六本木の美術館やギャラリーを舞台に繰り広げられる「六本木、旅する美術教室」。アートディレクター尾原史和さんがインタビューで語った「アートの受け手側の"考える力"は、教育的なところから変えていくべき」という提案を実現するべく、クリエイターやアーティストのみなさんから、その人ならではの、美術館やアートの楽しみ方を教えていただきます。 第2回の舞台となったのは、今年で6回目を迎えたテクノロジーアートの祭典『Media Ambition Tokyo(MAT)』。コピーライターの梅田悟司さんをお招きして、MAT2018実行委員会の杉山央(すぎやま・おう)さんと浜田具(はまだ・とも)さんにガイドをしていただきながら、今回の教室は一般の方も参加できるツアー形式にて開催しました。近年盛り上がっているメディアアートは、一体どんなふうに楽しめばよいのでしょう。
第2回目となる「六本木、旅する美術教室」の舞台となった『Media Ambition Tokyo(MAT)』は、最先端の技術とアイデアが結合するテクノロジーアートの祭典。都内各所で多彩なプログラムが展開されるなか、そのメイン会場である六本木ヒルズ展望台 東京シティビューで、 "授業"が始まりました。
最初に迎えてくれたのは、遊園地のアトラクションかと思うほどインパクトのある、流線型の乗り物。ライゾマティクスの作品『VODY』について、ガイド役のMAT2018実行委員会の杉山央さんと浜田具さんが、解説してくれました。
VODY / Rhizomatiks(Rhizomatiks / TOYOTA BOSHOKU CORPORATION)
杉山央 人間が機械に合わせるのではなく、人間を中心にクルマをつくったらどうなるかという、未来のクルマのコンセプトモデルです。実際に乗って体験する作品なのですが、座ったときに呼吸や背骨の形などをセンシングして、その人の体型や気分に合わせてシートの形状が変化します。
浜田具 人間とクルマの新たな関係性を再構築している作品なので、その辺りを意識して乗ってみてください。
試乗をして、梅田悟司さんは早くもメディアアートに対するイメージが変わった様子。
梅田悟司 「人間を中心に」という意味が、乗ってみてわかりました。メディアアートは最先端の複雑なものを、傍観者的に受け取るイメージが強かったのですが、この作品は体験することで理解が深まるいい例ですね。いきなりハードルが下がった気がします(笑)。
会場からは「自分の体にシートが合わせてくれるので、長時間座っていても疲れを感じなさそう。疲労が原因の交通事故が減るかもしれませんね」と、未来を想像した感想もありました。
【メディアアートの見方#1】
傍観者にならず、積極的にメディアアートを体験する。
一行は暗幕で覆われたスペースへ。フランスのビジュアルアーティスト、ジョアニー・ルメルシエの作品『MONTAGNE, CENT QUATORZE MILLE POLYGONES』は、高さ3m、幅10mほどの壁面に、立体的でダイナミックなモノクロの山々が映し出されています。
Montagne, cent quatorze mille polygones / Joanie Lemercier
浜田 これはプロジェクションマッピングの作品で、離れたところから見ると光や風、奥行きも感じられて本物の山みたいですが、実際は平面にポリゴンメッシュが描かれているだけなんです。
と言われても、平面だとはにわかに信じられず、壁を触って確認する人も。
梅田 これはどういう技術を使っているのでしょう。ときどきピカッと光る部分も、全部計算してマッピングしているんですよね?
杉山 そうですね。三次元の空間をコンピューターのなかで再現して、シュミレーションしたものを映像化しているんです。
梅田 二次元の絵では表現できない、"ザ・メディアアート"といった感じの作品ですね。
続いては、展望台の窓ガラスの前に、板状の透明なレンズが吊るされている作品で、「これもメディアアート!?」と思ってしまうくらいシンプルな佇まい。レンズ越しの風景は、なぜか天地が逆になっていて、本来は眼下に広がっているはずの街並みが上に、晴天の空が下に見えています。
浜田 落合陽一さんの『Morpho Scenery』という作品です。目線の高さや角度によって、風景が歪んだりして見え方が変わるので、好きな位置から見てください。
Morpho Scenery / 落合陽一
杉山 この作品のおもしろいところは、テクノロジーによって、鑑賞する人の見方を変えることで新しい視点を提供しているところです。
梅田 新しい芸術との出会いは、新しい感情との出会いにつながっていると僕は常に思っていて、作品を前にしてこの感情は何なのか考えることで、世の中の見え方が変わってくると思うんです。だからアーティストの制作意図は一旦横に置いて、自分なりに理解したうえで解説を読むと、深度が増す気がします。
【メディアアートの見方#2】
制作意図は一旦横に置き、自分なりに理解してみる。
さらに会場を進んでいくと、白いオルガンと向かい合う形で、ガラスケースに入った植物や瓶が壁面にずらりと並んでいます。この大がかりな装置は、TASKO inc.による『Perfumery Organ』。
Perfumery Organ / TASKO inc.
