「女性が素直に夢を実現できる世界を六本木から発信したい」とクリエイターインタビューNo.100で語っていたスプツニ子!(尾崎マリサ)さん。そのアイデアは「東京減点女子医大 Tokyo Medical University for Rejected Women」という、日本の女性差別の問題を背景にしたプロジェクトとして実現。2019年5月25日(土)~26日(日)に開催された「六本木アートナイト2019」が、日本での初お披露目の場となりました。アイデアから具体的な形になりつつある現在進行形の展示やパフォーマンスの様子を、スプツニ子!さんとプロジェクトのパートナー西澤知美さんのコメントを交えてレポートします。
スプツニ子!総長と西澤知美理事がこのほど設立した「東京減点女子医大」は、日本の医療界から排他された女性たちによる大学。女子学生が一般男性をエリート男性ドクターに改造して、日本各地の病院に送り出すという画期的な取り組みの背景を、スプツニ子!総長は以下のように説明します。
「日本はOECD36カ国のなかでも男性ドクターの比率が最も高く、8割近くを占めています。有名な医大が男子学生をほしいがために、一般入試で女子受験者の得点を一律に減点していたのはご存じの通りです。私たちの大学は、そうやって減点された優秀な女子学生を集めて、世の中が求めてやまないエリート男性ドクターをつくりあげ、日本の医療界に貢献するために設立されました」
......というのは、盛大なブラックユーモア。東京減点女子医大という架空の大学は、2018年8月に発覚した、大学医学部の一般入試で女子受験者に不利な得点操作をしていたスキャンダルをモチーフにしています。
かねてから、ジェンダーや社会的な事象をテーマにアーティスト活動をしているスプツニ子!さんと、医療や美容という観点から「生命」をテーマに作品を制作している西澤さんのコラボレーションによって、実現した本プロジェクト。2月にニューヨークのギャラリーで発表され、日本初のお披露目の場となったのが、六本木アートナイト2019でした。
作品展示とパフォーマンスが行われたのは、東京ミッドタウンB1Fにある広場。ガラス張りの天井で空が見えることや、エスカレーターに挟まれて、人が行き交うオープンな雰囲気になっていることが、今回のアイデアを引き出してくれたそう。柵で囲まれた広場の中央には、透明な箱の上にプロペラの付いたポップなデザインの巨大ドローンが置かれ、プロペラがゆっくりと回っています。
「これだけ見ても、意味不明だった人も多いと思うのですが(笑)、東京減点女子医大の学生たちがつくりあげたエリート男性ドクターを、各地の病院に発送するためのドローンなんです」(スプツニ子!)
これから一体何が起こるのか......、不可解ゆえに好奇心がくすぐられます。21時半にスタートするパフォーマンスを見るために、30分以上前から早くも人が集まり始めました。「これって、去年話題になったニュースのパロディだよね!?」などと足を止める人もいて、関心の高さがうかがえます。パフォーマンスが始まる頃には、前列が座らないと見えないくらいの人だかりで、ドローンを中心にすり鉢状の円形劇場が急遽できあがりました。
大勢の人が見守るなか、白衣をまとったスプツニ子!さんと西澤さんがエスカレーターを上って登場。ふたりでドローンのプロペラ部分をうやうやしく取り外して一礼すると、拡声器を手にスプツニ子!さんが話し始めました。
「みなさま、東京減点女子医大へようこそ。ただいまより、私たちが作製したエリート男性ドクター第1号を発送します」(スプツニ子!)
続いて紺色のスクラブを着た4人の女子学生と、その後ろからエリート男性ドクターが登場。
「エリートドクターを見届けてください!」(スプツニ子!)
学生が箱の上部についたフタを開け、エリート男性ドクターを箱に入れ込む。エリート男性ドクターは、うつむき加減で体育座りに。
目の前で展開している状況に戸惑うような、あるいは、思わず吹き出すような笑いが会場から起こります。エリート男性ドクターが箱の中に収まると、女子学生たちがフタを閉めてプロペラを設置し、発送の準備が整いました。
「みなさま、これから号外新聞を配布いたします。私たちの大学では裏口入学も受け付けております。号外にあるQRコードから、入学案内パンフレット、裏口入学カードもゲットできるので、ぜひよろしくお願いします」(スプツニ子!)
