アートナイトの日は道路を歩行者天国に。(八谷) キュレーションされたパブリックなスペースを。(小松)
先日行われた「六本木アートナイト2014」で、「風の谷のナウシカ」のメーヴェをモチーフにした「オープンスカイ:M-02J」(写真)を展示した八谷和彦さんと、水しぶきにより池の底の模様に動きが生まれるインスタレーション「鳥のように_ディスプレイ_毛利庭園」を手がけた小松宏誠さん。このおふたり、実はアートコンペ「Tokyo Midtown Award 2008」では、審査員と受賞者という関係でした。インタビューは、まずはそのときの思い出話から。
八谷小松さんが受賞したのは、Tokyo Midtown Award アートコンペの初回、この賞にはどういう作品がふさわしいのか、その方向性もまだ定まっていない段階。いろいろ迷いもあったけれど、審査員全員、公共空間の中に展示されるという条件の中で、なるべくチャレンジングな作品を選ぼうという意識だけは共通していました。
小松一番楽しい時代ですね。もともと僕は、建築からこの世界に入ったので、発表の機会をつくろうと、コンテスト荒らしみたいな感じでコンペに応募していたんです。新しくできた賞で、(当時は)若手の縛りもある、これはやるでしょう! みたいな。しかも六本木で展示をすれば、いろんな人が見てくれるかもしれない。当時はまだ、ギラギラしてたので(笑)。
八谷この年、グランプリは該当作品なしだったけど、結果発表を受けたとき、「グランプリ出してよー」、みたいな気持ちってありました?
小松岡本太郎記念現代芸術大賞(現・岡本太郎現代芸術賞)とかも、ずっと出ていなかったので、そういうのはなかったです。みんな、設定した枠組みを超えるものを見たがっていたんだと思うし。それよりも、僕の作品は佳作だったので、やったーという感覚はまったくなくて、ただ悔しかったですね。
八谷今だからいうと、僕、小松さんのもっといい作品を知っていたので......。本当はそういう見方はよくないかもしれないけど、よい過去作を知っていると「君はまだまだやれるはず」って思ってしまう(笑)。
小松たしかに「求愛しつづける時計」は、自分の中でもメインの軸になる作品ではなくて、ちょっと違う方向も伸ばしてみようと思ってつくったものでした。
八谷コンペの最初の年って、審査する側もされる側も手探り。Tokyo Midtown Awardはそれからも、安定してきたかなと思っていたら、展示場所やテーマが変わっていっている。毎回同じだと、マンネリ化したり、こういうタイプの作品が受賞しやすいっていうパターンが決まってしまうので、それはいいと思いますね。
八谷ちなみに僕の中では、東京ミッドタウンは優等生のイメージで、たとえるなら"六本木小学校の生徒会長"。昼のこの街は、我々が代表しますみたいな(笑)。六本木は、いろんな面があって面白い街だと思いますね。
歌舞伎町っぽいところもあるし、上野っぽいところもある、ミニ東京というか。たとえば、北側なんて上野っぽいですよね。サントリー美術館ではクラシックなアートも見られるし、落ち着いたイメージの国立新美術館もあるし。
小松若手のアーティストにとっては発表の場も多いし、森美術館とか本当に目指したいと思える場所もある。しかも、Tokyo Midtown Awardのように公共の場が解放されていて、チャンスが転がっている匂いもするし、アートナイトではゲリラ的なことをやる人もいる。それが受け入れられているかどうかは知らないですけど(笑)。
八谷どういうところって聞かれても、一言で言えない。安い店から高い店まで全部あるし、外国から来た人にとっては、夜遅くまで開いている店があるというだけでも価値がある。もちろん渋谷とか新宿でも夜遊びはできますけど、もうちょっと安全っていうのも、六本木のいいところかな。
