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鈴木康広 (アーティスト)

〈東京ミッドタウン〉ミッドタウン・タワーの5F、デザインハブ内の武蔵野美術大学 デザイン・ラウンジで、壁一面に備えつけられたホワイトボードに絵を描く、アーティストの鈴木康広さん。描いているのは、地球の引力と遊ぶ玩具、けん玉の起源であり、自身の作品「りんごのけん玉」誕生の背景です。その物語は、六本木をアートとデザインの街へと変えるアイディアにもつながります。タイトルは「未来のりんごの木の下で」。六本木を訪れた人の人生を変える特別な瞬間が、1本のりんごの木によって生まれるかもしれません。

update_2013.1.16 / photo_taro hirano / text_tami okano / edit_rhino

予測できないできごとに立ち会う。

 ここに1本のりんごの木を描いたんですけど、この木の下にいる人は、科学やテクノロジーで予測できる世界に飽きてしまった、未来の人です。りんごはいつ落ちてくるかわからない。その予測できない「りんごが落ちるとき」に立ち会い、手にもった枝で落ちてきたりんごをサクっと刺そうと待っているんです。りんごの赤さを見てそろそろかな、とか、今日は風が強いから落ちるかな、とか、いろいろと観察しながら何日も通ったりして。

 鳥がつついて落としちゃうかもしれない。いろんなことが起こりうるわけです。そういう予測できない状況のなかで、落ちてきたりんごをサクっとできたらすごいし、それって、自然を相手にした最高の遊びですよね。僕はそれが、けん玉の起源でもあるんじゃないかと思っているんです。

物の起源を考えると未来につながっていく。

イラスト

撮影日に鈴木さんが描いてくださったイラストの全貌。

 けん玉の「けん」はまさに刺す「剣」なんですね。敵を刺す。りんごは人類にとって重要な果実(成果)なんだけど、でも、捉え方によっては「敵」でもあるんじゃないか。たまたま通りかかった人に落ちて、やっつけようとしているんじゃないか。それに対して、人は剣で戦うぞ、みたいな。

 ヨーロッパのけん玉だと剣ではなくて、お皿で受け止めるだけの形もあるんです。剣とカップが一緒になっている形は日本人が考えたものなんですけど、剣が男で、玉が女という見方もできるし、人間がつくった物の起源を考えていくと、人間そのものがテーマになっていくので、僕はそこから未来につながっていく気がします。どれだけ科学やテクノロジーが進んだ時代にあっても、大事なのは、野生である人間の表現力や生身の感覚を呼び覚ますことのような気がするんです。

六本木に1本のりんごの木を。

 で、六本木の、たとえばミッドタウンの緑地に、ひとつだけりんごがなっている木がある、っていうのはどうでしょう? 近くにベンチも置いて、その下でリンゴを落ちるのを待っている。落ちてくるりんごが頭にあたらないように気をつけなければいけないけれど......

 実っているりんごもひとつだけで、たまに落ちる。行くと既に落ちている日もある。落ちるはずの場所にハンコが上向きに置かれていて、落ちた勢いでりんごに日付が押される。それはちょっとやりすぎかな(笑)。でも、落ちたりんごは記念に持って帰ってもいいっていうルールにしてもいいんじゃないかな。

 木は、本物の木でもいいし、人の手で作られたものでもいいかもしれない。木の中に人が入っていて、誰か来たな、と思ったらストンと落とす、とか。たまたま通りがかったふたりの間で落ちると、お互い相手のことが気になったり、仕事のことで迷っているときに木の下に行ったらりんごが落ちて、何かを決断できたり。つまり、りんごが落ちるというできごとで、ハっとするような特別な瞬間を生み出せたらいいなと思うんです。