六本木の美術館やギャラリーを舞台に繰り広げられる「六本木、旅する美術教室」。アートディレクター尾原史和さんがインタビューで語った「アートの受け手側の"考える力"は、教育的なところから変えていくべき」という提案を実現するべく、クリエイターやアーティストのみなさんに、その人ならではの美術館やアートの楽しみ方を教えていただきます。
第10回目の先生は、ミュージシャンの土屋礼央さん。アカペラボーカルグループ「RAG FAIR」のリードボーカル、シンガーソングライターとして活躍する一方、バラエティ番組やラジオなどでは多岐に渡るジャンルへの興味関心を披露し、美術鑑賞もその1つだそう。森美術館で開催中のウェルビーイング(=よく生きる)をテーマとした『地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング』展でキュレーターを務める熊倉晴子さんが案内役となり、イマジネーションを膨らませながら、想像力の育み方を学んでいきます。
展覧会鑑賞終了後、想像力をくすぐるような展示を振り返りながら、「"不要不急"なことこそ、自分たちが温度を感じられるものであり、文化なのだと感じた」と感想を述べた土屋さん。そして、父である日本画家・土屋禮一さんの教えを引き合いに出してくれました。
土屋礼央作品名や意図を知ってから作品を見ない方が良い、と昔から父に言われてきました。まず自分がどう感じるかに着目して、興味のあるところを深堀りしていくんです。この展覧会はクイズみたいに作品と向き合えて、それなのにいつの間にか自分と会話しているような感覚が、とても素敵でしたね。
そのうえで土屋さんが鑑賞の際に大事にしているのは、「自然に見る」ことだそう。
土屋アートでもエンターテインメントでも、僕はまず癒やされたいと思うので、鑑賞中も話しましたが、作品を引きで見た時に、目が疲れないかどうかがポイントなんです。そして意図などを考えず、なるべく自然に見たい。だから贅沢ですけど会場を2周するくらいが理想で、1周目は先入観を持たずに見て、2周目はタイトルや解説を読んだりしながら鑑賞したい。そうすると同じ作品でも、捉え方が全然違ってくると思うんです。日を変えて、リピートするのも面白そう。『地球がまわる音を聴く』展は、自分の精神状態によって、感想が変わってきそうな展覧会ですよね。
熊倉晴子そういう意味でも多角的な見方ができて、その時々で違うよさを発見できる作品を展示することができたと感じています。
土屋展示の順番もよいからこそだと思います。展覧会は言ってみればコース料理と一緒で、たとえばいきなり肉が出てきて、野菜が最後だったりしたら、ちょっとなあと思うじゃないですか。その点、今回はオノ・ヨーコさんの温かいお茶とお茶菓子から始まり、素晴らしいおもてなしを楽しませてもらいました。
【想像力の創造力 #5】
意図は考えず、まずは自然に見る
自然に見るのはたしかに理想的ですが、わかりにくかったり、理解を超えるような作品と出会った時はどうするのでしょう。
土屋昔、ピカソの絵がなんでこんなに評価されているのかわからなくて、父親に聞いたことがあるんです。そしたら、「おまえは絵になった途端、急に難しく考えるよね。たとえば服を選ぶ時は『なんかいいじゃん』ってだけで決めるだろう。絵もそこから入ったらいいと思うよ」と言われたんです。それで美術を鑑賞する時も、テーマは何かなど難しく考えず、単純にいいと思うかどうかを入口にするようになりました。
今回の神社を再現した作品も、テーマを考え出したら難しいのかもしれないですけど、参道のところになぜか長靴とズボンがあって、難しさよりユーモアを感じました。だから難しいかどうかは、あえて考えないようにしているのかもしれませんね。音楽でもアカペラを難しく伝えがちだったりするけど、アプローチの仕方としてもったいない。「たまたまハモってるだけなんですよ」ってくらいの方が、気軽で入りやすいですよね。
熊倉そうですね。土屋さんのように鑑賞していただけたら、こんなに心強いことはないですが、現代美術にハードルの高さを感じている人もやはり少なくありません。先ほど展示の順番をコース料理にたとえてくださいましたが、難しい作品を簡単なものとして見せるのではなく、複雑なものをどうやって通訳して、身近に感じてもらうことができるかが、美術館全体が取り組むべき大切な仕事のひとつだと思っています。
