六本木の美術館やギャラリーを舞台に繰り広げられる「六本木、旅する美術教室」。アートディレクター尾原史和さんがインタビューで語った「アートの受け手側の"考える力"は、教育的なところから変えていくべき」という提案を実現するべく、クリエイターやアーティストのみなさんに、その人ならではの美術館やアートの楽しみ方を教えていただきます。
第13回目の「旅する美術教室」の舞台は、麻布台ヒルズギャラリー開館記念として開催中の『オラファー・エリアソン展:相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』。今回教室の先生を務めるのは、写真家の川内倫子さん。2022年には大規模個展『川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり』を開催しました。本展の企画を担当した德山拓一さんが案内役となり、オラファー・エリアソン氏が問いかける気候変動や自然環境の変化の中で世界とどう関わるか、そして未来とどのように向き合うのかといったテーマを探っていきます。
今回は新たにオープンした麻布台ヒルズギャラリーの記念すべき開幕記念の展覧会が舞台の旅する美術教室。川内倫子さんは、過去に何度かオラファー・エリアソンの展覧会へ足を運んだことがあるそうで、新作を含む特別な展覧会に期待が高まります。
川内倫子今回の展覧会は、行きたい展覧会リストの上の方にあったので、参加することができとても楽しみです。德山さんと見て回れるとのことで、より豊かな時間を過ごせることを期待しています。
展覧会の企画を担当した德山拓一さんからまず麻布台ヒルズ開業に合わせて制作されたパブリックアート《相互に繋がりあう瞬間が協和する周期》と展示内容の関係について説明がなされます。
德山拓一展覧会のタイトルになっている《相互に繋がりあう瞬間が協和する周期》は、オラファーに依頼して麻布台ヒルズのために制作していただいたパブリックアートのタイトルでもあるんです。2019年から4年をかけて完成し、彼にとっても意義のあるものだったとのことで、パブリックアートの内容を過去の作品で繋ぎ合わせ、より深く理解するという趣旨の企画として、今回の展覧会を開催することになりました。
さっそく入口から入ってすぐの空間を煌々と照らす球体の作品《蛍の生物圏(マグマの流星)》(2023年)へと歩みを進めます。不思議な響きのタイトルですが、これは一体どういう意味なのでしょうか。
徳山不思議な語感のあるタイトルですよね。オラファーに聞いてみたのですが、実はそんなに深く考えなくても良いらしいんです。まずは直感で作品を見てほしいとのこと。
川内あえて説明的にならないようなタイトルを毎回つけられているんでしょうか? とても詩的ですね。
徳山そうなんです。オラファーのスタジオのスタッフに聞いても、たぶんこういう意味だよ、という程度でした。オラファーの作品は科学的にきっちりとつくっているイメージがあるので、最初はギャップを感じました。
川内なるほど。そのバランスがすごく面白いですね。作品自体は理数的思考というか、計算に基づいていて、一方でタイトルは詩的なのが特徴的ですね。
徳山ギャップが面白いですよね。この作品は3層構造になっています。中のガラスは片面が50%透過する鏡面仕上げになっていて、そこで何が起きるかというと、ガラスを通った光が補色に変換されるんです。例えば、赤い光を当てると緑の光になって出てくる。光源は白なのですが、とてもカラフルな宇宙空間のようなものが広がるようになっているんです。すごくシンプルな発想のもと、スタジオにいる120名ほどのスタッフが知恵を絞って複雑な構造をつくりあげています。
【未来と協和する方法#1】
まずは直感で作品を楽しむ
続いてあらわれたのは、大きなテーブルと機械が組み合わさったような作品《終わりなき研究》(2005年)。これはハーモノグラフ(振り子を用いて幾何学像を生成する機械)と呼ばれる機械を元に制作されたもので、鑑賞者は実際に幾何学のドローイングを体験することができます。今回、川内さんもチャレンジしてみることに。
德山それではやってみましょうか。実はこの機械、作品としてつくられたものではなく、スタジオの中に置いて制作のインスピレーションを得るために使っていた道具なんです。
川内アイデアソースとして置いていたんですね。
德山そうです。下に振り子がついていて振動で動くので、ふたつの波長が交わった図形が出来あがるのですが、これをもとにさまざまな作品をつくっていました。円形に動かしてもいいし、直線で動かしてもいいし......とはいえ、あらかじめコツを説明すると面白くなくなるので、このあたりにしておきますね。
川内好きなところでいいの? (機械を動かしてペンを落とす)あ、つい迷いが出てしまっていますね(笑)。でもこの迷いが人間っぽくていいな。
德山普通の円になりましたね。逆に珍しい。
川内狙ってないけれど、円は好きだからよかった。この機械は、いろいろなものの象徴に見えますね。ひとつだけではなく、さまざまな力が加わって図ができるわけだから、世界の縮図のようです。
德山繋がりや力関係は予期できない偶然性を伴っているわけですから、たしかにそうですね。
続いて德山さんが「オラファー作品にとって重要な要素が含まれている」という美しい曲線が印象的な立体作品と平面作品について見ていきます。
德山いろいろな立体作品を彼はつくってきたのですが、《ダブル・スパイラル》(2001年)は、はじめて数理曲線を立体的に仕上げた彫刻作品です。上にモータがついて回っているのですが、上から下に移動するような見え方をします。これは輸送する際に形が変わってしまうデリケートなもので、到着してから少し修正したりもしました。これまでと同様に、単純なひらめきをもとに緻密な計算をして作品をつくっています。中国・広東省の「He Art Museum」には10mの巨大バージョンがあり、そちらも壮観です。
川内これもいろいろなものに見えてきますね。影も面白い。
德山こうした曲線がオラファーにとって重要な要素になってきます。《ダブル・スパイラル》は本当に初期の作品で2001年のもの。こちらの壁面の作品は、《太陽のドローイング》(2023年)、《風の記述》(2023年)という作品です。
川内またポエティックなタイトルですね。
德山《太陽のドローイング》(2023年)は、ドーハの郊外にある砂漠にドローイングマシーンを設置して、ガラスの球体に集められた太陽光が虫眼鏡の要領で紙を焦がしながら回転することで、自動的に描かれています。《風の記述》(2023年)は、近くの海から海水を引っ張ってきて、その先に接続された筆で白い絵の具と混ぜられることで、キャンバスに落ちてくる。同じく盤が回るのですが、これは風力で回ります。筆も風で揺れるので、1枚1枚が異なるものになる。オラファーはこれを、その土地の環境のポートレートでもあると言っていて。
川内小さい時、子ども用雑誌の付録についていたような日光写真を思い出しました。
德山まさにオラファーの発想は、そういう感じなんです。
川内大人の遊びみたいですね。
德山これだけ世界の美術館で展覧会を開催していても、どこか心の中に子どもの部分を強く残しています。
川内どんな人が見ても入っていけるところがあるというか、常に普遍性があります。自然に任せて手を離すというところもいいですね。
德山まさしくそれも特徴で、自分の手はほとんど加えていない。奥の水彩作品もそうなんです。これはグリーンランドの氷河から氷の破片を持ってきて、紙にインクを置いた上に氷を置く。それで溶けたものがこのような形になっています。
川内それは痺れますね。いいな。色はランダムに選んでいるんですか?
