
アーティストやキュレーターと鑑賞者とのプライベートなワークショップを六本木で。
インスタレーションをはじめ絵画や立体など、多様な作品を国内外で発表している現代アーティスト・鬼頭健吾さん。5月26日から27日にかけて行われた六本木アートナイト 2018では、作品を通じて儚くも幻想的な夢を私たちに見せてくれました。そのほかに、過去にも2度六本木で行われた展覧会に参加経験を持つ鬼頭さんが、アーティストの立場から、この街とアートの現在地、そして可能性について話してくれました。
デジタルが、工芸が、アートと結びつく時代です。今後アートはますます拡張していくでしょうし、それはそれでおもしろいと思います。ヨーロッパで、"美術"を表す"Art"という言葉が本来指しているのは、"美"ではなく"術"のほうですが、日本は"Art"に"美"を求めている風習がありますね。ですが、学校で"術"は教えてもらえても、"美"を教えてもらえることはない。今後、より美術に深く潜るきっかけのひとつとして、たとえばアーティストやキュレーターと鑑賞者との、プライベートなワークショップ、あるいは講義を六本木でやるのはどうでしょうか。アートとは? という導入から、アートを売る人、買う人のこと、そして実際に高額のアート作品を買うところまで、アーティストやキュレーターと1対1や1対2の関係性でじっくり対話する機会があればいいと思います。定員を募るトークイベントやワークショップ自体はすごく増えてきていますが、そういう開けた空間によって逆に参加の機会を狭めている可能性もある気がするので、少人数であればまた違った角度で深いアート体験ができると思うんです。
六本木はコンパクトな街だと思います。「森美術館」、「国立新美術館」、「サントリー美術館」、「21_21 DESIGN SIGHT」をはじめ、「Taka Ishii Gallery」、「Tomio Koyama Gallery」といった、東京を代表する美術館やギャラリーなどの文化施設と、東京ミッドタウンや六本木ヒルズなどの商業施設が点在していて、そのひとつひとつを散歩しながら巡ることができる、そのスケール感は魅力的です。
僕が初めて六本木に足を運んだのは、2003年に森美術館がオープンして、展示を観に行ったのが最初だったと思います。その後は森美術館での展覧会「六本木クロッシング2007:未来への脈動」と国立新美術館での展覧会「アーティスト・ファイル2011─現代の作家たち」に作家として参加することで、六本木に縁ができました。
「六本木クロッシング2007:未来への脈動」
現在進行形の美術の動向に注目するシリーズ展として 2004年に森美術館でスタートした「六本木クロッシング」。第2回目となった「六本木クロッシング2007:未来への脈動」では、「交差(クロッシング)」の意味に注目し、天野一夫(美術評論家)、荒木夏実(森美術館キュレーター)、佐藤直樹(ASYLアートディレクター)、椹木野衣(美術評論家)の4名のキュレーターによる活発な議論を通して、アーティスト36組を厳選し、日本のアートの可能性を探った。
会期:2007年10月13日(土)〜2008 年1月14日(月・祝)
場所:森美術館
鬼頭健吾《ロイヤル(多面体)》2007年
展示風景:「六本木クロッシング2007:未来への脈動」森美術館、2007年
Courtesy: Gallery Koyanagi and Kenji Taki Gallery
撮影:木奥恵三
「アーティスト・ファイル2011─現代の作家たち」の作品搬入日のことは、今でも鮮明に覚えています。搬入のための買い出しに行って、地下鉄のホームで、地震に見舞われたんです。そう、東日本大震災が起きた2011年3月11日のことでした。立っていられないくらいに揺れて、周囲もパニックになっていましたが、それでも僕は作品を搬入しなくてはならず美術館に滞在していたのですが、次第に街から人が減っていき、気づいたときには誰もいなくなっていました。
誰もいない六本木。そんな光景、想像したこともありません。まさに日常のなかの非日常。まるで幻覚、夢を見ているようでしたが、それがあの日、現実の世界だったんです。展覧会のオープニングは当然延期となり、僕は当時住んでいたベルリンに戻りました。そして今でも六本木と言えば、あの時体験した誰もいない風景を思い出すのです。
「アーティスト・ファイル2011─現代の作家たち」
現代に生きる作家たちの新しい表現を紹介することをひとつの使命としている国立新美術館。そんな国立新美術館の学芸スタッフが、国内外で今最も注目すべき活動を展開する作家たちを選抜して展示するシリーズ展が、「アーティスト・ファイル-現代の作家たち」。その第4回目となった本展では、絵画、写真、陶芸、映像、インスタレーションと多岐にわたりながら、日本人作家と海外作家あわせて8組のアーティストが参加した。
