリスペクトを持ちながらペイントを施した合計14体の作品が4会場に。ミッドタウンには、村上隆による高さ4メートルものバルーン作品が展示されます。
東京ミッドタウンエリアでは、21_21 DESIGN SIGHTやサントリー美術館も押さえておきたいところ。21_21 DESIGN SIGHTでは、現代美術作家クリストとジャンヌ=クロードの活動の根源と広がりに焦点をあてた『クリストとジャンヌ=クロード "包まれた凱旋門"』が開催中。関連プログラムとして開催された関口光太郎《みんなの形で凱旋門を包もう(エッフェル塔も!)》にて制作された作品も展示されています。また、サントリー美術館では、『美をつくし―大阪市立美術館コレクション』が開催中。同施設6階ホールでは、山中迓晶による古典×現代ダンスパフォーマンス《飛天-Celestial maiden》が、9月17日(土)に公演。貴重な古典美術を鑑賞したあとは、新たな伝統の継承を感じてみるのもいいかもしれません。
ミッドタウン・ガーデンの入口から、わずか200メートルほど先にある国立新美術館では、『ルードヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション』が開催されています。館名に名を冠するルードヴィヒ夫妻をはじめとするコレクターたちに焦点を当て、同館の代表作152点を展示しています。同じく国立新美術館内では、1960年代末から1970年代初頭にかけて、自然や人工の素材を節制の姿勢で組み合わせて提示する「もの派」をけん引した、李禹煥の大規模な回顧展『国立新美術館開館15周年記念 李禹煥』を開催。
エントランスロビーでは、展示既存の空間を見知らぬ風景に変容させることを得意とする玉山拓郎によるインスタレーション《NACT View 01》や色鮮やかな絵画で有名な今井俊介による新作インスタレーション《untitled》がお目見えします。館内各所に設置される三原聡一郎によるサウンドアート《空白のプロジェクト#4想像上の修辞法》も楽しみ。
国立新美術館から、六本木ヒルズへ向かうときにぜひ歩いてほしいのが、六本木7丁目の路地裏。"裏導線"ともいえるこの道すがら、六本木西公園に立ち寄ることができます。大量に放置、破棄された自転車が作家の手によって息を吹き返した、東弘一郎の作品《無限車輪》は圧巻。
毎日10時~18時の間には、公園内でライブペインティングなど、さまざまなプログラムを用意。生身の人間から放たれるエネルギーを、体感できる貴重な機会です。
また、六本木周辺には数多くのギャラリーや施設が点在し、六本木アートナイトに合わせて営業時間を延長したり、特別な企画を用意したりもしています。"街歩き"を堪能しながら偶然の出会いを楽しむのも、時間に余裕のあるお泊りコースならではの魅力です。
六本木ヒルズアリーナでは高さ10メートルにも及ぶ、メインプログラム最大の「ドラえもん」バルーンに出会えます。村上隆の世界に染まった巨大ドラえもんのインスタレーションと、7アーティストによる6つのドラえもんが登場。すべてのドラえもんの内部には照明が仕込まれており、夕方以降はまた違った表情が見られます。多くの作品は夕刻以降、ライトアップされるため、同じ作品を昼と夜、別日と見返すのも今年ならではの楽しみです。
また、スポーツ観戦の応援などで使われるスティックバルーン1万個を使用した、デイジーバルーンのインスタレーション《Wave》も見ておきたい作品。過去と未来をつなぐ"現在"を生きる人々を勇気づけたい、という願いが込められています。
《Wave》が展示されたメトロハットを抜けてウェストウォーク2階へ向かうと、マイケル・リンの新作《窓》が。ジオットハウスと六本木ヒルズ・ウェストウォーク南のファサードという規模も背景も異なる2つの場所で、台湾の伝統的な格子窓から流用したコイン模様のモチーフが展開されます。
屋外の作品を堪能した後は、『地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング』が開催中の森美術館へ。自然と人間、個人と社会、精神世界、宗教、繰り返される日常、そして生と死など、生や実存に結びつく主題の作品を通して、パンデミック以降の新しい時代をいかに生きるか、「ウェルビーイング(よく生きること)」とは何かを考える展覧会です。
夕暮れどきや夜には、東京シティビューから"都市という名のアート"を眺めるのもおすすめ。アートナイト期間には、同所で『誕生50周年記念 ベルサイユのばら展-ベルばらは永遠に-』も開催中。初公開も含めた、貴重な原画に触れることができます。
