六本木の冬の風物詩となりつつある、六本木ヒルズや東京ミッドタウンのクリスマスイルミネーション。先日、そんなさまざまな明かりが灯る六本木の街を巡るツアーが行われました。ガイドは、六本木ヒルズのイルミネーションを手がけるライティングデザイナー・内原智史さん。イルミネーションから建築照明、夜景まで、「光のデザイン」にじっくり触れたツアーの様子をレポートします。
まずは、約400mの並木を約110万灯のLEDが彩る「けやき坂GALAXYイルミネーション」から。ツアー開始と同時にイルミネーションが一斉に点灯し、多くの人でにぎわう中、内原さんの解説がはじまりました。
「日本では、クリスマスイルミネーションは商業目的でやることがほとんどですが、古くはクリスマスに木にろうそくを差して灯したという記録もあるように、キリスト教に由来するものですね。また、たとえば星空を見て感動したりするように、そもそも人間は光に感情移入をします。誰もがなぜか心を揺さぶられるんですけれど、その確かな理由はわかっていません」
「街路灯など、六本木ヒルズのベースライトは少し暖かみのある色。それに対して、イルミネーションは樹氷のように真っ白いデザインにしています。六本木のイルミネーション全体としては、この街にやってくる人たちを喜ばせようという趣旨があります。商業施設の宣伝活動という以前に、街がたくさんの人を迎えるためのホスピタリティという捉え方ですね。実はこのイルミネーション、はじまって以来、基本的にデザインを変えていません。それは、毎年同じものを見られるという安心感を与えたかったから。『冬の風物詩』といわれるようなものにしたいと思って、できるだけ変えなかったんです」
「昨年の六本木ヒルズ10周年を機に、セレブレーションカラーとして赤と白の2色が入れ替わるようにしてみました。この赤が、意外とチャレンジングなんです。信号と同化しては困るということで、警察にも協力してもらったり。日本では赤は警戒を促す色ですが、ヨーロッパ、とくにロンドンの街並の装飾には、キャンドルカラーと赤いオーナメントの組み合わせがすごく多い。それが、クリスマスの愛らしさであったり、ちょっと心があったかくなるような原風景を表現できるのではと思って、以前から赤いイルミネーションのアイデアは温めていました」
「振り返ると、東京タワーが見えますよね。この景色は、ここの資産だと思います。去年、東京タワーの灯りが消えた瞬間、連動したかのようにイルミネーションも消えて、『よくここまで演出したね!』と驚かれましたが、それは偶然(笑)」
「今、たくさんの人が記念撮影をしていますが、撮り終わると帰っちゃうんです。そういう人たちに周遊してほしいと思って、今年は『隠れハート』のアイデアを提案しました。2ヶ所に設置したハート型のイルミネーションが、1時間に5分×2回灯るというもの。大掛かりなものよりも、口コミになる簡単なもののほうが効果的な場合があるんですよね」
「私は、日本の照明デザインの第一人者、石井幹子さんの事務所で10年ほど建築照明などを手がけていましたが、実はイルミネーションをデザインしたのは、ここ六本木が初めてでした。ライティングデザインの歴史はまだ浅いので、そうした新しい試みにチャレンジするチャンスはたくさん。これからはイルミネーションの世界に、デザイナーが参加することなんかも増えていくでしょうね」
「ここ毛利庭園では、けやき坂のイルミネーションと連動して赤と白を切り替えるということをやっています。一言で赤といっても、波長の異なる何種類かの光を混ぜていて、分量としては白と同量ですが、その配分はすごくデリケートなんです。赤は強すぎるとちょっと嫌みな色になってしまうので、そういうものは外して、何度もチェックを重ねて混合比を決めています」
「予算的なことをいうと、毛利庭園内にあるLEDライトなど装置の値段だけで、だいたい数百万円。設営するために同じくらいの人件費がかかりますが、たぶん今、日本中でクリスマスイルミネーションが増えているのはコストパフォーマンスがいいからでしょう。ちなみに、けやき坂の木には1本あたり5000球以上がついていますが、毎年、同じ人に設営してもらっています。回数を重ねれば熟練していくし、コスト以外にもいろんなメリットがある。職人さんからしても、これだけの人に見てもらえるというのはモチベーションになりますから」
「六本木ヒルズのイルミネーションが、2月15日くらいまで。そして3月に入ると、もうその年の年末のコンセプトづくりに入ります。1年中やっているので、毎年この時期には、もうイルミネーションはおなかいっぱい、という気分(笑)。私たちは他にも、いわゆるライトアップといわれるような屋外の仕事も多く手がけています。光には遠くまで届くという特別な力があるので、たとえ小さな光でも、都市を巻き込み、環境やエリアを超えてつなげることができる。そうした大きなスケールのものを描けるというのは恵まれていると思いますね」
