サントリー美術館では8月28日(日)まで、「歌枕 あなたの知らない心の風景」が開催されています。
古来、日本人にとって形のない感動や感情を表わす手段が和歌でした。繰り返し和歌に詠まれた土地には次第に特定のイメージが定着し、歌人の間で広く共有されていきます。「歌枕」とは、和歌によって特定のイメージが結びつけられた地名を指しています。
本展では、いわば日本人の心の風景とも言える「歌枕」の世界を紹介しています。構成は、名所絵が中心の「第一章:歌枕の世界」から「第五章:暮らしに息づく歌枕」までの全五章。屏風や絵巻物から工芸品まで、日本美術を豊かにしてきた長い歴史を感じられる展覧会となっています。
まず会場に入ると、大きな屏風の数々が我々を歌枕の世界に誘います。第一章は屏風絵が中心。屏風には描かれているのは、桜や楓、橋、水車などさまざま。これらには、一つひとつ明確な意図がもたらされています。
たとえば、古くより桜は「吉野山」、楓は「龍田川」が名所とされてきました。川にかかる橋と水車、そして柳の組み合わせは「宇治」といったように、和歌由来のイメージによって表される伝統がありました。その源泉こそが「歌枕」というわけです。
特定の地名が繰り返し詠み継がれることで、歌枕は一般に広がるように。やがて「実在の景勝地」ではなく、歌人の間で共有される「心の風景」という側面が強くなりました。第二章では、そんな歌枕が成立していく過程にあった平安時代の古筆を通して、歴史を概観できます。
そして第三章からは、平安時代のやまと絵を始めとした、日本の名所絵の歴史を振り返っていきます。
あくまで土地のイメージで描かれたものなので、具体的な風景ではないところが面白いところ。見る者の想像力に委ねた鑑賞方法が中心だったことがわかります。
第四章では、時代が少し進みます。鎌倉時代ごろには旅行が盛んになり、歌枕は旅の原動力となっていきます。
歌枕によって、イメージで名所を知ることができたため、当時の人は実際の風景を訪れることなく和歌を詠むことができました。一方で、現地への憧れも強まり、歌枕を巡る旅を行う人も現れました。その代表が、西行法師です。
《西行物語絵巻》は、西行の生涯を実録風に記した『西行物語』を絵巻にしたものです。古の歌人が行った歌枕を巡る旅を、後世の歌人が追体験することもしばしば。かの有名な松尾芭蕉の「奥の細道」も、西行をしのぶ歌枕の旅の一つであったとみられています。
旅に出ることが難しい人は、浮世絵や歌枕を模した庭園を通して、疑似的な旅を楽しんでいました。江戸時代末期には、『小倉百人一首』を主題とする浮世絵が登場します。《百人一首之内 中納言行平》では、平安時代の装いの行平と、江戸時代の服装をした人物が描かれています。歌枕だけでなく、時間さえも行き来する気分を体験できたことでしょう。
歌枕は、その土地を象徴する景物によって表されてきたため、デザイン化されやすい性質を持ちます。第五章では、硯や家具、陶磁器、茶道具など、歌枕を模した多種多様な工芸品が展示されています。
中でも目を見張るのが、《宇治の景文様小袖》。地の色を宇治川に見立て、鳳凰堂や柴舟、茶畑、宇治橋などが描かれています。和歌を全身で表現した小袖を眺めていると、どこか宇治川の涼やかさを感じられる気がします。
小袖のほか、櫛や鏡、お皿、陶板など、日用品にも歌枕のデザインが用いられていることから、どれほど歌枕が身近な存在だったのか実感できます。
和歌や古典が遠いものになってしまった現代。今一度、歌枕の世界を通して、日本人の心の風景がどんなものなのか、想いを馳せてみてはいかがでしょうか?
編集部 齊藤
サントリー美術館「歌枕 あなたの知らない心の風景」
会期:2022年6月29日(水)~8月28日(日)
※作品保護のため、会期中展示替を行います
※会期は変更の場合があります
会場:サントリー美術館
開館時間:10:00~18:00(金・土は10:00~20:00)
※8月10日(水)は20:00まで開館
※いずれも入館は閉館の30分前まで
※開館時間は変更の場合があります
休館日:火曜日
※8月23日(火)は18:00まで開館
入場料:一般 当日1,500円、大学・高校生 当日1,000円
※中学生以下無料
※障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介護の方1名様のみ無料
主催:サントリー美術館、朝日新聞社
協賛:三井不動産、三井住友海上火災保険、サントリーホールディングス
公式サイト(URLをクリックすると外部サイトへ移動します):
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2022_3/index.html