サントリー美術館では6月12日(日)まで、「大英博物館 北斎-国内の肉筆画の名品とともに-」が開催されています。
江戸時代後期を代表する浮世絵師・葛飾北斎は、世界で最も著名な日本の芸術家の一人。《冨嶽三十六景》や『北斎漫画』など、数々の作品は、海外でも高い人気を誇ります。彼の作品のコレクターや研究者はイギリスにも多くおり、なかでも大英博物館に所蔵されているコレクションの質は、世界でもトップクラスです。
本展では、大英博物館が所蔵する北斎作品を中心に、国内の肉筆画の名品とともに、北斎の画業の変遷を追っています。北斎の約70年にもおよぶ作画活動のなかでも、特に60歳から90歳で亡くなるまでの30年間に焦点が当てられています。また、複数のコレクターの旧蔵品や著作などとともに、イギリスにおける日本美術愛好の様相も浮き彫りにします。展示は「第1章:画壇への登場から還暦」から「第6章:神の領域―肉筆画の名品―」までの6章で構成されています。
会場に足を踏み入れると《冨嶽三十六景 凱風快晴》が、北斎の絵によく見られる藍色の背景とともに、私たちを北斎の世界へ迎えます。会場内の各作品には説明が付いており、北斎作品に詳しくない人でも十分楽しめる内容になっています。
「第1章:画壇への登場から還暦」に展示されている《為朝図》は、数ある北斎の作品の中でも最も手の込んだ作品の一つと言われています。濃密な彩色と金の切箔が施されており、ひときわ豪華な印象を受けます。画中には、北斎と同時期の江戸時代後期に活躍した読本作者・曲亭馬琴が寄せた漢詩も添えられています。
「第2章:富士と大波」では、北斎作品の中でも最も有名なシリーズの一つ《冨嶽三十六景》をはじめとする傑作の数々が展示されています。本シリーズの作品は、当時珍しかった輸入顔料のプルシアンブルーが多用されており、大胆かつ斬新な作風が特徴です。
北斎の代表的な作品《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》は、教科書などで見たことがある人も多いでしょう。《冨嶽三十六景》シリーズの中でも特に人気の高い本図は、長年に渡って繰り返し刷られ、合計8,000枚ほど制作されたと考えられています。作品説明には、江戸の人々は誰でも、蕎麦2杯分より少し高い程度の値段で本作を手に入れることができたという小話も記されています。
《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》《冨嶽三十六景 凱風快晴》とともに、《冨嶽三十六景》シリーズの三役に数えられる《冨嶽三十六景 山下白雨》には、空高くそびえ立つ富士と、稲妻、厚い雲が描かれており、見る者に畏怖の念を抱かせます。
第2章のタイトルにもあるように、富士山と並んで北斎が人生を通じて惹かれたのが水の造形でした。北斎が描く川や滝、海、とりわけ波は、年を重ねるごとにさらに大胆で躍動的なものになっています。
北斎は人間や自然をつぶさに観察し、「もののかたち」をとらえる技を磨きました。「第3章:目に見える世界」では、滝の大胆な蛇行と、馬と男2人の姿を呼応させた《諸國瀧廻り 和州吉野義経馬洗滝》や、農村生活の不安定さを劇的に伝えるためにあえて橋を誇張して描いた《諸國名橋奇覧 飛越の堺つりはし》などにその様子が見てとれます。
「第4章:想像の世界」では第3章の作品とは対照的に、信仰や幻想など、目に見えないものがテーマになっています。北斎が、想像力を駆使して現実感のある描写に仕上げた作品が並びます。
たとえば、こちらの《百物語 こはだ小平二》には、江戸時代の怪談ものに登場する小幡小平二が描かれています。自分を溺死させた妻とその恋人が眠っているところに幽霊となって現れる超自然的な画題が、生々しく浮かび上がります。北斎は高齢になっても、道釈人物(道教、仏教関係の人物画)や神、恐ろしい幽霊などをしばしば取り上げ、芸術の力でそれらを呼び覚まし、世に解き放ちました。
続く「第5章:北斎の周辺」では、北斎にまつわる人々の資料を見ることができます。上の写真に写るアーサー・モリソン氏は熱心な日本美術のコレクターであり、自身の著書で「これまで画家が試みたあらゆる題材を自分のものにした」と北斎を称賛しています。彼が所有していた北斎の作品(北斎作とされる作品含む)約150点は、のちに大英博物館に購入または寄贈され、一部は本展でも展示されています。
本展では、モリソン氏のようなコレクターや研究者にも焦点が当てられており、著作や関連資料などを通じて、イギリスにおいて北斎がいかに愛されてきたか、その歴史も知ることができます。
最終章「第6章:神の領域―肉筆画の名品―」では、肉筆画の名品を通じて、絵画制作と真摯に向き合い続けた北斎の姿を追います。上の《弘法大師修法図》は、北斎の晩年の作品の中で最大級の大きさを誇る作品の一つ。サイズ自体の大きさに加え、暗い背景とそこに浮かび上がる鮮やかな肌のコントラストに圧倒されます。また、絵の上部には金箔や銀箔を散らし、鬼が持つ棒には雲母(鉱物の一種)を施すなど、細部に込められた北斎のこだわりも見ることができる一枚です。
今回ご紹介した作品は、会場に展示された中のほんの一部。歴史ある大英博物館が誇る、北斎の美しい肉筆画の数々を鑑賞しに、本展へ足を運んでみてはいかがでしょうか。
編集部 丹羽
大英博物館 北斎―国内の肉筆画の名品とともに―
会場:サントリー美術館(東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階)
会期:2022年4月16日(土)~6月12日(日)
※作品保護のため、会期中展示替を行います
※会期は変更の場合があります
休館日:火曜日 ※6月7日は開館
開館時間:10:00~18:00(金・土は10:00~20:00)
※いずれも入館は閉館の30分前まで
※開館時間は変更の場合があります
観覧料(税込):一般 1,700円/大学・高校生 1,200円
※中学生以下無料
※障害者手帳をお持ちの方は、ご本人と介護の方1名様のみ無料
主催:サントリー美術館、大英博物館、朝日新聞社
協賛:三井不動産、三井住友海上火災保険、ダイキン工業、サントリーホールディングス
協力:日本航空
公式サイト(URLをクリックすると外部サイトへ移動します):
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2022_2/index.html