75 田川欣哉(デザインエンジニア)×ドミニク・チェン(ITアーキテクト)後編

田川欣哉(デザインエンジニア)×ドミニク・チェン(ITアーキテクト)

久々の対談形式となった今回、登場してくれたのは、デザインイノベーション・ファーム「Takram」を率いるかたわら、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで客員教授を務める田川欣哉さんと、アプリ開発などを手がける「ディヴィデュアル」共同創業者で、情報学研究者としての著作も多いドミニク・チェンさん。テーマは「六本木×未来×テクノロジー」です。

前編はこちら

update_2017.1.11 / photo_tsukao / text_kentaro inoue

「ヒューマンセンタード・デザイン」から「マシンセンタード・デザイン」へ。

田川未来の話を続けると、2つ目は「ヒューマンセンタード・デザイン(人間中心設計)」が崩壊する局面が来る。なんで人間中心なのかということを、身も蓋もなく解説すると、人間中心的につくっておかないと、モノが売れないから。

 じゃあ、人間中心じゃない設計のほうがモノが売れる未来ってありえるのかなと想像してみると、それもあっという間に来そうだな、と。人間の購買決定をAIが代替して、予算を入れておくだけで必要な日用品が送られてくるようになる。すると「マシンセンタード・デザイン」というコンセプトが出てくるでしょう。

ドミニクそのほうがモノが売れる時代が来る、と。

田川最後は、テクノロジーと人間が混然一体になる。人間と人間の関係も、〈機械―人間―人間―機械〉とか〈人間―機械―機械―人間〉とか、いろんなインターフェースの組み合わせが出てくる。もちろん問題はあるけれど、面白い話もいっぱい出てくる。

 この3つくらいが、僕が最近もやもや考えていること。ただこれって、ややもするとディストピア的な世界観なので、そこにどんな理想や思想を打ち込んでいけるか、ベクトルをどう変えられるか、というのがテーマになっていくと思うんです。

日本人ならではのクリエイティビティとは?

ドミニク今年、新しくはじまった文部科学省の研究プロジェクトで、日本的なウェルビーイングを定義しようということをやっています。アメリカ的なウェルビーイングって、個人が最適化したら社会も少しずつ最適化していく、個人主義に根ざすストーリーなんですよね。でも日本的なリアリティの場合、集団の中で自分はどういう立ち位置で、どういう貢献ができるのかということもウェルビーイングに関わってくる。

 たとえば、その場の「空気」みたいなもので物事を進めるられるのって、実はシステム論的に考えてもすごく効率がよかったりするわけです。それって欧米にはなかなかなくて、すぐぶつかる(笑)。いかにぶつかるか、それはそれで面白いクリエイティブの形だと思うんだけど、日本という気候風土と文化ならではのクリエイティビティもあるんじゃないかな、って。

 放っておくと、たぶんテクノロジーは個人を強める方向に進むでしょう。でも、テクノロジーが進んで、僕と田川さんという、このコンビネーションでしか生まれないものを特定できるようになったら。個人と個人を分けるんじゃなくて、もっと僕の中に田川さんがあって、田川さんの中に僕があるような......って、ちょっと気持ち悪いこと言ってますけど(笑)。

田川ディビデュアル(分人)的な話ですね。

ドミニクはい、それで自分の会社名も「Dividual」にしました。

相手の鼓動を感じる「心臓ピクニック」。

心臓ピクニック
聴診器を胸に当て心音を計測、その音響信号を振動スピーカーから出力することで、鼓動に触れることができる。渡邊淳司(NTTコミュニケーション科学基礎研究所)、川口ゆい(ダンサー・コレオグラファー)、坂倉杏介(東京都市大学)、安藤英由樹(大阪大学)

ドミニク今日は、この「心臓ピクニック」を見せたいと思って。これは共同研究者の安藤英由紀さんと渡邉淳司さんたちがつくったもので、たとえば僕が田川さんの胸に聴診器を当てると、ここにある箱がドクンドクンしはじめるんです。それを握ると、田川さんの心臓を直接手に抱いているような、すごく不思議な感覚になる。まさに、触覚のバリアをブレイクする効果があって。

 緊張してるときにこれをやると、心拍数が下がって、すごく落ち着くんですね。ワークショップに参加した人たちの反応も「生きてる感覚がする」とか「殺人事件がなくなるんじゃないか」とか「電源を切るのが切ない」とか、とても面白い。

田川相手のことを好きになっちゃったり?(笑)

ドミニク極端な話、それくらいアイスブレイク効果があります。面白いのは、何の情報も与えてないのに、インタラクションの中でユーザー側が意味やストーリーを生み出して、勝手に気持ちよくなっているということ。これからは、テクノロジーのこういう方面を攻めようと思っていて。

AIは、妖怪のようなもの?

ドミニク今のAIって、外部にある情報をどう識別してコンパクトに摂取できるようにするか、そこに主眼が置かれたものがほとんどですよね。これとは逆に、人間のアウトプットに特化したAIを考える「Alife」というプロジェクトにも参加しています。

 たとえば、デザイナーやアーティストが自分ひとりでは到底出せないバリエーションをつくってくれるパートナーロボットみたいなものだったり。自分でも気づいていない癖をこっそり教えてくれる、アルターエゴ(別人格)的な存在だったり。そういう人間に本来備わっている生命性を増幅したり手伝ったりしてくれるテクノロジー的存在を、僕たちは「人工生命」と呼んでいるんです。

田川「マシンセンタード・デザイン」にも少し近いですね。

ドミニク人間は、機械のロジックに100%共感して理解することは不可能だと思うんですよ。僕はよく「AIは妖怪みたいなものだと思えばいい」って言っています。いろんな妖怪がいるけれど、彼らに善悪はなくて、でも何を考えているかわからない。

 それって、人間が自然に対して抱いていた思考だったわけですね。でも今、多くのものがコントローラブルになって、実は人間が人間をコントローラブルなものとして扱いはじめているというところに、ディストピア的な未来がある。だから、機械と人間でも人間同士でも、他者性というものをもう一度ちゃんと認識したうえで、どうつなげられるのか考える。ただ同化しちゃうのは僕、つまらないと思うんです。