現在、国立新美術館では今年度で第23回目を迎える「DOMANI・明日展 2021 スペースが生まれる」が開催されています。
将来の日本の芸術界を支える人材育成のため、文化庁が実施している「新進芸術家海外研修制度(旧・芸術家在外研修)」。本展は、そうした研修の成果を発表する機会として1998年から行われている展覧会です。
今回は、過去10年間に各国で研修を経験した新進作家である大田黒衣美、利部志穂、笹川治子、髙木大地、新里明士、春木麻衣子、山本篤、そしてより以前に研修を経て最前線で活躍する竹村京・鬼頭健吾、袴田京太朗各氏が参加しています。
髙木氏の油彩画は、月、海、林、窓など夜の風景を題材にした作品で、静かで凛とした印象を残します。髙木氏は絵を描く際に、自身のルーツ、内にある感性を見つめ、借り物ではないイメージを立ち上げることの精度に注力しています。そうすることにより、方法やアイデアから離れた「絵」が生まれてくるそうです。
イタリア・ミラノでの研修を経た利部氏の作品は、アクリル画や映像、段ボールなどの廃品を使ったインスタレーション。生活のなかで不要となったものや壊れた廃棄物などを解体し、それらによって形をつくるのではなく、空間を生み出しています。
展覧会のポスターにもなっている《sun bath》は、ベルリンに留学していた大田黒氏の作品。本作を見た途端、多くの動物好きは「このレリーフの後ろの毛皮は犬?猫?ウサギ?」とその持ち主に思いを馳せたのではないでしょうか。
実は作品に使われているのは、アトリエに時々遊びに来る飼い主のわからない猫。猫がふらっと遊びに来ている間にガムのレリーフを制作し、背中に乗せて撮影したというから驚きです。氏はこの猫を「気が向いた時に、毎度違う埃やふけを付けてやってくる、この"小さなカンヴァス"」とし「私が制御することのできない時間と想像を与えてくれます」コメントしています。
1990年代半ばにアメリカのフィラデルフィアで研修した袴田氏の作品は、彫刻の表面と不可視の内部との関係性を問うもの。四角い部屋のように吊られた淡い青緑色のカーテンに、自転車や横臥した人物像が頭を突っ込んでいたり、髪をくくった少女像が鑑賞者に背中を向けて壁にくっついていたり...。
作者は、緊急事態宣言下を振り返り「美術館やギャラリーが閉鎖され、展示された美術品が誰の目に触れることもなくそこに立っていた時、なにかとても親密で、清潔な‟新しい場所‟が生まれていたのではないかと思う」と語っています。
休憩スペースのある通路を抜けると、ベトナムの旧都フエに滞在していた山本氏の映像作品が展示されています。左手の壁には街中を映した2つの映像が並んでいて、右奥の壁では小さな舟に白く光る大きな「I」の字を積んだ人が、ゆっくりと田園風景の中の小さな川を漕いで行きます。
2つの作品をつなぐキーワードは「全」と「個」。社会のあり方を考えることは、個人のありかたを考えることでもある、と氏は語っています。
次のスペースに展示されているのはパリで研修していた春木氏のモノクロームの写真。作者によれば「制作や作品は、観る人へ贈る招待状のようなモノ、いかなる説明書きもない空白だらけのモノ」だそうです。その招待状を受け取って想像の力でどこまで行くかは、観る人にかかっているのです。
ボストンでの研修経験を持つ新里氏の白い磁器は、磁器の素地に透かし彫りを施し、粘性の高い釉をかけて焼成することで、透かしの部分が光をたたえる「蛍手」という技法を活かした、繊細な美しさに心打たれる作品です。ただ、展示品の数点には亀裂が...。
新里氏は、亀裂の持つ"力"や"破綻"の中に強い美しさを感じ、このキズを起点にして作品を制作しました。この世界は完ぺきではないけれど、そこについた"キズ"さえ美しくもなり、強さの証ともなり得るのです。
最後のスペースは竹村氏と鬼頭氏の作品。個々の作品と共作とがあり、共作《Playing Field》5点は竹村氏が撮った写真をプリントしたカンヴァスの上に布をかけ、そこに鬼頭氏がペインティングし、さらに竹村氏が絹糸で刺繍を加えたそうです。2人のまったく質感の違う作業が組み合わされ、鮮やかで刺激的な空間が展開されています。
この展覧会のサブタイトルは「スペースが生まれる Creating Space」。歴史学者であるジョン・ダワーの「突然の事故や災害で、何が重要なことなのか気づく瞬間がある。すべてを新しい方法で、創造的な方法で考え直すことができるスペースが生まれる」という言葉からとったそうです。
新型コロナウイルスの世界的感染という、誰も思いもしなかったような危機によって「スペースが生まれ」たのであれば、わたしたちはそこで気づかされた重要なこと、新しい考え方を、しっかりと深めて「明日」に生かしていかなければならないのでしょう。
編集部 月島
DOMANI 明日展 2021
会場:国立新美術館 企画展示室2E
会期:2021年1月30日(土)~ 3月7日(日)
開催時間:10:00~18:00
※入場は閉館の30分前まで
※当面の間、夜間開館は行いません
休館日:火曜日
※ただし2月23日(火・祝)は開館、24日(水)は休館
公式サイト:(URLをクリックすると外部サイトへ移動します)
https://domani-ten.com/