「代官山 T-SITE」や「GINZA PLACE」など、誰もが知る建築や、世界1,000以上もの都市で開催されるプレゼンイベント「PechaKucha Night」を手がけるなど、さまざまなプロジェクトを展開している、建築ユニット「クライン ダイサム アーキテクツ」。数々のクリエイティブディレクションの背景には、プロジェクトに関わるすべての人たちへの「愛」がありました。2019年2月6日(水)に行われた、講義の様子をお届けします。
アストリッドさんと久山さんたっての願いで、講義の途中で2回ほど質疑応答タイムを挟んだのは「六本木未来大学」初めての試みとなりました。
会場クリエイティブディレクションについて、ジレンマを感じる瞬間はありますか? あるとしたら、どのように折り合いをつけていますか。
アストリッド・クラインブレストでパッとするアイデアが出てこないとき、それを揉んで、次の日まで消化しなければならないのは、結構ストレスを感じます。課題をチームで正直に話さないといけないのですが、慣れた人たちでやっていると、激しい口論になるときもある。でもディレクションをするうえで、聞きたくないであろうことも言わなくちゃいけない。それはみんなのためのいい方向を見つけるためなんです。
久山クライアントともいきなり最初から価値観が合うわけではないですし、方向が合わないこともあります。それをどうやって同じ方向に向かせるかが大事で、そのためのキーワードを探すことも大切。苦労するけど、それを見つけることがおもしろいところでもあるんです。
アストリッドみんなでやれば「必ずいいものができる」と信じています。だからそのためにファイトするんです。そこでクオリティをキープできる。まずは自分自身が信じないとファイトできないですから。
会場予算とクリエイティブの折り合いについて教えてください。
アストリッドまず建築はアートです。心を動かすべきです。建築はもちろん、機能面も大事ですがそれ以上に人の心を動かさなくてはいけません。そのうえで、価値観や大事にすべき点を統一する。他は妥協してもいいけど、そこは譲らないという点です。そこを守るためにファイトするんです。ファイトしてもうまくいかなかったら、その仕事を辞めるという覚悟を持っています。
久山関わってる人の数年間を無駄にするのはマイナスでしかないので、そういうふうになりそうならファイトします。ファイトすれば何か変わるので。
アストリッド予算を気にするのなら、うちに依頼しないほうがいいでしょう。よく仕事を受けるときに、事前インタビューされますが、「この人たちと2年3年、パートナーとしてやっていけるか」ということを、私たちもチェックしているんです。
会場日本の建築界についてひと言お願いします。
久山アストリッドはとにかく東京のことが大好きで、「日本でおもしろいことがなくなったら、ヨーロッパに帰ろうかな」と言って早30年(笑)。東京はいつも新しくて驚きがあって、そんな環境だから自分たちも新しいものをつくり続けられると思っているのですが、最近は定型的な建築も多くなってしまっていると思います。
アストリッド若い者に頼りたい。なのでみなさん頑張っておもしろくしてください。すぐ「わかりました」って言わないでください(笑)
久山ファイトしなくてはいけないんですよね。
アストリッドクリエイティブディレクションでアウトプットをするためにはインプットがないとダメなんですよね。できるだけさまざまな場所を見たり、今週は何をやっているのか調べたり。「こういうのもあるんだ」というインプットがどんどんあったほうがいい。インプットにトゥーマッチはないんです。
【クリエイティブディレクションのルール#5】
アウトプットするためにインプットをする。そこにトゥーマッチはない
クライン ダイサム アーキテクツが2011年に手掛けた代官山T-SITEは、蔦屋書店を中核とした、ライフスタイル提案型商業施設。「ネットで本を買う」ことや「電子書籍で本を読む」ことできるようになり、紙の本の価値が問われるようになった頃につくられました。
アストリッド居心地のいい「おうち」から本を購入できる時代だからこそ、「わざわざ行きたくなる場所」をつくる必要がありました。そのために私たちが目指したのは「おうち感があって、居心地がいい場所」です。
