サントリー美術館では、6月15日(日)まで「酒呑童子ビギンズ」を開催しています。本展は、日本で最も名高い鬼・酒呑童子にまつわる二つの"はじまり"を全三章で紹介する展覧会です。
『第一章 狩野元信筆「酒伝童子絵巻」の大公開』では、サントリー美術館が所蔵する重要文化財・狩野元信筆《酒伝童子絵巻》(以下、サントリー本)全三巻を展示。江戸時代を通して何百という模本や類本が作られたことから《図様のはじまり》とされる本作を、同館史上最大規模の約35メートルに渡って大公開しています。
《酒呑童子絵巻》に描かれる物語は、都で少女誘拐事件が相次いで起こったことを契機に、その犯人・酒呑童子を打ち滅ぼすため、源頼光と、渡辺綱、坂田公ら頼光四天王および藤原保昌が戦いに赴くというもの。登場人物それぞれの姿は着物の色や柄で描き分けられ、誰がどう動いているのかが一目瞭然です。
上巻は水墨画のようなタッチで描かれており、狩野元信特有の和漢融合の特徴も見て取ることができます。さらに、サントリー本の詞の部分は各巻ごとに別の人物が記しているため、絵だけでなく、上中下巻それぞれの筆致の違いを楽しむことも可能です。
中巻では、頼光たちがついに酒呑童子と対面。童子の登場シーンでは左右に童をはべらせた大男の姿で登場し、吊り上がった目元が印象的です。ところが、頼光四天王が都から持ってきた毒酒を飲むと、目尻が下がり頬も赤く、トロンとした表情に。姿勢も崩れ、酒に酔っている様子がリアルに伝わります。
最終となる下巻では、鬼の姿を現した酒呑童子と頼光四天王が対決。門を押して中に入ろうと試みる頼光たちと、女性に囲まれながら寝所で眠る童子の様子が一枚に収まる絶妙な緩急が見事です。
こうしたシーンをはじめ、サントリー本に散りばめられた多くの場面が能の演目「酒呑童子」にも引き継がれています。本展では、その様子が記された数冊の伝書をはじめ、国立能楽堂の協力を借り、《響き合う絵巻と能》と題した上演舞台のダイジェスト映像も設置。絵物語が見事に舞台作品へと昇華されています。
3階の第二展示室では、『第二章 エピソード・ゼロ―展開する酒呑童子絵巻』と、『第三章 婚礼調度としての酒呑童子絵巻』を展開。第二章では、サントリー本とほぼ同じ内容の絵巻でありながら、その前半に《鬼のはじまり》ともいうべき、酒呑童子出生の秘密を描き出した摸本が展示されています。
なかでも、ライプツィヒ・グラッシー民族博物館所蔵・住吉廣行筆《酒呑童子絵巻》(以下、ライプツィヒ本)は、ドイツに渡って以来初の里帰り。日本を発って以来、絵巻が開かれていなかったのか、非常に鮮やかな色合いが残されているのが特徴です。
さらに、大阪青山歴史文学博物館所蔵《酒呑童子絵巻下絵》(以下、大阪青山本)も展覧会初出品を果たしました。大阪青山本は、ライプツィヒ本の下絵として使用され、場面ごとに絵の指示書きをする役目を持っていたとされます。
ほかにも、頼光四天王による鬼退治の物語は、「伊吹童子」や「羅生門」、「土蜘蛛」などのスピンオフ作品が生まれるまでに発展。これらの物語が描かれた絵巻も併せて鑑賞することができます。
第三章では、サントリー本とライプツィヒ本が共に、姫君の婚礼で持ち出された所持品であったという共通点から、婚礼調度としての《酒呑童子絵巻》の役割に焦点を当てました。
徳川家康の娘・督姫(良正院)は、小田原の北条氏直に嫁いでいましたが、彼の死後に池田家へ再嫁。その際に北条家伝来のサントリー本を持参したと伝わっています。一方、ライプツィヒ本は、徳川家治の養女・種姫が紀州徳川家へ輿入れした際の嫁入り道具であったそうです。
《酒吞童子》を題材にした作品は摸本だけにとどまりません。《大江山縁起図屛風》もその一つ。酒呑童子の物語が美しい金色の屛風に描き出されています。若い娘たちが誘拐される血なまぐさい絵巻が、どうして婚礼というめでたい場で好まれたのか。その理由はぜひ、会場でお確かめください。
酒呑童子にまつわる数々の品を堪能できる本展。現代でもマンガやアニメに取り入れられるほど高い人気を誇る物語の原点に触れてみてはいかがでしょうか。
編集部 福島
「酒呑童子ビギンズ」
会期:2025年4月29日(火・祝)~2025年6月15日(日)
※作品保護のため、会期中展示替を行います。
※本展は撮影禁止です。
開館時間:10:00~18:00(金曜日は10:00~20:00)
※6月14日(土)は20:00まで開館
※いずれも入館は閉館の30分前まで
休館日:火曜日
※6月10日は18:00まで開館
主催:サントリー美術館
協賛:三井不動産、鹿島建設、サントリーホールディングス
助成:公益財団法人野村財団
協力:国立能楽堂
公式サイト(URLをクリックすると外部サイトへ移動します):
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2025_2/