小松ものすごくデザインされたおしゃれなところがあったり、反対にカオスなところがあったり、いろんな方向性があって偏っていない。僕、なんにしてもメインストリーム一本っていうのがあんまり好きじゃないので、振り幅があるのはいいと思いますね。
オープンスカイ:M-02J
鳥のように_ディスプレイ_毛利庭園
Tokyo Midtown Award
八谷六本木アートナイトについては、本音をいうと「え、一晩だけなの?」みたいな気持ちがあります(笑)。僕、自分の展示が2ヶ所にあって、さらに六本木夜楽会というイベントにも参加していたので、イベントを楽しんだり、他の人の展示を見るヒマがまったくない。小松さんの作品も、申し訳ないんですけど、見にいけていないんですよ。出てる側からすると、せめてもう1日、プレビューの日があるといいなと思いますね。
小松同じくプレイヤー目線でいうと、屋外で展示をするときは、どこを狙えばいいのかが難しい。一晩限りだから、当日の天気にもめちゃめちゃ左右されるし、ターゲットは昼なのか夜なのか、雨でもOKなのか、とか。
八谷今回、僕が「オープンスカイ:M-02J」をミッドタウンの1階に置いたのもそう。あそこは、三方がビルに囲まれていて風が吹き込まないんです。実際、去年のアートナイトでも風で作品が壊れるのを見ていたし、秒速10メートルくらいの風が吹いたら普通に飛んでしまうので。
小松凧みたいに上げることもできるんですか? 風の谷みたいに飛ばしておいてほしいけど。
八谷海みたいに一方向からずっと風が吹くなら、ありえますけどね。
小松おお、それは見たい!
八谷もうひとつ見る側も含めた提案としては、歩行者天国。誰の言葉か忘れましたけど、「人は買い物をするときには必ず歩いている。車に乗ったまま買い物するやつはいない」みたいなのがあって。日曜日の銀座を歩いていると、すばらしいなと思うんです。昔は原宿にも歩行者天国があったし、下北なんかも事実上、車はほとんど入れなくなっている。道路を封鎖すると、街ににぎわいが生まれるんです。
小松たしかに。道を歩いていると、車だけテンションが違うので、覚めてしまうんですよね。
八谷そうそう。たとえば、オーストリアのアルス・エレクトロニカなんかだと、オープニングの日には街のメインストリートを全部通行止めにしていて、そこにみんなが集まって、花火が上がったり、すごくお祭り感がある。たとえば夜12時から朝6時までだけでもいいから、来年のアートナイトは道路を歩行者天国にしましょうよ。
小松僕は、飛ぶとか浮遊することに興味があって、鳥をテーマにした作品をつくっています。この羽根でつくられたオブジェがファンの上で浮遊する「Lifelog_glider」は、90センチくらいで、浮遊させ続けるオブジェとしてはかなり大きい。ずっとうまくいかなかったんですが、4年がかりでようやく完成しました。
Lifelog_glider
八谷あのとき、これを出してたら、グランプリだったのに!(笑)
小松ほんとはこういう作品で勝負したいんですけど、浮遊させ続けるのって、けっこうシビアなんです。その場所に合わせてセッティングしないといけないし、展示している部屋のドアが開いて空気が流れるだけで落ちちゃったり。
八谷ある程度以上大きいもの、しかも見て美しいものを浮かせ続けるのは難しい。ついにここまでやったか、すごいなーと思いますね。
小松こういうシャンデリアみたいな作品をつくっているうちに加工のコツを覚えて、今は羽根がどこまで踊れるかという段階にきています。ただ、美術館ではなく公共空間となると難しい。僕は公共空間での展示もけっこうやっているんですが、装飾性や見せ方も含めて、いつも苦労しますね。ほんとは、もっと大きいものがやりたいんですけど。
八谷えっ!? もっとって、10メートルくらいとか?
小松できる・・・・・・はずなんですよね。でも場所が本当になくて。どこかください、六本木さん(笑)。
八谷そもそも、羽根を使った作品をつくりはじめたきっかけって?