会期:2011年3月19日(土)~6月6日(月)
※東日本大震災の影響により、会期及び閉館日を変更。当初の会期は3月16日(水)から。
場所:国立新美術館
鬼頭健吾《Inconsistent Surface》2011年
国立新美術館、展示風景:「アーティスト・ファイル 2011―現代の作家たち」
撮影:上野則宏
幻想や夢と言えば、『街はアートの夢を見る』が今年のテーマとなった「六本木アートナイト 2018」に、メインアーティストとして僕も参加しました。アートナイトはひと晩限りのもの。そのことを前提としつつ僕自身、夢とは何かを問いながら、最終的には『hanging colors』『broken flowers』の2作品を国立新美術館で発表しました。ガラスのファサードに引っ掛けたりはずしたり、一瞬の行為で完結するカラフルな布。そしてスイッチを切ると、跡形もなく消えてしまう映像――『hanging colors』と『broken flowers』、それぞれの作品に利用した道具そのものにも、夢の儚さを重ね合わせています。
「六本木アートナイト 2018」
2009年にスタートした一夜限りのアートの饗宴「六本木アートナイト」。今年のテーマは、「街はアートの夢を見る」。金氏徹平、鬼頭健吾、宇治野宗輝の3名がメインアーティストとして参加し、六本木エリアで横断的にインスタレーションやパフォーマンスを展開した。生活の中でアートを楽しむという新しいライフスタイルの提案と、大都市東京における街づくりの先駆的なモデル創出を目的に毎年行われてきた六本木アートナイトは、東京を代表するアートの祭典として成長を遂げている。
会期:2018年5月26日(土)~27日(日)
場所:六本木ヒルズ、森美術館、東京ミッドタウン、サントリー美術館、21_21 DESIGN SIGHT、国立新美術館、六本木商店街、その他六本木地区の協力施設や公共スペース
『hanging colors』『broken flowers』
© 撮影 木暮真也
国立新美術館で展示された鬼頭さんの作品。カラフルな布の滝『hanging colors』は、黒川紀章氏設計による美術館のガラスのファザードをカラフルな布ですべて覆った作品。普段は見えるようで見えなかったファザードの形状が見え、日中は外光がその布を通して美術館内部にカラフルな夢を投影した。
『broken flowers』は、国立新美術館の正面玄関前に鏡を敷き詰め、花畑の映像を4台のプロジェクターを使って投影した作品。花畑の映像は、美術館の屋根の上に反射することで水玉模様のように分解され、花畑は最終的に色として認識されるだけに変換していくようにした。
ちなみに『broken flowers』の最初のイメージは「幽霊」なんです。大学(京都造形芸術大学)の教え子が女の人の幽霊を見たと僕に報告してくれたことがきっかけで、そもそも幽霊とは一体なんだろう? とか、あれは人間のコピーなのか? もしも鏡に映った自分の鏡像がイメージとして具現化するなら、そのとき内臓はあるんだろうか? といろいろ考え、それを花に例えて『broken flowers』をつくったのです。
六本木アートナイトはお祭りのようなものですね。ある種の徒労感とともに一瞬で終わってしまいましたが(笑)、それが六本木アートナイトの醍醐味だと実感しました。
よく取材などで、「土地性や場所性はどのように作品に影響しますか?」と聞かれることがあります。そのような質問が多いのは、生まれは名古屋で、大学進学を機に京都へ出て、その後ニューヨーク、ベルリンで過ごし、東京での短期間の生活を経て、現在は群馬県高崎市に住んでいるという僕の経歴もあるのだと思うのですが、近年、国内外で地域資源を活用した芸術祭が増えていることも理由のひとつだと思います。でも実は僕自身は、土地性や場所性を意識しながら作品をつくることはあまりありません。
例えば今回参加した六本木アートナイト。まさに六本木という土地を活かした芸術祭ですが、僕の場合、土地からインスピレーションを受けて作品をつくるというよりも、自分の作品を通して鑑賞者の六本木という街への見方、意識が変わること、そうなれる作品をつくることのほうに視点が向いています。
もちろん土地と親和性がある作品の展開もおもしろいと思います。でもこの作品によって、街がこう見える。そんな作品がもっと増えていったら、よりおもしろい街に発展するのではないか。"僕の作品で街が変わる"。僕自身はそちらの方に興味があるんです。