「代官山 T-SITE」や「GINZA PLACE」など、誰もが知る建築や、世界1,000以上もの都市で開催されるプレゼンイベント「PechaKucha Night」を手がけるなど、さまざまなプロジェクトを展開している、建築ユニット「クライン ダイサム アーキテクツ」。数々のクリエイティブディレクションの背景には、プロジェクトに関わるすべての人たちへの「愛」がありました。2019年2月6日(水)に行われた、講義の様子をお届けします。
「今日の講義のお題は、『原研哉のクリエイティブディレクションって何ですか』。実は、普段あまり考えたことがないテーマです。今日はさまざまな事例のお話をしながら、みなさんと一緒に自分のクリエイティブディレクションの方向性を探ってみたいと思います」
アストリッド・クライン建築の仕事において、一番重要なのはチームワークです。だから仕事を進める上で、クリエイティブディレクションは当たり前の行為なんです。決して、意識的にディレクションをしているわけではないんです。そして「ディレクション」よりも大事なのは「リスニング」。おもしろい人たちと仕事をするときほど、「リスニング」の重要性を感じます。プロジェクトに関わるみんなの意見を聞き、それをもとに新たなアイデアを考え、編集する。まずはさまざまな声に耳を傾けて、サプライズを待つことが大事だと思います。
【クリエイティブディレクションのルール#1】
みんなの声に耳を傾けて、編集する
まず、久山さんがスライドに映し出したのは、かつて麻布十番にあったクリエイティブシェアオフィス「Deluxe」の写真。クライン ダイサム アーキテクツをはじめ、さまざまなクリエイターがジャンルを超えて集っていた場所です。
久山「Deluxe」は、おそらく東京で最初につくられたシェアオフィスです。入居していたのは、クリエイティブ・ユニットの「生意気」、今ではDJ Quietstormの名で知られているロブ、東京の地ビールをつくっている「TOKYO ALE」など、さまざまなジャンルのクリエイターです。
アストリッドもともと倉庫だった場所で、決して「素敵な空間」と言える場所ではありませんでした。私たちが惹かれたのは、スペースの広さです。だから、私たちはこの場所を「Deluxe」と名付けたんです。
実はここに入居しているみんなで、ビールをつくっていたんですよ。グラフィックデザインは生意気が担当し、醸造はTOKYO ALEが担当して......。そんなことをしているうちに「こんなにたくさんビールをつくったんだから、いっぱい人を呼んでビールが飲めるイベントをやろう」となって、Deluxeで定期的にイベントを開催することになったんです。
久山Deluxeに入居していたのは、若いクリエイターばかりでした。だからイベント開催は、家賃を払うためでもあって......。スペース全体をみんなで運営する感覚でしたね。
Deluxeでのイベントに訪れる人の多くは、クリエイティブ業界に携わる人たちでした。アストリッドさんは、「イベントは、"クロスポリネーション"が行われる場所だった」と当時を振り返ります。
アストリッドイベントに来た人たちはお互いに刺激を与え合っていて、そういう状態を「クロスポリネーション 」と呼んでいます。「クロス」は「交差」、「ポリネーション」は「受粉」の意味を持ちますが、まさにお互いの花から花粉を運び合っているイメージです。イベントを開催した後は掃除が大変でしたが、イベントを開催することに意義を感じていて、絶対に続けていくべきだと考えていました。
久山とはいえ、イベント翌日に、ビールやタバコの臭いが残るオフィスで朝から打ち合わせがある時は少し気まずかったですね(笑)。オフィスとイベントスペースの共存に限界を感じていたある日、たまたま六本木ヒルズの近くにあるマンションの地下にいい物件を見つけたんです。Deluxeよりも更に広い空間でしたので「Super Deluxe」と名付け、そこで新たにイベントスペースの運営を始めました。
【クリエイティブディレクションのルール#2】
クロスポリネーションが発生する場所をつくる
