現在、国立新美術館では「ルーヴル美術館展 肖像芸術――人は人をどう表現してきたか」が開催中です。本展では、3000年以上も前の古代メソポタミアの彫像や古代エジプトのマスクから19世紀ヨーロッパの絵画・彫刻まで、きわめて広範にわたる時代・地域の作品から、肖像が担ってきた社会的役割や表現上の特質を紐解いています。
古代の地中海世界には、祈願が成就したときの返礼として、あるいは信心の証しとして、神々や英雄など信仰の対象に、自身の像を奉納する習慣がありました。自分の分身となる像に信心の記憶を託したのです。写真右のミシェル・ブルダン2世による「フランスのマルタ騎士団副総長アマドール・ド・ラ・ポルト」では、副総長が膝をついて熱心に祈っている様子が、滑らかな大理石で表現されています。
こちらは、ジャック=ルイ・ダヴィッドと工房による「マラーの死」。フランス革命の重要人物であるジャン=ポール・マラーは、急進的なジャコバン派に属し、「人民の友」紙で激しい王政批判を展開して民衆から支持を得ました。しかし、対立するジロンド派の若い女性、シャルロット・コルデーによって刺殺されてしまいます。
その翌日、国民公会にマラーの肖像を依頼されたジャコバン派のダヴィッドは、若い頃に影響を受けたミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオの「キリストの埋葬」(ヴァチカン絵画館)から、右腕を力なくだらりと垂らすポーズを取り入れ、マラーを革命の「殉教者」に変容させました。
また肖像は、「権力の顕示」としての役割も担ってきました。写真がなかった時代、自らの似姿である肖像は権勢を広く知らしめる最も有効な手段でした。そこには、誰が見ても高い身分だと分かるような工夫がなされています。
写真手前のフランチェスコ・マリア・スキアッフィーノ作「リシュリュー公爵ルイ・フランソワ・アルマン・デュ・プレシ」では、腰に手を当ててボリュームのある服を着た、威厳と知性に満ちた姿が表現されています。当時のファッションであった巻き髪やレースなど、細部に至るまでが、まるで生きているかのように作られました。
アンヌ=ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾンの工房「戴冠式の正装のナポレオン1世の肖像」(左)、アントワーヌ=ジャン・グロ「アルコレ橋のボナパルト(1796年11月17日)」(右)では、同じナポレオンの肖像でありながらも、その絵から伝わる印象は大きく異なります。このように、肖像は民衆のイメージを左右するものとしても用いられてきました。
18世紀から19世紀初頭のパリでは嗅ぎタバコが大流行し、それを収める嗅ぎタバコ入れにもこだわりが生まれました。嗅ぎタバコには様々な装飾が施されましたが、中でも肖像は最も好まれた題材でした。多くの場合、肖像のミニチュール(細密画)で飾られたものは贈答品として制作され、贈る側の人物の姿が刻まれたそうです。
ルネサンス以降のヨーロッパでは、社会の近代化にともなってブルジョワ階級が次第に台頭し、有力な商人や銀行家から、さらに下の階層まで、肖像のモデルの裾野が広がっていきました。こうした肖像は、古代より培われた上流階級の肖像表現方法やルールを踏襲しつつも、各時代・地域・社会に特有の流行を反映した多様なものへと変化していきました。
写真の左にあるのは、エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブランによる「エカチェリーナ・ヴァシリエヴナ・スカヴロンスキー伯爵夫人の肖像」。王妃マリー=アントワネットの肖像画家として名を馳せたヴィジェ・ル・ブランは、モデルの魅力を最大限に引き出す作家として上流階級の女性たちの間で人気を博しました。女性らしい丸みや、ガウンの柔らかさが見事に描かれています。
年代、国を超えて一堂に会した肖像たちからは、彼らの生き方や当時の空気が伝わってきます。作品の前に立ってじっくりと見つめ、彼らが肖像を通してどんな姿を伝えたがっているのか、その声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか?
また、7月25日(水)には本展覧会を舞台にした美術家・やんツーさんによる六本木未来会議アイデア実現プロジェクト#15「六本木、旅する美術教室」が公開されました。まるで、やんツーさんと一緒に展覧会を見て回っているような、濃い内容のプロジェクトレポート。あわせてご覧ください。
編集部 髙橋
information
ルーヴル美術館展
肖像芸術――人は人をどう表現してきたか
会場:国立新美術館 企画展示室1E
会期:2018年5月30日(水)~9月3日(月)
開館時間:10:00~18:00 ※金・土曜日は21:00まで
休館日:毎週火曜(ただし8月14日は開館)
観覧料:一般1,600円、大学生1,200円、高校生800円
公式サイト(URLをクリックすると外部サイトへ移動します):
http://www.ntv.co.jp/louvre2018/