「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2015」の期間中に行われた「森の学校 by 六本木未来会議」は今年で2回目。"校長"を務めた椿昇さんを含めた9人の先生たちが、10月17日(土)、18日(日)、24(土)の3日間、青空のもとで屋外授業を行いました。また、今回からあらたに、芝生の上で自由に絵を描ける「絵画教室」も開催。10月16日(金)から24日(土)の9日間にわたって、「見えない根っこを描いてみよう」をテーマに、たくさんの人が参加しました。子どもも大人も楽しんだ、屋外で行われた2つのプログラムの様子をお届けします。
こちらは「青空教室」の時間割、椿校長推薦のクリエイターによる授業が9コマも。座学にワークショップ、ディスカッションに体操と、多彩なラインナップとなりました。まずは初日に行われた、鈴木康広先生の授業からどうぞ。
10月17日(土)、雨のため館内での開催となった1限を担当したのは、クリエイターインタビューにも登場してくれた現代美術家の鈴木康広さん。内容は、参加者のみなさんに「『六本木』と聞いてイメージする色」の色鉛筆を持参してもらい、"感覚の線を引く"というもの。まずは、一人ひとり、持参した色鉛筆で六本木のイメージを紙に描いていきました。
「みなさん、きっと、ふだんなら使わないような色で絵を描いたことが新鮮だったと思います。印象から捉えた世界が目に見える世界と違うことが少しわかってきましたか?このまま絵を楽しみたいところですが、今日はこれから『境界線を引く鉛筆』をつくってもらいます」
「境界線を引く鉛筆」とは、異なる2本の色鉛筆を縦に切り、くっつけて1本にしたもの。これで線を引くと、2色の間に実体のない境界線を引くことができるという、鈴木さんの作品のひとつでもあります。今回は、参加者がペアになって、互いに半分にした色鉛筆を合体させることに。
完成した「境界線を引く鉛筆」がこちら。かんなで半分に削ったものを、木工ボンドで圧着すればできあがりです。紙に描いた、水色の線と紺色の線の「間」が、鈴木さんの言う「境界線」。
「ひとりなら自由気ままにイメージできるけれど、『あなたはどう?』となったときに、『線』が引かれます。今日もできた1本の鉛筆を巡って『どっちのものだ?』っていうことになるでしょう(笑)。国と国の間で起こるようなことが、自分たち一人ひとりの中にもあるということが、遊びの中から見えてきた感じがします。このプロジェクトは今日が初めて。これから、たくさんの『2人の線』に立ち会い、集めていきたいので、可能なら1cmくらい僕に分けてくださいね(笑)」
雨が上がり、2限目はいよいよ屋外での授業がスタート。担当するドミニク・チェン先生は、起業した会社でソフトウェアの開発を手がけるほか、メディア関連の著書も多数という、コンピュータのエキスパート。
「僕が生まれた頃にはメールもなかったのが、今ではエベレストに登頂している友人から瞬時に写真が送られてきたりする。そんな魔法のようなことが増えてすごいと思うかもしれませんが、コンピュータの中身は決して魔法ではありません。どんなアイデアでも、コンピュータの言葉に翻訳してあげれば実現できるような時代です。そこで今日は、みなさんにコンピュータの一部になってもらって、その中身を体験してみましょう」
チェン先生が説明しはじめたのは「コラッツの予想」と呼ばれる、「どんな整数でも、偶数の場合は2で割り、奇数なら3を掛けて1を足すことを繰り返すと、最後は必ず1になる」という数学の問題。この計算を4人一組で協力して行うことで、コンピュータのアルゴリズムを体感しようというワークショップです。
「Aさんは数字を書いて伝える役、Bさんはそれが奇数か偶数か判断する役、CさんとDさんは偶数の場合と奇数の場合に計算する役です。2チームに分かれて、スピードを競ってみてください。どうやったら早くできるか、工夫してみて」
数字を伝えたり計算したり、参加者のみなさんは大忙し。2回、3回と回数を重ねるにつれ徐々にスピードも上がっていき、最後はある工夫をした片方のチームが圧倒的に速く計算を終えました。