続いて訪れたのは六本木ヒルズの玄関口「66プラザ」のクリスマスツリー。その後、オープンエアで東京の夜景を一望できる、地上238mに位置する屋上展望台「スカイデッキ」へ。
「66プラザに到着しました。ここ数年は、クリスマスツリーのオブジェもデザインしています。もちろんオーソドックスなツリーを立てれば、間違いなく多くの人に喜んでもらえるでしょう。でも、六本木のような街では、新しいことをやっている感じも重要。これだけのボリュームのものを置くからには、発信性や斬新さも常に問われています。それをデザイナーがすべて背負っているわけではないですが、我々としても新しいことをやりたいので、毎回提案をしていますね」
「このツリーは、2年間温めていたプラン。全体はコットンレースのような、ピュアなクリスマスのエレメントをイメージしていて、底面だけにイルミネーションが入っているんです。近づいて中を見るとわかりますが、基本的にはすべて反射で光っています。シンプルな外装の中に、光の宝石箱が潜んでいるような感じ。この中に入れるのはデザイナーの特権ですね(笑)。光の反射回数や減衰度合いなど、事前にミニチュア模型を使ってチェックしていましたが、これだけの大きさなので実際に工場でつくるまでは原寸での確認はできません。そこで初めてほっとするという感じでした」
「人間の目ってすごく不思議で、灯りをどう感じるかは、その前にいた空間との差も影響するし、気分や状況によっても感覚的な良し悪しが変わる。そういう意味では、どのライティングデザインも、常に初めてのシチュエーションになるんです。また、いくらCGをつくってみても、モニターと現実とではまったく違います。だから、プロジェクトに関わる人全員で現実の光を見て共有する。そうやって、いかに誤差の範囲を狭めていくかが重要なんですね」
「冬は空気の透過度が全然違いますから、今の時期でないとこれだけ遠くまで見渡せません」と内原さん。屋上展望台「スカイデッキ」から見える東京の夜景を眺めながら、ツアーはさらに続きます。
「房総半島の対岸まで見えていますね。水辺は土地のラインが線形に見えて、都市の骨格がわかります。以前見たニューヨークとロサンゼルスの夜景もインパクトがありましたが、規模としては東京のほうが上。それでいて、心にじんわりくる美しさがある。私は今、東京の夜景は世界一きれいだと思っています。震災後にずいぶん照明が消されましたが、そういった状況を経て、周囲と協調していこうという風潮も広がって、ずいぶん大人っぽくなってきている。すごくしっとりしてクオリティが高い夜景ができあがりつつあって、それは海外の人にも好まれていますね」
「私たちが手がけた千石山タワーや虎ノ門ヒルズも見えますね。光は遠く離れていても見えますから、そのぶん責任も感じるし、こうして何気なく眺めて目に入るのはうれしいものです。また、あそこに見える東京タワー。投光器はすべて上を向いていて、ほこりが積もると減光してしまうので、掃除が欠かせません。ならばランプごと交換して演出にしようということで、春と秋に色を変えていて、それが季節感を生み出しているんです」
「一般的なデザインは、昼を前提にしていることが多いでしょうが、ライティングデザインは夜が前提。光を使うことで、昼に感じる以上の価値を生み出すこともできます。でも、震災やオイルショックなど社会的に大きな事件が起こると、まず節電の対象になるのは照明。湾岸戦争のときにも、夜の街がかなり暗くなりましたが、そのとき、東京タワーは『いろんな人の心の支えになっているので絶対に消さない』と言いました。実際、電力をセーブしないといけないのは昼の話なんです。余っている夜の電力は、文化やプライベートの大切なシーンづくりに生かしてもらいたいですね」
「私がライティングデザインを志したのは、虹やオーロラなど、自然が起こす光のドラマに憧れたからです。もちろん照明が自然光に勝てるかといわれると......さすがにかないません。でも、都市の夜景を見たときには独特の感動があるでしょう? 今、目の前に広がっている一つひとつの照明は、誰かがスイッチをオンしているわけです。それが集まって都市の夜景はできているし、人の総意がこの都市をつくっている。だから人は夜景を見ると元気になるし、心が温かくなるんじゃないでしょうか」
最後は、内原さんと参加者のみなさんによる質疑応答。展望台「東京シティビュー」からの夜景を見ながら語り合い、ツアーを締めくくられました。
――長期間存在する建築同様、ライティングも長いスパンで設計するのでしょうか?
