近年、中国やインド、東南アジア諸国の急速な経済発展に伴い、各国の現代アート作品も注目を浴びています。これまでもアジアのアートに焦点を当てた展覧会を行ってきた森美術館では、現在、インド人アーティスト、N・S・ハルシャ初の大規模な個展「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」を開催中。キャッチコピーに「南インドから宇宙まで」を掲げた展覧会の見どころを紹介します。
N・S・ハルシャは、1969年、南インドの古都マイスール生まれ。現在も同地を拠点に、南インドの伝統文化や自然環境と向き合いながら、インドのみならず、世界のグローバリゼーションや社会の変化を問う独自の創作姿勢が評価されているアーティストです。本展では、新作を含む1995年以降の主要作品約70点が展示されています。
初期の代表作「チャーミングな国家」は、グローバル化する世界に伴って変化するインドの社会や世相を表現した絵画シリーズ。畑を耕す農民のうしろに世界貿易機関本部ビルが描かれたこの作品は、農耕と自由貿易、どちらが子どもたちの空腹を満たし、国家の成長を支えるのかと問いかけています。
本展のメインヴィジュアルにも採用されている「ここに演説をしに来て」。6枚のキャンバスに、椅子に座った姿の2,000人以上の人物を規則正しく並べて描いた大作です。中には、バッドマンやスーパーマンらしき人物など、どこかで見たことのある顔もチラホラ。細部に目を凝らしても、遠くから眺めても発見が。絵の中の人物と同じように、椅子に腰を掛けて鑑賞するのも面白いですよ。
インスタレーション作品「空を見つめる人びと」は、床に描かれた上空を見上げる無数の人々の姿が、鏡張りの天井に写し出されるという作品。床を見れば大勢の人から見上げられ、天井を見れば自分も空を見つめるひとりに......。寝転んだり、写真を撮ったり、自由に楽しめば思わず笑みがこぼれる空間です。
一面に足踏み式ミシンが積まれたこちらは、ガンディーのインド独立運動を象徴する糸車(チャルカ)と、工業化を象徴するミシンに着想を得た作品。ミシンにかけられた布は、国際連合193ヶ国の国旗です。多言語、多宗教、多文化からなるインドにおいて、「国家」の真の意味とは何かを、ハルシャは投げ掛けています。
こちらは南インドの伝統的な料理、ミールスを題材にした「レフトオーバーズ(残りもの)」。取り残された文化を"食べ残し"にたとえた作品です。個人的には、食料廃棄や飢餓、経済格差などへの問題も込められているような気がしました。
展示室の床や壁にも絵が。会期中は、六本木ヒルズ森タワー52階の通路の壁に多数の人々を描いた作品も見ることができます。
ハルシャの故郷・インドやマイスールにまつわる資料の展示もありました。知っているようで知らない、インドのマメ知識が満載です。作品の背景となる国や土地を知ることで、作品への理解がより深まりますよね。
こちらは監視員が座る椅子。実はこれも作品のひとつで、世の中でさまざまなものを守る人々の姿と監視員を重ね合わせています。
展示も終盤に近付いたころに現れるのは、全長24メートルを超える大型作品。「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」と題されたこちら、長く太い線は遠目には一筆書きのようですが、近付いてみると無数の星が集合する宇宙のような光景が描かれていました。
出口では、猿の群れがお見送り。インドでは信仰の対象となっているハヌマンラングールという猿で、絵や彫刻の題材にもなっていました。突き上げた指がなんだか意味深ですね。
明確なメッセージとチャーミングな作風で、見ごたえがあるうえに最後まで飽きさせないこちらの展覧会。ミュージアムショップでは、図録やオリジナルグッズのほか、食器やお弁当箱などインドの雑貨も充実。
会場内ではスタンプラリーも開催されていて、ハルシャの作品に登場するモチーフ6種類のオリジナルスタンプを集めるのも楽しみのひとつ。アート好きやインド好きはもちろん、幅広い層の人が楽しめる展覧会、ぜひ訪れてみてください。
編集部 五十嵐
information
「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」
会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
会期:2月4日(土)~6月11日(日)※無休
時間:10:00~22:00(火曜は17:00まで。いずれも入館は閉館時間の30分前まで)
入場料:一般 1,800円、学生 1,200円、子ども(4歳〜中学生)600円、シニア(65歳以上)1,500円
公式サイト(URLをクリックすると外部サイトへ移動します):
http://www.mori.art.museum/