現在、国立新美術館では「未来を担う美術家たち 20th DOMANI・明日展 文化庁新進芸術家海外研修制度の成果」が開催されています。
「DOMANI・明日展」とは、将来の日本の芸術界を支える人材の育成を目的に、文化庁が実施している「新進芸術家海外研修制度(旧・芸術家在外研修)」の成果発表の場です。この制度によって、1967年から2017年までの間に約3,400人を超える若手芸術家が、海外の大学や関係機関などでその技術と感性を磨きました。
今年度で第20回を迎える本展では、「寄留者(パサジェ)の記憶 (memories of "passagers")」をサブタイトルに、研修を終えて比較的日の浅いフレッシュな作家、計11人の作品が展示されています。
柔らかい丸みを帯びた可愛らしい女の子が描かれたこちらは、田中麻記子さんの「いらつくcolour」と「pendant」です。田中さんは現在、資生堂webマガジン『花椿』で連載も手掛けています。見る人の気持ちをくすぐるキュートなイラストを描く田中さんですが、イラストレーターとして活動を始めたのは2年程前のことなのだとか。
そのきっかけは、2013年に新進芸術家海外研修制度を利用して行ったフランス。現地で、日課として一日一枚絵を描くことを目標にした彼女は、パリの街で見かけた女性の顔をモデルにしました。その作品は「Dairy drawing」シリーズと呼ばれ、1,000点以上の絵が生まれた頃に作品集出版の誘いがあり、それを機にイラストレーターとして声がかかるようになっていったそうです。
空のプールをじっと悲しい目で見つめるペンギンが印象的な「オールモスト ブルー」は、自身の周りで起こる問題や、社会問題、環境問題を題材に絵画を描き続けてきた猪瀬直哉さんの作品です。猪瀬さんは、絵画は言語を超えた存在であり、視覚情報により瞬時に全世界の人々と情報を共有できるツールであるという考えを持っています。
この猪瀬さんの思いは「快楽の園(『未修復―ボッシュへのオマージュ』、『修復完了』、『修復中』」にも表れています。これは、タイトルにもあるように、今もなお謎多き画家ヒエロニムス・ボッシュの「快楽の園」をオマージュし描いたもの。オリジナルもこのように3枚の絵で構成されています。
「修復完了」とタイトルの付けられた中央の絵には、崩れ落ちたビルや、それを覆い始めた緑色の苔が。一体我々は、何を目的に、どのように世の中を変えていくべきなのか、果たして今我々が取り組んでいることは、本当に意味があるのか、これからの在り方を考えさせられる作品です。
「指が6本?」思わずどきっとしてしまったこの映像は、mamoruさんの「第四章:伸ばした手」。第四章とありますが、これはシリーズものになっており、17世紀にオランダで出版された、西洋社会に初めて日本の人々やその暮らし、文化、歴史を紹介したある本から着想を得ています。同書には、実際には訪日することのなかった著者、編集者、銅版画技師によって想像された「日本」が多数の挿絵と共に詰まっています。
これに、誤解や先入観を含む一方、単一的になりがちな国家や「~人」という枠組みを逸脱する、という可能性を見出したmamoruさんは、各国の協力者と共に「あり得た(る)かもしれない」ものを制作しました。
薄暗い中、制作途中の素材たちが置かれたスペース。ここは雨宮庸介さんのスワンソング制作の場です。スワンソングとは、人生最後の最終作のことで、白鳥の死に際からこの名前が付いています。雨宮さんは「スタジオで作ったものを持ってくるだけだと"明日展"というより"昨日展"という感じがする」ということを理由に、展示会場では人生で一番最後に作る作品の一部を決めるための練習や推敲をしているのだそうです。
会場にあるすべては「スワンソングAのために(人生最終作のための習作)」と名付けられています。ここでは、実際に雨宮さんから話を聞いたり、作品を作り上げる過程を見ることができます。取材時には、実現できなかったパフォーマンス原稿を頭に乗せ、原稿からはみ出た部分の髪の毛を全部剃り、残った部分の髪を伸ばし続けるというスワンソングへの準備の話を聞き、実際に髪の毛を剃っている時の映像を見ることができました。
「現代の鑑賞者 #1」や「Examples:モチーフ」を制作したのは、やんツーさん。彼は、芸術家や表現者を規定するものは何なのか、その原理を暴きたいという思いから人間を排除した機械や装置にこだわり、そこから"芸術とは何か"という問いを我々に投げかけています。
無人で行ったり来たりするセグウェイの「現代の鑑賞者 #1」は、マルセル・デュシャンの言葉「みるものが芸術をつくる」に挑戦状を叩きつけた作品。芸術を成立させるために鑑賞者(人間)が欠かせないとされてきたこれまでの考え方を揺さぶるべく、やんツーさんは鑑賞者自体を創ってしまったのです。ゆっくりと進み、時々何かを見つめるようにぴたっと止まるセグウェイは、まるで作品に興味を持って美術館を歩き回っている、意志を持った鑑賞者のようです。
このほかにも、世界の諸都市で偶然すれ違った通行人に現地の言葉でお願いし、衣服を交換する西尾美也さんのプロジェクト「Self Select」や、盛圭太さんの糸を使ったドローイング「Bug report(Corpus)」など、ジャンルにとらわれない作品がずらり。
本展では、考え方はもちろん表現方法も異なる様々な芸術家が一堂に集うことにより、それぞれの作品の個性がより浮き彫りになっていました。また、開催期間中には20周年を記念して芸術家らによるトークイベントが多数開催されています。展示会場パネルにも作家の略歴や作品への思いが記されていますが、実際に話を聞くとこれまでと違った見方ができるかもしれません。
編集部 髙橋
information
未来を担う美術家たち
20th DOMANI・明日展
文化庁新進芸術家海外研修制度の成果
会場:国立新美術館 企画展示室 2E
会期:2018年1月13日(土)~3月4日(日)
開館時間:10:00~18:00
※毎週金曜日、土曜日は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで
休館日:毎週火曜日
観覧料:一般1,000円、大学生500円、高校生、18 歳未満は入場無料
公式サイト(URLをクリックすると外部サイトへ移動します):
http://domani-ten.com/
20th DOMANI・明日展 イベント情報:
http://domani-ten.com/event/