それまでにあった商業施設は、運営目線で設計されたものばかりでした。「在庫を並べておけば、買ってくれる」といった、傲慢さがあったように感じます。でも、ただ商品が陳列されているだけならば、おうちでゆっくりネットショッピングをすればいい。「行きたくなる場所」にするためにはお客様中心の設計をする必要があったんです。代官山T-SITEのターゲット層は、50歳以上のプレミアエイジと呼ばれる世代です。彼らは「楽しい時に財布を緩めやすい」んですよね。だから、人間が居心地よく楽しめる場所にすることを、強く意識しました。建築の手法も大事ですが、「なぜこの場所をつくるのか」を理解することが最も重要だと思います。
久山従来型の書店では「取り扱う本のジャンルが幅広いほど、人が来る」と考えられていました。反して蔦屋書店では「この人にこんな本を読んでほしい」のように、キュレーションすることを前提につくったんです。
アストリッド何冊もの雑誌が目の前にあっても、すべてに目を通すことは困難です。お客様に快適に本選びをしてもらうためには、レコメンドをすることが大事なんですよ。実は、建物が完成した時点では「50%の居心地の良さ」しか提供できません。残りの50%は、日々の運営の中でつくっていかなくてはいけないんです。たとえばディスプレイ。ただ煩雑に本が置かれていても、手に取りたいとは思いませんよね。でも、アート作品のようにディスプレイされていれば、買いたくなる。そうした工夫が、リピーター獲得にもつながると思います。
【クリエイティブディレクションのルール#6】
「お客様目線」で設計する
心地の良いおうちを抜け出してまで「わざわざ行きたい」と思われるためには、「シームレスな体験ができる場所」であることが重要だと、アストリッドさんは話します。
アストリッド蔦屋書店の中にあるスターバックスで買ったコーヒーは、代官山T-SITE内のどこでも飲めるんです。つまり「コーヒーショップ」「本屋」といった垣根を超えて、シームレスに楽しめる。本が置いてあるコーナーにも椅子を置いて、コーヒー片手に購入前の本を読むことができるようにしたのですが、立ち読みをするよりも座ってゆっくり吟味する方が、買い上げ率が高くなるという結果も出ました。ですから、このプロジェクト以降、「お店に椅子を増やしたい」という依頼も多く受けるようになりましたね。
久山蔦屋書店では、販売している本に関連するイベントを開催したり、著者によるトークショーも開催されます。一冊の本を軸にしてさまざまな体験ができる場所でもあるんです。
アストリッドT-SITEの敷地内には、レストランもあればペットの美容室もあります。だから、T-SITEに来ればさまざまな体験ができるんです。さらに定期的に違うイベントが開催されているので、「また来よう」と思ってもらえるんです。
【クリエイティブディレクションのルール#7】
シームレスな体験を提供する
静岡県熱海市にある「リゾナーレ熱海」も、クライン ダイサム アーキテクツが手がけた場所。。このプロジェクトでも、「思い出をつくる場所」を強く意識したのだと、久山さんは話します。
久山リゾナーレのプロジェクトで、我々が大事にしているのは「その場所ならではの思い出をつくる」ことです。熱海では、1年を通して海上花火大会が開催されています。「熱海ならではの特徴は花火だよね」と話して、リゾナーレ熱海のテーマは「花火」になりました。だから、ロビーの壁面には花火をテーマにしたグラフィックが描かれているんです。さらに、昨年リニューアルした和食ダイニング「花火」には花火を連想させる半個室をつくり、お客様に花火を全身で感じてもらえるような空間をつくったんです。
アストリッド花火を全身で感じてもらうためには、花火を真下から見上げられるような空間をつくるべきだと考えました。だから、グラデーションカラーのスチールパイプを傘状にして、個々のテーブルの上に設置したんです。職人さんもこの色付けにはすごくこだわっていたので、できあがった時にはすごく感動しましたね。
久山リゾナーレプロジェクトのおもしろいところは、思い描いたアイデアが実現できるところです。そして、関わる人たちみんなが「アイデアの実現」を楽しみにしているんです。ホテルの支配人も、星野リゾートの人も、そして我々も。みんなで同じ方向を向いて、素敵な場所をつくっているんです。
アストリッドただ建築とインテリアをつくることだけが、私たちの仕事ではありません。それをどのようにして楽しめるのかが重要ですね。
「『これができたら、お客様が喜んでくれるだろう』と考えながら、みんなで頑張る」のだとアストリッドさん。それはもちろん一朝一夕でできることではないですが、「努力は何倍にもなって返ってくるから!」というアストリッドさんの力強い言葉が印象的でした。
【クリエイティブディレクションのルール#8】
みんながワクワクするアイデアを実現する