今年8月末、無印良品は「気持ちいいのはなぜだろう。」というメッセージを世界同時に展開し、世界の掃除をテーマにしたテレビCMやショートムービーを配信。商品の宣伝などは一切なく、さまざまな国や地域で掃除をする人々の姿が映し出されるのですが、ここにも良品計画が大切にしている価値観が表現されていました。
「我々は大した戦略を持っていない会社ですが、"大戦略"は持っています。それは『役に立つ』ということです」
そのうえで、次の7つのキーワードを社員と共有しています。「傷ついた地球の再生」「多様な文明の再認識」「快適・便利追求の再考」「新品のツルツル・ピカピカではない美意識の復興」「つながりの再構築」「良く食べ、眠り、歩き、掃く、人間生活の回復」「OKAGE SAMA、OTAGAI SAMA、OTSUKARE SAMA を世界語として発信」
「補足をすると『多様な文明の再認識』は、昨今は『グローバル化』のような、おそらくひとつの価値観が広がった状態を指しているのに対して、これからの時代は日陰にいるような多様な文明・文化を再認識すべきだろうということ。『快適・便利追求の再考』は、ものを買っていただこうと思うと、どうしてもより快適に、便利にということを追いかけたくなるのですが、生活にとって快適・便利の追求だけが本当に気持ちいいかというと、そうは思っていない。『良く食べ、眠り、歩き、掃く、人間生活の回復』の最後の"掃く"は、掃除や整理整頓を意味しています。コロナの自粛期間中に感じた人も多いと思うのですが、そういった基本的なことが人間生活にはとても大切です。そしてグローバルな言葉になかなかないのが、日本語の『OKAGE SAMA、OTAGAI SAMA、OTSUKARE SAMA』に相当する言葉。こういう考え方や人との関係性をこれからの社会は大切にしていくべきだと思います」
【クリエイティブディレクションのルール#6】
大戦略を立てて価値観を共有する
コロナの猛威にさらされ、社会の構造や価値観は大きく変わろうとしています。「暮らしや社会の違和感をビジネスにしていく」ことを大切にしている良品計画も、今まで以上に先を見据え、さまざまな課題や問題に敏感に呼応していくことが求められています。
「土着化という言葉を使っているのですが、個店経営がそれぞれの地域で先ほどあげた7つの留意点から役に立っていけるような活動を展開しています」
その活動は本当に多岐に渡っていて、「無印良品がこんなことまで」と驚くほど。一部を紹介すると、そのままの豊かな自然を守りながら楽しむことをコンセプトとしたキャンプ場。「暮らしの器」となる家のデザインと販売。70年代にたくさん建てられ、空き家率が高くなっている団地のリノベーション。成田空港に2015年にオープンしたLCC専用の第3ターミナルに設置されている、ソファベンチやテーブルなどの家具デザイン。銀座、北京、深圳で展開している「MUJI HOTEL」など。
「3軒のすべてのホテルには無印良品のお店が併設されていて、客室で使う歯ブラシやパジャマ、スリッパなどを気に入っていただければお買い上げいただけますし、忘れ物をしてもすぐに買うことができます。無印良品は当初から生活美学を意識してきました。よくよく考えればホームセンターで売っている大工道具のように装飾を排除していますが、省くだけでなく引くことによる美を意識して、VMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)に配慮しています」
3.11以降、もうひとつ意識しているフレーズが「ローカルから始める未来」。千葉県鴨川市の"道の駅激戦区"にあり、売り上げや訪問者数が減少傾向にあった直売所の運営を引き継ぐ形で「里のMUJI みんなみの里」を2018年4月にオープン。2020年7月には新潟県上越市の直江津ショッピングセンター内に、世界最大級の広さとなる「無印良品 直江津」がオープンしました。
「直江津のショッピングセンターには、もともと地元の方たちを中心とした60店舗くらいが入っていて、残りの半分に大手量販店が入っていたのですが、量販店が撤退することになり相談を受けました。量販店が撤退したら、小さなお店は営業できなくなるだろうと思い、僕たちもリスクを覚悟で出店しました。蓋を開けると、出店をこんなに喜んでもらえたのは初めてというくらい喜んでいただけて、想定の倍程度の売り上げを立てることができ、とてもいい勉強をさせてもらいました」
【クリエイティブディレクションのルール#7】
多角的に広げる時こそ、思想に立ち返る
未来を考えるうえで、社員と共有しているこれからの時代の「3大メガトレンド」があるそうです。ひとつは、アジアが世界の中心となっていく中で、良い発展構想が必要であること。ふたつ目は、AI、ロボット、IoTなどの進化を社会のためにどう使うべきか、良いデジタルトランスフォーメーションを構想すること。そして3つ目は、人生100年時代の良い高齢化社会をどう構想するか。