小松大学の卒業制作で、浮く素材として羽根を大量に使ったんです。それを保管していたら、夏に生き物の匂いがしてきて、動物の毛の一部なんだってことに気づいてギョッとして。羽根ってすごいハイテクなんですよ。紙とか他の素材を試しても全部ダメだったのに、羽根だけは風を含んでくれた。
人間じゃない生物が進化して行き着いたところに、そういうテクノロジーがあるっていうのが、すごくステキじゃないですか。そういう意味では、八谷さんの作品には憧れますよね。だって、飛んでるんですよ! 普通やりたくたってできない。
八谷僕が"メーヴェの実機をつくろう"と思ったのは、2003年に起きたイラク戦争がきっかけ。アメリカのブッシュ大統領がイラクに攻撃をしたときに、当時の小泉首相が秒速で支持をしたことに唖然として。ナウシカだったらこんなことしないのに、私たちはナウシカみたいなリーダーを待望しているというのを表明するためにはじめた、というのがいきさつです。
小松僕らより一世代とか二世代上のアーティストの方は、そういう大きなテーマを持って作品をつくることを重要視していますよね。でも、学生の頃からその流れに乗っていいものか、という不安もあって。なんか、授業で習ったのと同じことをしたら終わりだろ、みたいな。
八谷それはすごく健全な考え方ですね(笑)。
小松実際、僕がやらなくても誰かがやってくれますし(笑)。美術の世界って、前の世代を否定することで、次の世代が出てくる。コンペで嫌われてもいいから、自分が楽しんでつくれるものを追い求めていたら、今の感じになっただけなんですけど。
八谷政治とか大きな事件をテーマにするのは、本当は避けたいと思っていたりします。いくら大きな事件でも、時事ネタは時事ネタなので、はじめたときは真剣に思っていても、やっぱり10年もたつと、お客さんも自分もリアリティがなくなる。「オープンスカイ」がイラク戦争と関係しているのは事実だけれど、それ以外にも要素はいくつかあって。ふだんから、ひとつのアイデアだけで作品をつくることはしないようにしています。
八谷僕も小松さんと根本的な思想は似てて、メーヴェのもうひとつのテーマは、浮遊するものを見たい、飛びたいという人間の願望だと思います。例としてどうかと思いますけど、オウム真理教だって、修業のはてに人間が浮くみたいなことを言っていて、みんなが引っかかったわけじゃないですか。重力を無視して浮くという行為は、人間の理性を失わせるくらい強い動機になると思います。
小松僕が羽根を飛ばすのに4年もかかっているのに、八谷さんのメーヴェはあのフォルムを保ったまま、人間が乗れるものをつくってしまうって・・・・・・ヤバイです。
八谷仮に100トンの物体を真上に浮かそうとすると、100トン以上のパワーがいります。でも翼を使うと、空気の力で10分の1くらいの出力で済む。小松さんも言ってましたが、羽根という仕組み自体がエレガントなものなんです。鳥って恐竜の生き残りなので、数千万年の進化の過程でそれを得てきた。いつも鳥を眺めては、「この人たち、すごいなー」って思ってます。
小松枝に止まる瞬間なんて、ミラクルですよね。すごいスピードで飛んできて、ふっと掴まれる。たぶんメーヴェも、アニメの中で描かれている動きを現実に落とすにあたって、すごい苦労をされていると思うんですけど。
八谷イメージ上ではできることが、現実の世界では、いろんな理由でできないんです(笑)。
小松そうだ、今日、言おうと思っていたことがあるんです。Tokyo Midtown Awardもそうですけど、公共の場所で展示をするときにいつも感じていたのが、意外とカメラ映えしないということ。今は、写真や動画がすぐに共有されるので、それを見た人が「わぁ、すごい作品だ」と思ってもらえるような場所があるといい。ただの公共空間じゃなくて、写真写りもいい、もうちょっと展示にやさしい場所。しかも、作品を街がバシッと記録してくれて、発信までしてくれたら最高だな、と。
八谷たとえば、今日の六本木の作品はコレ、みたいなこと?