德山そうですね。最近は薄い色を選んでいるので、これだけ濃い色を選んでいるのは珍しいです。
【未来と協和する方法 #2】
子どもの心で世界を眺める
次に向かったのは、会場中央に鎮座する扇風機が静かに音を立てて回る立体作品。本体は冒頭で触れた麻布台ヒルズのパブリックアート作品と同様の素材・構造のものが使用されています。
德山扇風機が4台ついているこの作品《呼吸のための空気》(2023年)で用いられている金属は、再生亜鉛。麻布台ヒルズにあるパブリックアートと同じものです。これは金属を燃やした煙を吸着したフィルターから亜鉛を取り出して、このような固形に戻しています。言葉で説明するのは簡単なのですが、実は技術的にはとても難易度が高いことのようです。もし、今回のように取り出されなければ、亜鉛は空気中に霧散して私たちの呼吸から身体の中に取り込まれていたかもしれません。特徴的な構造の11面体は、ある部分とある部分を計画通りに繋ぎ合わせると、この作品のような複雑な形態になります。
川内とても複雑で、作業している人は途中で混乱しちゃいそうですね(笑)。これはコンピュータ上でつくるんですか?
德山少しでもずれたら想定していた形にはならないですね。制作にあたっては、背景に幾何学の理論があって、僕は説明を10回くらい読んだのですが、まったくわからなかったです(笑)。専門家がスタジオにいて研究者と一緒に制作しているようです。
川内アイデアはオラファーからで、専門家との対話でなんとか形にした、と。すごいなあ。ある意味で、自分たちがここにいるのも奇跡の連続というか、その象徴のような感じもしますね。
德山オラファーにとってこういった扇風機や配線が剥き出しの形でやるのは初めてだったそうで、ベテランのスタッフも戸惑いながら設置をしていました(笑)。
川内なんだかキッチュですよね。これは狙ってやっているんですか?
德山どうなんでしょうか(笑)。
川内見たことないものって、こういう違和感があるものかもしれないですね。扇風機もそれらしくつくれるところをあえてこうしているような感じがします。
暗幕を潜り抜けると、暗闇を照らすストロボの眩い光が。大きな空間の中央では水が飛沫をあげています。本展のメインとなる作品《瞬間の家》(2010年)は、まさしく一瞬の光と水がつくり出す刹那の彫刻作品です。
德山これも非常にシンプルな作品なのですが、天井のホースから水が流れて、そこにストロボ当たった瞬間に、水でできた抽象彫刻が形を変えてエンドレスに生まれるというものです。
川内常設されたパブリックアートと形が似ている瞬間がありますね。
德山いままで見ていただいた作品が集結して、パブリックアートの作品に繋がっていることがわかると思います。《瞬間の家》は2010年の作品で、今回は3つ繋げて特別につくり直しています。
川内あえてこの形になるように計算されているんですか?
德山ホースの先端の曲げ方によって水の出方が変わるので、それぞれ全然違う形になるように曲げられています。オラファーは、急に水を出すとホースが暴れるところから思いついたようで、これも子ども心ある発想ですよね。
川内東京都現代美術館で展示していた虹が出る作品(《ビューティー》)と近いアイデアですね。やっぱり身近なところから発想されるから、見る方も入り込みやすい。
德山身近なものの見方を変えたり、見せ方を変えたりするだけで、美術作品になる。「美術は大袈裟なものではないんだよ」ということは、オラファーが会場の最後に上映しているインタビューでも語っています。作品の運用的には、床は水が沁みるようになっていて、その下に水路をつくり、浄水したものをまた天井のホースへ戻すという形になっています。
川内ちゃんとサステナブル。さすがです。近くまで来ても飛沫は来ないですね。中まで入っていいんですか? いわゆる美術館にある立ち入り線みたいなものはないですよね。
德山オラファーは展示の美学がはっきりしていて、結界は設けないでほしいとかキャプションは小さくとか厳格に決められていますね。《瞬間の家》は古い作品の再制作だったので、本人もすごく楽しみにしていたものでした。
【未来と協和する方法 #3】
見方を変えて身近なものを捉える
オラファー・エリアソン氏のインタビューはこちら