大学設立を報じるこの号外新聞は、ジャパンタイムズとのコラボレーションで実現。プロジェクトの発端が、国内外で注目されたニュースであったことや、ジャパンタイムズ編集局は女性が比較的多く、日本の女性が直面している社会問題をいち早く報じるスタンスに以前から共感していたため、ふたりが話を持ちかけたそう。
表面には、女子学生が一般男性をエリート男性ドクターに改造する"手術風景"をヴィジュアル化した作品と記事が掲載。ドローンで運ばれるエリート男性ドクターの写真が全面に敷かれた裏面にはQRコードがあり、東京減点女子医大の日本初の個展を実現することを目的とした、クラウドファンディングのサイトへとつながります。先ほどアナウンスされた、入学案内パンフレットや裏口入学カードというのは、クラウドファンディングに支援した際のリターンのこと。最も高額な支援をすると、学生番号と顔写真の入った裏口入学用の学生IDカードがもらえるという、徹底したシュールさなのです。
「号外です!」「新入生、募集しております!」などと声を上げながら、号外新聞を配る総長、理事、学生たち。我も我もと手を伸ばしてくる観客の熱狂に、彼女たちも驚いている様子。「こんなに入学希望者がいるとは思いませんでした!」「裏口入学も募集しております。お金にものを言わせてください!」などと興奮気味に言葉を発するたびに、大きな笑いに包まれます。
号外を配り終えると、無事に医療現場へ到着したドローンから、エリート男性ドクターがいよいよ旅立つときが。箱の中で身動きもせず座り続けていたエリート男性ドクターは、フタを開けてもらうと外に出て、総長と理事に手を振られながらエスカレーターを颯爽と駆け上がっていったのでした。
一連のパフォーマンスを見た人からは「シュールすぎる!」「ドローンが本当に飛ぶと思ってました」「社会問題を提起するという意味では、面白いアプローチですよね」といった感想が。終演直後のおふたりからは、こんなコメントをいただきました。
「予想以上に人がたくさんいて、びっくりしました。単純に面白がってもらえればと思っていたので、ちょっとしたハプニングもありましたが、みなさんの反応を通して私たちも楽しめました」(西澤)
「パフォーマンスの前に、知美ちゃんと『歴史を作ろう!』って言い合っていたんですけど、本当につくっちゃいましたね。モノクロ写真に私たちが時の流れを感じるように、『令和元年にこんなことがあったんだ』と今日の様子を写した2D写真を見て、VR時代に懐かしむ人がいるんだろうなって妄想してます(笑)」(スプツニ子!)
女性差別という社会問題を、アートで表現した東京減点女子医大。アートの役割やフェミニストという言葉のイメージを、スプツニ子!さんは改めてこう語ります。
「発端となったニュースはまったく笑えないけれども、そういう問題を作品として笑い飛ばすことができるのがアートの力であり、ジャーナリズムとは異なる点なのだと思います。今まで日本ではフェミニストという言葉が誤解されていたところがあって、広辞苑にも『女権拡張論者』とか『女に甘い男』などと書いてあるんです。フェミニストは『女性にもっと力を』と主張する女性主義者ではなく、『女性も男性も同じ人間として、当たり前の機会を持ちたい』という人間主義者なんです」(スプツニ子!)
次の展開として目指しているのは、日本初の個展の開催。
「あくまでも構想段階ですが、ひとりの学生としてこの大学に入学したらどんなことが起こるのか、体感できるような空間をつくってみたいですね。たとえば、手術室に自分がいる感覚を味わえるような。入学式などで配られる、大学のグッズもつくりたいです」(西澤)
「学校の風景を体感してもらいつつ、講義という名目でいろんなゲストを呼んでトークイベントもできたらいいなと思います。そのためにも、みなさんの裏口入学を募集しています!」(スプツニ子!)
六本木未来会議のアイデア実現プロジェクトとして始まった「東京減点女子医大」。"架空の医大"として生まれたこの取り組みは、実在のコミュニティとして少しずつ具体的な形を帯び始めています。まさに今回のパフォーマンスはその第一歩。日本の男女格差問題や女性差別問題についてアートの視点から問う、ユニークな取り組みがこれからどのような形となっていくのか、今後も目が離せません。
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