小松はい。美術館みたいにキュレーターがいて、選ばれた人はタダで展示ができるとか。
八谷パブリックな場所にあるんだけど、ちゃんとキュレーションされている美術館のようなスペース。「日本の東京の六本木の、何月何日の作品です!」なんて、1週間単位とかで世界にプッシュしてくれる。いいですね、それ。
小松制作費をもらいながら映像が撮れて、動画を集めてネット上の美術館にするのもいいし、毎日ライブ発信してもいい。
八谷今はインディペンデントなキュレーターも多いから、そういう人が、月替わりとかで担当するといいんじゃないですかね。展覧会ってどうしてもキュレーターのトーンが出るものだから、同じ人が選んでばかりだと面白くない。
小松そうですね。あんまり1ジャンルに寄ってほしくないし。
八谷みんな、そこに観光で来るんでしょうね。月曜日にネットで見て、木曜とか金曜に実際にここに見にくる。まだあってよかった! なんて。
小松六本木でカメラ映えするところって、どこですかね?
八谷東京ミッドタウンの地下にあるパブリックアート「意心帰」を外してもらって・・・・・・っていうのは冗談ですけど、あそこはそういうことするのにとてもいい場所ですよね。たとえば1年のうち神無月だけは「意心帰」が帰ってくるけど、それ以外は月替りで作品が代わるとか。
意心帰
八谷六本木には、アートに興味がある人もそうではない人も、いろんな人が来ます。僕らがつくっているのは、アートのコンテクストがわかっていないとさっぱりわからない・・・・・・という種類の作品ではないので、そういうアーティストにとっては、六本木は非常に魅力的な街だと思いますね。
ただ、アートナイトを見ていて感じたのは、僕の作品って、横で映像を流していないとお客さんに飛ぶと思ってもらえないということ。その点、小松さんの作品の場合、実際にずっと浮かせていられる。そこがうらやましい!
小松でも僕だって、もしミッドタウン・ガーデンの芝生で何かつくりたいって思ったら、雨が降るとダメとか、風が強すぎたらダメとか、成立させるのはすごく大変。そういう意味では、ここにパリのグラン・パレみたいにガラスで囲まれた、さらに環境や天気すらもコントロールできる場所があったらいいですね。
ミッドタウン・ガーデンの芝生
八谷急に雲が湧いて、雨が降ったり、雪が降ったり。
小松そこでしか成立できないアーティストの夢が実現できるかもしれない。最後に、そんな場所があったらいいな、という無茶ぶりをひとつ。
八谷その作品を成立させるために、わざわざでかい空間をつくっちゃう。
小松部屋を一個与えられても、天高が足りないってこともありえるので、"外だけど中"みたいな空間がいい。外だと雨が降ったり風が吹いたりする、でも外でやりたいという、人間のエゴイスティックな部分をかなえてくれる場所。あとは、よくアニメに出てくる、空中に浮いている看板も見たい。今はまだSFの世界ですけど、そろそろできるんじゃないかな(笑)。
八谷2012年の夏、ミッドタウン・ガーデンで、人工の霧とレーザーの光で水花火を出現させるというイベントをやってましたけど、看板がポコっと浮いているっていうのは、さすがにまだできてないですね。
小松ここの芝生は、何もないのがいい、だから何かをやってみたくなるんでしょうね。六本木の街ってギラギラしていて歩いていると楽しいんですけど、ヒルズからミッドタウンに移動する間に、現実に戻っちゃう。上を見上げると現実感があって、まだまだここは地球上の都市だな、みたいな(笑)。
八谷宇宙じゃないし、未来じゃない。重力にも縛られていると。
小松でも、こんな無茶ぶりも、六本木だったら許してくれるかな、なんて思ったり。実際は僕、六本木の未来より自分の未来のほうが心配なんですけど・・・・・・。
取材を終えて......
取材後、「審査員をやるには、恨まれる覚悟が必要」と話す八谷さんに、「これまで、何人も恨んできました」と小松さん。「ってことは、僕も?」「八谷さんは、むしろ助けてくれたから」というやりとりが。やさしい先輩の前で、自由に発言する後輩。そんなすてきな雰囲気が漂うインタビューでした。(edit_kentaro inoue)