「偶数・奇数を判断するBさんが、紙を見せるだけにしたんだよね。ちょっとした違いだけど、ループすると大きな差が出てきます。みなさんが体験したように、コンピュータの中では大変な量の労働作業が行われている。こういうコンピュータが得意なところと、実現したいアイデアを練るという人間が得意なことをかけあわせれば、生活を変えるようなプログラムを世の中に提案できるんです」
「今日はみなさんと勝負したいと思います! 私は『けんちく体操』を開発した博士、いさーむ・ヨネ。勝負するのはここにいる3体のロボット、けんちく体操マン1号、けんちく体操ウーマン、けんちく体操マン2号。どっちがいいのかの勝負ですよ」
3限目の先生、チームけんちく体操のみなさんは、建築物を体で表現する「けんちく体操」の生みの親。2013年に日本建築学会教育賞(教育貢献)を受賞、その活動を海外にも広げつつあります。ルールは簡単、建物の写真が出たら、よく観察して、すぐに自分の身体で表現すること。まずは、足を踏ん張って両手を伸ばして頭上で合わせる、基本技の「東京タワー」からスタート! ところが博士から「思い切りが足りない、大人は全員、不合格!」と厳しい判定が。
続く2つ目は、金色のオブジェが特徴的な浅草の隅田川沿いに建つ「スーパードライホール」。これには「踏ん張りがきいていて、かっこいい! これはかっこいいよ!」と博士のテンションもアップ。博士が「合格」と認めた2人の子どもが、みなさんの前で実演。
けんちく体操は、しばらく姿勢をキープして"建物になりきる"ことも大切。その後は、お題の建物が複雑な形になっていくと同時に人数を増やしていき、2人で「江戸東京博物館」や「元麻布ヒルズ」、3人で「ロンシャンの教会」や「パルテノン神殿」などに次々とチャレンジ。
最後は10人ほどのグループで対決。写真は「シドニーオペラハウス」、何とも美しいけんちく体操が完成。博士からは「重なり具合のバランスが絶妙。建物の奥行き感もきちんと出ているところがいいね!」と絶賛のコメントが。
その後も、「国立新美術館」や「築地本願寺」などなど、さまざまな名建築を体で表現して楽しみました。最後に先生たちからみなさんに伝えられたのは「これから記念撮影をするときは、どこでもけんちく体操で!」というメッセージ。記念撮影は、それぞれが好きなポーズで。みなさんすっかり「けんちく体質」になってしまった様子でした。
青空教室が行われていない平日も、「絵画教室」にはたくさんの人たちが訪れました。小さな子や絵が苦手な人には、美大生のティ―チングアシスタントがアドバイスする場面も。
「私たちが見ているものって、評価とか善悪とか、今見えているものを言葉で認識したものにすぎません。新しい説がどんどん出てきたり、社会環境が変わったりするこの世界に自分の軸を置いたら、ぶれるのは当たり前。大事なのは『自分で決める』ということなんです」
10月18日(日)、1限の授業を受け持つのは、昨年の「森の学校」にも登場した、禅寺・恵林寺で住職を務める古川周賢先生。「自分」を知ろうと思ったとき、知識でアプローチしようとするのは接近方法そのものを間違えている、「自分とはそもそも自分ではわからないものである」というところからはじめよう。そんな話から授業はスタートしました。
「クリエイティブっていう話をよくするんです。本当にクリエイティブなのって、常識のフレームに入らないもの。だから、脳のブレーキを外せばいろんなものが出てきます。これを外す方法はいろいろあるけど、禅で教えるのは『無心』です」
ふだん私たちが歩くときに「どう歩くか」をいちいち考えないように、人間はそのままでも「無心」。つまり無心とは、目の前に落ち葉がある、子どもの声が聞こえる、寒いな、暑いなと素直に五感で感じること。
「ところが、『無心であろう』という作為が入った瞬間に、無心から離れていってしまう。自然な状態になるように"概念のデトックス"をして、身体感覚を取り戻してしていくことがポイントなんです」
2限目の授業は、参加者がグループに分かれて「新しい本屋」を考えるワークショップ。自身も下北沢で書店を経営している内沼晋太郎先生が、まず出したお題は「本屋×○○」。文豪のメガネが売っている本屋、体を鍛えながら読書ができるスポーツジム、新刊の雑誌がある古書店など、さまざまなアイデアが出てきました。