「たとえば建築照明の場合、50年くらいのスパンで考えます。ライティングデザインには必ず再現するための装置が必要になりますから、デザインが装置の性能に左右されるという面がある。照明器具もできるだけ長持ちしてほしいわけですが、ただLED照明にすれば解決ということでもないんです。設置したあとも、ほこりが積もったり汚れたりしますからね。メンテナンスをしっかりして、常にデザイン的な価値を維持していく必要はあると思います」
――ライトアップなどをするとき、周囲に協力してもらって暗くすることはありますか?
「都市には真っ暗な環境というものはほとんどありません。ですからデザインするうえでは、周囲の環境を踏まえる必要があります。その中で、ライトアップや照明をよりよいものにするために、弊害になる明かりを消しませんか、とお願いすることはあります。ただし、決して演出を重視するのではなくて、全体としての環境やメリットを考えて提案するようにしています」
「今日は、デザイナーの話に耳を傾けてくれてありがとうございました。ノーベル賞でも注目されているように、日本のLEDの技術力はすごいものがありますから、これから光はさらにクローズアップされていくでしょう。そして、私たちは人の心に訴えられるようなものをもっと開拓していかなければいけないとも思っています。アニメーションや食の世界と同じように、日本人の懐の深さのひとつの例として、ライティングデザインや夜景が語られるようになったら、みんなに『光って面白いじゃん』って感じてもらえるようになったらうれしいですね」
ツアー終了後、参加者の方にもお話を聞きました。おふたりとも、六本木未来会議のメールマガジンを通して、今回のツアーに申し込んだそう。
「六本木でイルミネーションをやっていることは知っていましたが、じっくり見たことがなかったので、いい機会だと思って参加しました。それにしても、1年間もかけて準備をしているなんてびっくり。今日は裏話もたくさん聞けて面白かったです。光のデザインについて考える、とてもいい機会になりました」(左の男性)
「私が六本木に来るようになったのはここ数年ですが、六本木ヒルズのイルミネーションが当初から変わっていないと聞いて驚きました。大学で情報デザインを学んでいて、センサーや映像を使った作品をつくっているのですが、ツアーに参加したのは、漠然とライティングに興味があったから。光るものって、なんだか気になりませんか?」(右の女性)
このほか東京ミッドタウンでも、さまざまなイルミネーションを開催中。テーマは「ミッドタウン・クルーズ」で、各所に設置された趣の異なるイルミネーションを、物語を感じながら巡っていくというものです。写真は外苑東通り沿い、プラザ1Fの「ウエルカムイルミネーション」。地球上の「自然の現象」をイメージした「オーロラ」「サンライズ」「レインボー」など、15分ごとに色が変わります。
こちらはメインコンテンツ「スターライトガーデン2014」。ミッドタウン・ガーデンの芝生広場いっぱいにブルーのライトが敷き詰められ、「宇宙旅行」をテーマにした3分半のイルミネーションショーが繰り広げられます。今年からは、立体的に光の動きを表現できる「スティックイルミネーション」を日本で初めて導入しました。
東京ミッドタウンのイルミネーションも、今年で8回目を迎える"冬の風物詩"。ツアーレポートを読んだあとは、ぜひこちらも訪れてみてください。
information
六本木ヒルズアーテリジェントクリスマス2014
会期:2014年12月25日(木)まで
http://www.roppongihills.com/christmas/2014/
ミッドタウン・クリスマス 2014
会期:2014年12月25日(木)まで
http://www.tokyo-midtown.com/jp/xmas/2014/
※イルミネーションの開催時間は各サイトでご確認ください。
内原智史(うちはら・さとし)
ライティングデザイナー
光による空間プロデュースをはじめ、照明器具から都市景観照明のデザインを手がける。日本照明学会会員、IESNA北米照明学会会員、IALD国際照明デザイナーズ協会会員、福島県景観アドバイザー、多摩美術大学非常勤講師。
主な実績:うつくしま未来博、六本木ヒルズヒルズアリーナ、東京国際空港羽田第2ターミナル、表参道ヒルズ、芝浦アイランド、加賀レジデンス、南海ビルディング、東京国際空港国際線旅客ターミナル、渋谷ヒカリエ、虎ノ門ヒルズ、ホテルオリオンモトブリゾート&スパなど。1992年「京都光構想」を企画、1994年平等院、銀閣寺、清水寺、高台寺、1996年金閣寺、青蓮院などのライティングを手がける。