浜田 子どもの頃、牛乳瓶に水を入れて、笛みたいに音を鳴らしたことはありませんか? それぞれの瓶には香水が入っているのですが、この作品は鍵盤を弾くと、その鍵盤に対応した瓶にコンプレッサーで空気が送られて音が鳴る仕組みになっています。
19世紀イギリスの化学者であり、調香師でもあったセプティマス・ピエスが提唱した香りの音階、いわゆる「香階」に着目して、香りを音になぞらえた作品。小学生の女の子がちょっと恥ずかしがりながら演奏すると、ほのかにいい香りが漂ってきました。
梅田 先ほどの落合さんの作品もそうでしたが、アウトプットがアナログなほうが体験したり、手で触れることのできるおもしろみがあるのかもしれないですね。こういう作品は、お子さんも楽しめていいですね。
AR三兄弟の『吸える地球』は、バスケットボール大くらいの地球の模型に、ストローを刺す穴が空いている遊び心のある作品。
吸える地球 / AR三兄弟
浜田 「地球を"救う"のは難しいけど、"吸う"ことならできるんじゃないか」というプレゼンをいただきまして、即採用されました(笑)。ぜひストローを使って、吸ったり吐いたりしてみてください。
参加者が試してみると、表面が雲に覆われみるみるうちに白くなったり、かと思えば赤茶色に変わったり。一体これは、何を表現しているのでしょう。
浜田 実はこの中に気圧センサーが入っていて、気圧の変化で台風が発生したり、氷河期になったり、二酸化炭素濃度が増えて温暖化が起きたりするんです。笑えるけれども、教育的なテーマもきちんとある作品ですね。
最後に鑑賞するのは、WOWの『Reflective echo』。ミラーコーティングされた三角錐の底面に映し出される映像が、万華鏡のように反射して、これぞインスタ映えする作品です。イタリアのフィレンツェで開催されたファッションイベントで、ベースとなる作品を発表したときは、中に入って写真撮影をするファッショニスタで長蛇の列ができたそう。
Reflective echo / WOW
杉山 WOWさんはきれいな映像をつくることで有名なアーティストですが、その映像を体感する装置そのものもつくってしまったところが、新しいと思います。
梅田 この作品は、時間帯によって印象がかなり変わりそうですね。
浜田 そうなんです。これまでのメディアアートは、暗闇のなかで展開する作品がわりと多かったのですが、ホワイトボックスではなく展望台での開催ということもあり、景色と共存し、昼間も楽しめる作品を増やしていきたいと考えています。
メディアアートの幅広さと奥深さを感じながら、気軽に楽しめることもわかった今回の教室。
杉山 メディアアートはいろんな見方があっていいのですが、僕自身はちょっと先の未来を表すものなのかなと思っています。高度なテクノロジーによって世の中が大きく変わろうとしているなかで、メディアアートが未来を楽しいものと捉えるきっかけになればいいですね。
アート好きのご夫婦で、小学1年生と就学前のお子さんと一緒に参加した方からは、こんな感想も。「子どもも楽しめるような展覧会を、普段から選んでいます。メディアアートはいろんな体験ができるので、上の子は特に美術館は楽しいところというイメージを持てたみたいで、私たちとしても嬉しいですね」
授業の締めくくりとして、梅田さんが改めてメディアアートの楽しみ方を提言してくれました。
梅田 同じ作品を見ても、感じ方は人それぞれだと思います。自分が感じたことと、隣の人が感じたことはきっと違っていて、価値観や固定観念みたいなものが反映されているのではないでしょうか。だけどその違いにこそおもしろさがあるはずなので、今日初めて会った人がほとんどだとは思うのですが、お互いに話をしてみてはどうでしょう。感じ方の違いを楽しむところまでが、メディアアートなのではないかなと僕は思います。
【メディアアートの見方#3】
ほかの人と話し合って、感じ方の違いを楽しむ。