「僕がやっている書店『B&B』は、ブック&ビアーの略。店内でビールが飲めるほか、本棚の販売や有料のトークイベントを開催して、全体で成り立たせているんです。本を売るための相乗効果がある何かを掛け算するというのが、これからの書店のひとつの生き残り方です。文具や雑貨やレンタルなどを併設するのは昔からよくある形ですし、野菜を売っている本屋なんていうのもあるんですよ」
次のお題は「10年後の本屋」、東京オリンピックが終わって5年後の2025年に、どんな状況になっているのかを考えます。「紙の本がなくなることはないと思いますが、僕は電子書籍が一般的になっていると思う」という内沼先生のヒントをもとに、参加者から「紙の本が高騰する」「著者のサインもデジタル化される」「本棚の変わりに巨大ディスプレイが置かれる」などの予測が。
「みなさんすごいですね。すでに業界で言われているような切り口が、ほとんど出てきました。では、100年後はどうでしょう? たぶん本を頭に直接挿して、脳にインストールできたりできるんじゃないかって思うんです。SFの世界ですね(笑)。そうなると、いったいどうなっちゃうんだろう、なんて考えてみると面白いですよ」
この日最後の授業は、アートディレクターの柿木原政広さんが先生。子どもと大人、それぞれを募集して、大人はデザインについての講義を受け、子どもは「ロッカ タウン」というカードゲームで遊ぶことに。講義の内容は、自身の体験を踏まえた次のようなもの。
「美術大学ではコンセプトとアイデアを重視します。『この表現はどういうコンセプトか』と問われることを繰り返して、表現をつくっていく。それを続けていると『信念』が生まれはじめるんです。たとえば幼稚園のロゴをデザインしたときには、子どもの教育をどう考えるかという信念があってはじめてデザインが成立する。デザイナーとクライアント、クライアントと社会、社会とデザイナー、この3つの関係がいい感じに回らないと、いいデザインにはなりません」
「さて、まじめな話をしている最中にも、子どもたちがゲームを楽しんでいます。このゲーム『ロッカ』は、僕とトゥルーリ・オカモチェクさんとでつくっている、六角形のカードを並べて遊ぶもの。僕らはこれを、伊坂幸太郎さんや赤瀬川原平さんのところへ持っていったり、自分たちで少しずつ広げようとしてきました。もし大手流通に乗せて販売したら、売れなければそこで終わってしまう。でも少しずつ広がっていったら、100年後も残っているかもしれない。売れるよりも、わくわくすることのほうが重要、これがロッカで目指すデザインの関係性です」
授業は残り30分、ここでトゥルーリさんが特別ゲストとして登場、「彼はロッカを生み出した天才です。そのオーラを受け取ってください」と柿木原さん。トゥルーリさんによる「積み木ショー」が行われ、その後、ゲームで好成績を収めた子どもたちへの表彰式も行われました。
10月24日(土)、3日目の「青空教室」が行われると同時に、「絵画教室」も最終日。青空教室のトリを飾るのは、もちろん"校長"の椿昇先生。そのあとには、「絵画教室」に参加した子どもたちが集まって審査会も行われました。
「建築はなんのためにあるか、わかりますか? 今、屋外で授業をしていますが、ものすごく快適ですよね。あそこに見えるリッツ・カールトンの部屋よりもきっと快適です。こうして森の中で学校ができるなら、建物はいらないわけです。でも、なぜ自然だけだとダメなのか。それは、人間は自然に対して強くないから。建物は、自然から身を守るためのものなのです」
千葉工業大学やブリティッシュ・コロンビア大学大学院、芝浦工業大学大学院などで教鞭をとる今村創平先生は、建築の専門家。縄文時代の遺跡から六本木ヒルズまで、建築の歴史を「自然」をキーワードに語っていきました。
「建築家の仕事は、ビルをつくって都市をつくること。でも、職業として登場するのは近代からです。それ以前は、建築家やデザイナーがいなくても、その土地の自然環境に合わせて、街並みは勝手にきれいに揃っていました。今は建物の性能が向上して、自然条件と建築はほとんど関係がなくなっています。今や、東京には世界最大の都市圏が広がっている。でも、僕はこの都市も、自然のひとつだと思う。変化し続けて、生物的なふるまいをしている街には、常に可能性があるといえるのです」
