スイスに生まれ、フランスで活躍したアルベルト・ジャコメッティは、20世紀のヨーロッパにおける最も重要な彫刻家のひとりとして知られています。
ジャコメッティの作品の最大の特徴は、人物の身体を線のように長く引き伸ばした特異な造形。「見ること」と「造ること」のあいだで常に葛藤していた彼は、虚飾を取り去った人間の本質に迫ろうとしたのだといわれています。
本展は、日本で開催されるジャコメッティ展としては11年ぶりの個展。初期から晩年までの、彫刻、油彩、素描、版画など、選りすぐりの作品が132点出品される大回顧展です。
膨大な数の作品は、16のエリアに分けて展示されていました。今回はその一部をお伝えします。
館内に入り最初に現れたのは、ジャコメッティの代名詞とも言える、人を縦に長細く引き伸ばしたような造形の彫刻。触れば折れてしまいそうでありながら、少し近寄りがたい異様な迫力を放っていました。この《大きな像(女:レオーニ)》は、多数つくられた細く長い彫像のなかでも、最も早い時期の作品です。
この独自のスタイルを確立するまでに、ジャコメッティは様々なアプローチで試行錯誤を繰り返しました。そのため、作風を見ればつくられた年代が推測できます。
1番目のエリアには、ジャコメッティが20代半ばで初めて手がけたモニュメンタルな彫像《女=スプーン》が展示されていました。スプーンという豊饒(ほうじょう)さを象徴する道具を、女性の姿に重ね合わせた作品です。物事の本質を抽出し作品として表現する創作方法は、キャリア初期からのものだったことが分かります。
1935年頃からの作品は、極端に小さな彫刻になっていきます。2番目のエリアにはそれを象徴する彫像《小像(男)》が展示されています。「見えるものを見えるままに」表現することを追求したジャコメッティ。彼はそれを、"距離を置いて認識した対象のヴィジョン"を正確に再現することで実現しようとしました。距離により曖昧になった認識を曖昧なままで実体化しようというチャレンジは、実存主義や現象学といった哲学史上の文脈にも通じる試みでした。
1940年代も極小の彫刻を制作していたジャコメッティですが、1945年頃から再び彫刻に大きさを取り戻し、最初に登場した《大きな像(女:レオー二)》が生まれます。
その後も様々な作品を生み出していくジャコメッティは晩年に、チェース・マンハッタン銀行からの依頼を受け、ニューヨークの広場のために『歩く人Ⅰ』『女性立像Ⅱ』『大きな頭部』を制作します(このプロジェクトは実現しませんでした)。これらの彫像は、展覧会の終盤にある14番目のエリアに展示されており、彫像のなかでも最も大きく壮大なスケールを誇っていました。ほぼ等身大の像は、彼が見たヴィジョンをより正確に伝えてくれるように感じられました。
私が個人的に気になったのは10番目のエリアに展示されていた作品《犬》。人の彫像と同じように、細く長い犬の彫像です。人だけでなく動物にも虚飾を感じたのだろうかと不思議に思ったのですが、ジャコメッティはこの作品について次のように述べていました。
「ある日、ヴァンヴ通りの建物の壁に沿って、雨の中をうつむいて歩いていて、少し悲しい気持ちだった。そして僕はそのとき自分を犬のようだと感じたんだ。だから僕はこの彫刻を作った。」
犬そのものをつくったのではなく、犬に自身を投影しこの彫像をつくったのだと。つまり、この犬の彫像はジャコメッティ自身を表現していたのです。
132点の作品の中から、ほんの一部をご紹介しました。彫像の他にもジャコメッティが描いた油彩や素描、版画などが並び、今回鑑賞した1時間があっという間に感じました。ジャコメッティの心境の変化や、時代の変遷を読み解きながら、創作物の圧倒的なパワーを体感してみてはいかがでしょうか。
編集部 西田
※展示室内の撮影は、特別に許可をいただいております。
※画像写真の無断転載を禁じます。
information
国立新美術館開館10周年ジャコメッティ展
会場:国立新美術館 企画展示室1E
会期:2017年6月14日(水)〜9月4日(月)
時間:10:00〜18:00(毎週金曜日、土曜日は20:00まで)
※入場は閉館の30分前まで
休館日:毎週火曜日
観覧料:一般1,600円、大学生1,200円、高校生800円、中学生以下無料
公式サイト(URLをクリックすると外部サイトへ移動します):http://www.tbs.co.jp/giacometti2017/