現在21_21 DESIGN SIGHTでは、企画展「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」が開催されています。本展では、ディレクターであるドミニク・チェンの「翻訳はコミュニケーションのデザインである」という考えに基づいて、「翻訳」を「互いに異なる背景をもつ『わかりあえない』もの同士が意思疎通を図るためのプロセス」と捉え、様々なコミュニケーションの難しさの先に広がる新しい世界を7つのセクションに分けて模索しています。
来場者を出迎えるのは「ことばの海をおよぐ」セクション。ディレクターズ・メッセージが英語と日本語で紹介されているのですが、その横には様々な言語が入り乱れたメッセージパネルとビデオも。翻訳されていない言葉の持つ本来の意味、そして言語を翻訳することの意味を考えさせられます。
ディレクターであるドミニク・チェンは、展覧会初日前日の記者会見で「技術的な翻訳には精確さが求められますが、文芸や文学作品の翻訳では絶対の正解が存在しない、複数の正解がある世界がある。この展覧会では、複数の正解が存在していて1つに定まらない、そういう翻訳の豊かさに光を当てました」とコメント。
また「わかり合えなさをわかり合おう」という副題について「『わかり合えない』ということはコミュニケーションの失敗ではなく、むしろ対話の開始地点なんだと思えば、絶対わかり合えるはずだ、という呪縛から解放されて、逆にもっと互いの言葉に耳を傾けやすくなるのではないでしょうか」と説明しました。
Google Creative Lab+Studio TheGreenEyl+ドミニク・チェンによる「ファウンド・イン・トランスレーション」は、マイクの前に立って質問に答えると、その答えがいくつもの言語に翻訳されてモニターに映し出されるという、インタラクティブな展示。翻訳された単語だけでなく、機械が言葉を見つけていく過程を目で見ることができます。
コンピュータが言語を学習する「機械学習」という技術は、ただ単に言語や文法に関するルールを覚えさせるのではなく、何百万もの文章例を機械に提示することにより、文章内にある単語同士のつながりを予測し、正確に意味を学習させるもの。
文法や辞書は翻訳のための便利なツールではあっても、本当に誰かの言葉を理解するための翻訳は、文法や辞書を超えたところにあると考えさせられます。
ギャラリー2では、それぞれのセクションがパステルカラーの三角形の柱でゆるく区切られています。会場構成を担当したnoizの豊田啓介は、「壁やホワイトボックスでガチガチに固めるのではなく、曖昧なものを柔らかく、優しく包めるような場所にしたいという思いがありました。三角形のいろんな角度の面が色に対応しているので、いる場所や見る角度に応じて会場全体の印象や色が変わるようになっているのですが、それ自体ではなく、展示物自体、テーマ自体が、曖昧であるということを受け入れられるような構成を行っています。展示自体もいろんな形で視点が広がる展示になっていますよ」とこだわりを話しています。
こちらの「翻訳できない世界のことば」はエラ・フランシス・サンダースの絵本で、様々な言語に固有の言葉を絵と文で説明しています。例えばフィンランド語で「PORONKUSEMA」は「トナカイが休憩なしで疲れずに移動できる距離」のこと。日本で、この言葉を翻訳するのは、なかなか難しいですね。この本は、ミュージアムショップでも販売されているため、気になった際はぜひ手に取ってみてください。
「伝えかたをさぐる」セクションでは、モールス信号や振動などを使い、聞こえない、話せない、言葉にできないといった壁を越えて文字や音を伝える方法を探っています。企画協力の塚田有那は、「そもそも私たちは、言葉だけでコミュニケーションしているわけではなく、表情や身振り手振りから意図を読み取り、それをまた別の技術に変換することもできるんです。動物を飼っている方は日々感じておられることだと思いますが、人間以外のものも何らかの方法でコミュニケーションをとっています。そこで起きているコミュニケーションの間にあるものをすべて「翻訳」と捉えることで、私自身も翻訳という言葉の持つイメージが広がりました」と述べています。
写真の「moyamoya room」(清水淳子+鈴木悠平)は、人々がうまく言葉にできない心の「モヤモヤ」を話し合い、イラストレーターがそれを可視化して、言葉にできない事柄を他者に伝えようという興味深い試みです。
こちらの「Human x Shark」(長谷川愛)では、人とサメとのコミュニケーションの手段として「匂い」に着目。「サメを誘惑する香水」をダイビングスーツにつけて水中に潜ったダイバーが、サメと戯れている様子が映像として流れています。
出口付近では、絵画・彫刻(仏像)・映像(ディスプレイ)の3作品が、近付いてくる鑑賞者からタイヤを駆使して自ら遠ざかって行っていました。これはやんツーによる「鑑賞から逃れる」。ソーシャルディスタンスを可視化するとともに、作品自体が鑑賞を拒否することで、普段の我々が何を見て/鑑賞しているのかを問いかけています。
本展のグラフィックデザインを担当した祖父江慎は「新型コロナウイルス感染症の影響で、会話を控えたり、距離をおいたり、そんな日々が続いています。ですが、そんな中でも我々は伝えたいこと、あるいは伝える必要のないことを、様々な形でお喋りする。こういう状態を逆に楽しんでいくためにも、今回の展覧会はなかなかGoodだと思います」とコメント。
続けて「人と人は一言一句正確に話しているわけではなくて、必要のないことが実は大事だったりもする。その中で楽しく前向きに、人や石や虫や空気や細菌とお喋りするためにも、この展覧会にぜひ来ていただいて、入館して、体感して、退館する、この三拍子を楽しんでもらいたいと思います」と本展の見どころを明かしました。
六本木未来会議では11月25日(水)に祖父江氏のインタビューを掲載予定。本展を舞台に、「わかりあえなさ」の魅力、そして「うまくいかない」喜びについて、コミュニケーションの間に立つデザインの本質に迫ります。どうぞご期待ください。
編集部 月島
「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」
会場:21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー1&2
会期:2020年10月16日(金)~ 2021年3月7日(日)
時間:平日11:00~18:30(入場は18:00まで)
土日祝10:00~18:30(入場は18:00まで)
休館日:火曜日(2月23日は開館)、年末年始(12月26日~1月3日)
公式サイト(URLをクリックすると外部サイトへ移動します):
http://www.2121designsight.jp/program/translations/