「人間本来の生き方や感受性を育み、感じ良いくらしと社会をつくるためには、もう一度『食と農』を大切に考え、新しいテクノロジーと流通で再興する必要があります。そのキーワードとして、歩きながらダジャレ的に思いついたのが『C農工商』です。CはコンピューターのCですが、コンピューターを有効活用して、農業と工業と商業をどうイノベーションするか。無印良品は生活雑貨のイメージがあると思いますが、将来的にはC農工商が会社の中核になるような事業を展開していきたいと思っています。農業に関わる人が今どんどん減っていますが、良いものをつくり、販売の戦略を持ち、お客様のおいしい健康を強く願うような健全な生産者をつくっていかなければいけません。田んぼを共有化して会社法人をつくり、農作業を一元化する取り組みもすでに始まっています。我々の店舗が日本には500ほどあるので、いい生産者とつながって一緒に働いていければいいなと考えています」
生産だけでなく、農家の安定収入を実現するような加工品の開発や、多様化した世帯構成、ライフスタイルに合致する新たな流通システムの開発、フードロスを極限まで減らす良循環の創出など、食にまつわる一連の流れを再構築しようとしています。一方「無印良品 直江津」では、店舗まで足を運びづらい中山間地に住んでいる人のために、バスによる移動式店舗「MUJI TO GO プロジェクト」をスタート。銀座で働いていたある女性社員は、社内研修で訪れた山形県酒田市に惚れ込んで、「移住をして、軽トラックで無印良品の商品を販売します!」と宣言。自治体との共同プロジェクトとして、中山間地域の巡回・移動販売を始めました。一社員によるこんなユニークな発案が実現してしまうのも、やはり同じ楽園を共有できているからなのでしょう。
「いずれにしても自治体や大学、民間企業、あるいは市民の方たちと一緒になって、『おたがいさま』と言えるような感じ良い社会をつくっていくことが仕事だと思っています。いろいろなところで多くの人と出会って、面白がって仕事をする。これをデザイン経営と呼ぶかどうか、僕は知りません」
【クリエイティブディレクションのルール#8】
さまざまな関係者と、面白がって仕事をする
講義最後の質疑応答は、参加者から事前にいただいていた質問に加え、チャットから受け付ける形で進められました。神奈川県にお住まいの30代・会社員の方からの「クリエイティブディレクションは、コロナ禍という未曾有の事態に向き合う人たちに対してどんなことができるのでしょう」という質問に対して、金井さんからは心強い回答が。
「コロナのように社会の構造やみなさんの価値観が変わっていく時ほど、クリエイティブディレクションが活躍するシーンが多いと思います。そんなことはめったにないのではないでしょうか。それくらい大きな変化ですし、いい方向に変わっていくチャンスでもあるわけなので。クリエイティブが社会を良くする方向に発想されて、いろいろな才能に手伝ってもらいながら、明るい未来をつくるという意味でも、とても出番の多い時だと思います」
オンライン授業ということで、遠方の参加者からも質問がありました。鹿児島県にお住まいの50代・フリーランスデザイナーの方からは「クリエイティブディレクションは、どうしたら経営にタッチできるのでしょう」という質問が。
「どの会社にも、理念がありますよね。想像するに、額に入れて社長室や役員会議室に掲げられているだけのところも多そうだけど、会社を立ち上げた時の経営者が考えたものが多いと思うのです。そこで言っていること、やりたいことは何なのかを共有しておくことが大事で、僕たちも今の時代に無印良品は何をすべきかしょっちゅう考えます。せっかく飾ってある理念を、今あるいは未来に向けてどう形にできるかという議論がきちんと起きていれば、そこからコンセプトが生まれるし、コンセプトをもとに実践していくことが経営なんですよね。会社法の中での経営の役割・機能はたしかにありますが、経営は現場と分離されているべきものではないし、会社そのものの経営はみんなで一体になってやっているのだと僕は思います。どこかの国みたいに、分断されている会社だったらつまらないですよね」
チャットからは、次のような質問がありました。「社員が移住をして移動販売を始めるなど自由な雰囲気がありますが、情熱のあるアイデアは社員がやりたいと言ったらすべて実現されているのでしょうか」
「大きい会社ではないので、前向きなチャレンジであればノリで採用することが多いです。でも時には、短絡的な提案をされることもありますし、困った時は『ちょっと田中(一光)さんのところに行って、聞いてきてよ』と言います。基本的には、前向きで面白いことならやっちゃおうよ! という感じですね。どうだ、羨ましいか(笑)」
講義中、何度も発せられた「感じ良い」という言葉。人によって何をもって感じ良いとするのか、言葉だけでは伝えきれない曖昧な表現ともいえます。楽園にしても、何を楽園と見なすかは人それぞれ。そんなふんわりとしたイメージを共有するために日々雑談を重ね、同じ目的地に辿り着くために思考や価値をデザインする。最後に金井さんは冗談半分に「どうだ、羨ましいか」と言いましたが、本当に働くことの楽しさと誇りを感じられる場所なのだろうと、良品計画のデザイン経営を羨ましくなった人も多かったのではないでしょうか。