【想像力の創造力 #6】
服を選ぶような感覚でハードルを下げる
音楽を生業にしている土屋さんにとって、美術鑑賞はライブを見に行くよりもさまざまなヒントを得ることができる場になっています。
土屋アートは他ジャンルっていう時点で、音楽とは異なる表現になっていて、自分からすればたとえてもらえているような感覚なんですよね。たとえば、さきほどの花粉の作品の曲を僕がつくったとしても、ジャンルが違うからパクったとは言われないじゃないですか(笑)。そう考えると、自分がいるところではないジャンルって、インスピレーションを得る大チャンスなんです。
何人かで曲をつくり上げていく時も、音楽用語をあえて使わず、たとえを用いたり、何かに置き換えることで、想像の幅を広げていくそう。
土屋「黄色っぽく演奏してみよう」みたいに伝えると、人によって黄色のイメージが違うので、面白いことが起こりやすいんです。「渋谷のスクランブル交差点っぽいセッションにしよう」っていうのも可能性が広がりますよね。これを「テンポは120で、キーはCで......」と伝えたら、その通りにしかならないじゃないですか。音楽用語や専門的なことは、記録として譜面に残す時に必要だけど、そこから始めてしまうと逸脱することができない。制限を設けないという意味では、映像など視覚的なことで捉えたほうが、僕はワクワクできますね。
【想像力の創造力 #7】
他ジャンルの表現をインスピレーションの源にする
子どもの頃、ファミコンをやりたくても買ってもらえなかったため、同じような興奮を味わえるアナログのゲームを、ルールから自分で考え出したという土屋さん。創造力の豊かさを感じさせるエピソードですが、クリエイティビティを身につけられるような、アートとの関わり方はあるのでしょうか。
土屋アートに限らないかもしれませんが、この作品はこうだと決めつけないことで、次のアイデアに行けるような気がしています。寄りで見るのと引きで見るのとでは全然印象も違うだろうし、1つの作品に対して何パターンも印象を持っていると、いつかそれが他の場所で感じた何かと合体して、具体的なアイデアになったりする。
クリエイティブって要は、くっつける作業だと思います。はたから見ると新しいアイデアも、自分の中では蓄積されている何かと何かをくっつけているだけだったりする。だから美術館からは1つと言わず、いろんな感想や感情を持って帰りたいですよね。展覧会のキュレーションだってそうで、この作品とこの作品を同じ空間に集めたら、今まで見たことのない展覧会になるってことですから。
熊倉展覧会や作品に込めたメッセージを聞かれることがよくあるのですが、確固たる意思やメッセージが必ずしもあるとは限らないと思っています。というのも、美術は答えを教えてくれるものではなく、問いを与えるもの。鑑賞することによって問いの数を増やすことが美術、とりわけ現代美術にできることなんですよね。土屋さんのおっしゃる通り、いいと思うものをくっつけることで何かが生まれるのは、美術の考え方と言えますし、クリエイティビティという意味ではどんなものにも応用できる方法かもしれません。なので答え合わせをするのではなく、なぜそう感じたのか、問いの方を大事にして鑑賞してほしいですね。
【想像力の創造力 #8】
いいと思うものをくっつける
土屋パンデミックのようなつらいことがあった時こそ、"不要不急"とされる文化があってよかったと実感できますよね。だから年収どうこうではなく、この展覧会を見て幸せだなと思ったら、勝ち組なんですよ! もちろん勝ち負けではないのですが。
熊倉まさにウェルビーイングですね。ウェルビーイングは、他人の価値観に左右されず、自分で決めることだと思うので。
土屋美術も含め、物事は全部自分の捉え方次第。あとは、見たものをいろんなことにたとえまくって何パターンも捉え方や問いが生まれたら、そこから想像力のヒントを導き出せるかもしれませんね。
1つではない答えを受け止めるのに大切なのは、柔らかい心。パンデミックを経て、社会が大きな転換期を迎えている今、「どう生き、どう感じるか」様々な問いを投げかけてくれるひと時でした。