彫刻家・土屋公雄先生の授業は、ミッドタウン・ガーデンの落ち葉や枝などを使って自由にオブジェをつくる「造形教室」。土屋先生自身、イギリスのグライスデールにある森の美術館で、自然の素材を使い、時間の経過とともに森と一体化していく作品をつくっています。
「枝や葉っぱは、みんなの足もとにもあります。自然の素材を使いながら何かをつくろう。まず何をつくるか考えて、イメージできたら手を動かして。私が大学で教えている学生たちが各テーブルについてお手伝いしますので、昆虫でも人間でもいい、何ができるかを考えてくださいね」
そしてできあがった作品がこちら。「よくできたね、すごい」「はいがんばった、よし」「これもすごくいいね」と、一つひとつの作品を土屋先生が講評。
「最初は何をつくろうかって頭で考えていたけれど、みんな、途中から手が勝手に動いてましたよね。こうして『手』と『頭』の中間でものをつくるのが、人間にとっては大切なこと。今日はとっても楽しかった。ぜひ、家でもやってみてください」
最後の授業を担当するのは、「森の学校」の"校長"を務める椿昇先生。部下のいる社会人を対象に、学生に教えてきた"38年間のコーチングキャリア"を生かしたワークショップが開催されました。
「大学でも会社でも、流行っているのが『アイスブレイク』ってやつです。よくあるのが、2人ペアになって、片方がインタビュアーになって、もう片方にヒーローインタビューをするというもの。褒め合っていい感じになるから、なんとなく仲良くなった感じがするんです。でも僕は、そんなのはほとんどスカやと思う。そのときはやる気になっても、次の朝にすべて消えているから。解決方法はひとつだけ、みなさんが『僕の側』に立つこと。ひとり3分間で話をしてもらいます。教えると思うと、眠気が飛んだでしょう?」
ある人は今年話題を呼んだ「春画展」について、ある人は動物の殺処分をなくす方法について、ある人は東京国際映画祭を盛り上げる方法について。一人ひとりが自己紹介とともにさまざまな話をして、それに対して椿先生がコメントをしていきます。
「みなさんの話にはどれもコアとヒントがあって、それをシェアすることができましたね。教えられる側って、実は損をしているんです。教える側は、成長できるうえにお金をもらえて儲かる(笑)。受け手のままでいたら、永遠に儲かりません。当事者になることでしか、クリエイティビティって伸びていかないんです」
「絵画教室」の最終日には、絵の審査会が行われました。椿校長いわく、「見えない根っこを描いてみよう」というテーマを選んだ理由は、「大事なのは見えないものを見る想像力だから」。描いた絵を手に、応募してきた親子が集まり、審査会がスタート。
全員車座になり、一人ひとりが絵を発表していきます。「考えていることを誘発してあげたほうがいいんです。考えるときにシナプスがつながりますから」と、子どもたちにどんどん質問する椿先生。
「絵を描くというのは、世界を組み立てて行く大事な仕事です。こう描いたほうがいいとか、賞をとれるとか、つまらない目的のためでなく、より想像力が豊かになるよう、ナビゲートしてあげてくださいね」
審査の結果、「東京ミッドタウン賞」に選ばれたのがこちらの作品。「構図が極めてロジカルにつくられていて、面白いなと思いました。将来は建築やデザインに向いているかもしれませんね」と椿先生。受賞した男の子には、賞品として、ファーバーカステルのシャープペンシルが贈られました。
また、「校長先生賞」に輝いたのは、家族をおばけのように描いてくれたこちらの作品。描いたのは中でももっとも幼い女の子、選定理由は「人が最初に認知するのは『目』だということを示してくれたこの作品に。それに賞は優劣ではないから、これならみんな納得できるでしょう(笑)」とのこと。
終了後、最後は今年も校長を務めた椿さんのコメントで、レポートを締めくくりたいと思います。
「今回、僕の授業でも、人前でしっかり話せる人が参加していました。ここに来てくれた人は、みんな、何かしらの"コア"をもっていると思います。そういう人同士が意識的に集まって、プレゼンしたり、ディスカッションしたりする場になっていくといいなと思いました。絵画教室も定期的にやりたいですね。絵は、本来は公平に開かれているものです。賞をとるための上手な絵を描かせようとするから嫌いになるのであって。森の学校の絵画教室は、みんなを上手な絵から守るためのものでもあるんです(笑)」