1日の終わりのディナーは、クリエイターたちが足を運んだお店で楽しんでみるのはいかがでしょうか。例えば、グラフィックデザイナー佐藤卓さんおすすめの旬の食材を楽しめる「てんぷら 山の上」の「てんぷら定食」。もしくはオノ・ヨーコさんと遭遇したという逸話を語っていただいた森美術館館長片岡真実さんのおすすめ「HONMURA AN(ホンムラアン)」の「いくらおろしそば」。
六本木に宿泊するなら、ぜひ思い切って「グランド ハイアット 東京」へ。レストラン「フィオレンティーナ」と「オーク ドア」では、六本木アートナイト2022 スペシャルチケット(展覧会優待券)限定ディナーコースが用意されています。同チケットは、各美術館への入館や割引がセットとなっており、「ザ・リッツ・カールトン東京」では、眺めの良い客室での宿泊と朝食がセットとなっています。宿泊してから美術館を巡れば、日常から離れた優雅な時間を過ごせそうです。
お泊りできるほどの時間はないけれど、1日でできるだけ多くの作品を見たい。そんな人には、今年の「六本木アートナイト」のエッセンスや魅力をギュッと濃縮した、よくばり詰め込みコースを。注目度の高い作品や、アート入門としてぜひ目にしてほしい作品をピックアップしました。
待ち合わせは、東京ミッドタウンのプラザ1階に展示された、シンボリックなmagmaのコラージュ作品《ROCK'N》。まず、押さえておきたいのが、今回のメインプログラムであるドラえもんバルーン。
東京ミッドタウン、国立新美術館、ラピロス六本木、六本木ヒルズの4会場で、村上隆とアーティスト12組による計14体のドラえもんバルーンを見ることができます。立っているドラえもんと、座っているドラえもんという2種類のフォルムから広がる、各アーティストの表現を堪能しましょう。正面だけでなく、側面、裏面と細部にまで手を抜かず描かれたペインティングは、角度によってまったく違う表情が見られます。
街に点在する作品を"探す楽しみ"が味わえる、ローレンス・ウィナーの作品《HERE FOR A TIME THERE FOR A TIME & SOMEWHERE FOR A TIME》。東京という都市、そして六本木という街の歴史や現在にインスピレーションを得た作品が、六本木ヒルズや東京ミッドタウンなど数カ所で展示されます。
マップに記載されているものの、細かな展示箇所は行った人にしか分からない。そんな"探す楽しみ"も感じられる作品です。言葉と文字が伝える意味や心象の、翻訳しようとしてもしきれない何かが提示された作品から何を感じ取るのか。アートナイト企画時には存命だったローレンス・ウィナーが残した、言葉のアートを体感できる貴重な機会です。
また、東京ミッドタウン内でおさえておきたいのは、宇宙のはじまりをイメージしたキムスージャの作品《演繹的なもの》、そして、2019年の東京ミッドタウンアワードで発表された古谷嵩久の《人工知能による顔の識別》。粘土を使い、即興で鑑賞者の首像をつくるライブ感あふれるパフォーマンスに圧倒されるはずです。
東京ミッドタウンと六本木ヒルズを行き来する際に、目に飛び込んでくるのが六本木交差点に設置されたポップな増田セバスチャンさんの作品。
多種多様なマテリアルを用いてカラフルなジェンダーを表現したタワー《Polychromatic Skin -Gender Tower-》や、真っ白なプランターをカラフルに彩る《Polychromatic Skin -Flower-》、少し足を延ばした先にあるロアビルの工事現場の囲いに描かれた《Polychromatic Skin -Gender Wall-》に出会います。これら《Polychromatic Skin》は、ジェンダーに代表される自由と平和の前に立ちはだかる無意識下の固定概念を突き破り、解放する作品シリーズです。
メトロハットに展示されるデイジーバルーンの《Wave》は、バルーンをワームホール状に形成することで、自然の風の流れによって、それぞれが触れ合い、拍手のような音を生み出します。
また、夏の終わり、黄金に輝き風に揺れる稲穂にインスピレーションを受けた、TANGENTのフロアライト/インスタレーション《INAHO》も夕暮れや夜に見てみたい作品。人感センサーとソレノイドを搭載しており、人が近づくと穂が揺れ始めてLEDに光が灯り、人が離れると光と揺れがゆっくりと止みます。
時間が許すなら、ライトアップされ、昼とは違う表情を見せる作品たちを帰り道に眺めながら帰路につくのもおすすめ。
3年ぶりの開催となった「六本木アートナイト2022」。夜に加え、日中も楽しめるイベントとなった今年は、待ち合わせ場所から帰りまでたっぷりとアート鑑賞を楽しめます。期間中は、トークなどのプログラムが実施されるため、タイミングが合えば、アーティストたちの姿を実際に見ることができるかもしれません。今年はぜひそれぞれ自分だけの楽しみ方で"アートな街歩き"をしてみてはいかがでしょうか?