イベントスペースの運営をしていく上で重要なのは、定期的にイベントを開催し、客足を絶やさないこと。人が集まりにくい平日に集客を上げるため、建築業界で働く人たちに向けたプレゼンテーションイベント「PechaKucha Night」を立ち上げました。
アストリッド建築業界には、お互いの仕事のことを「もっと知りたい」と思っているのに、いざマイクを渡すとなかなか離さない人が多いんです。だから私たちは、彼らが話しすぎないように、ある工夫をしました。それは、話す時間を制限すること。20秒ごとに変わる20枚のスライドを使って、計400秒のプレゼンテーションを行うというルールを設けたんです。
久山プレゼン時間を短くすることは、集客のためでもありました。たとえばプレゼンを行う人が1人しかいない場合には、その人のつながりでしかお客さんが来ませんよね。しかし、プレゼン時間を短くすれば、1回のイベントで10人くらいの人がプレゼンできます。「10人のプレゼンターがそれぞれ10人連れてくれば100人は絶対集まる」という発想から、PechaKucha Nightの企画が始まったんです。回を重ねるうちに、お客さんとして来ていた人が「自分もプレゼンがしたい」と言ってくれたり、新しい友だちを連れてきてくれたりして、今では毎回200人以上の人が来てくれるイベントになりました。
アストリッドプレゼンのテーマは人それぞれです。自分の手がけるプロジェクトの話をする人、最近ハマっていることなどを話す人もいました。統一したテーマを決めずに、短めに話すからおもしろい話がたくさん出てくるんです。PechaKucha Nightでもクロスポリネーションは盛んに行われていて、プレゼンター同士によるコラボレーションプロジェクトが生まれたこともあります。
久山どんな人にも、クリエイティブな部分が必ずあるんです。それが見えてくるのが、PechaKucha Nightの魅力。ある時、虎ノ門ヒルズの施工を行なった鳶職人さんをプレゼンターに迎えたことがあったのですが「俺は人前で喋れないよ」と。でも、いざ登壇したら、マイクを一切離さず、結局時間いっぱい話をしてくれたんです。こんなふうに、PechaKucha Nightを通じて優れたヒーローに出会うこともある。誰でもプレゼンできるイベントにして、本当によかったと感じています。
来日中に東京でPechaKucha Nightに参加した海外の人たちから「母国でも開催したい」という声が上がるようになり、2003年の初めての開催から1年ほど経った頃、PechaKucha Nightは海外にも進出し、これまでに世界1,100都市以上の場所で開催されてきました。
アストリッドPechaKucha Nightは、シンプルなフォーマットだからこそ、どこでも行うことができるんです。イタリアのビーチで開催する人もいましたよ(笑)。イベントは、規模の大きさよりも内容の充実度が大事です。どんな小さな場所でも、おしゃれじゃない場所でも、どこでも開催できるところが、PechaKucha Nightのいいところだと思います。
PechaKucha Nightを始めた2003年頃は、My SpaceやFacebookなどのSNSが普及しだした頃。ソーシャルネットワークに注目が集まりだしていました。でも、スクリーンからは本当の気持ちは伝わってこないから、SNS上では本当の意味でのソーシャルネットワークは築けないんです。PechaKucha Nightはある意味、ソーシャルネットワークへのアンチテーゼです。イベントを通して、リアルなソーシャルネットワークを形成しているんですから。デジタルがダメとは言いませんが、デジタルとフィジカル両方を使ってネットワークを築いたほうがいいと思うんです。
【クリエイティブディレクションのルール#3】
リアルな場所で、ソーシャルネットワークを形成する
続いて話に上がったのは、2016年に行われたプロジェクト「GALLERY TOTO」。まさに、「いろいろな人との交流で生まれた」ものだったと久山さんは話します。
久山GALLERY TOTOは、成田空港内のラウンジスペースに、TOTOのトイレのギャラリーをつくるために発足したプロジェクトです。目的は「トイレをつくる」ことではなく、「トイレを見せる」こと。私たちはギャラリーのような空間をつくるため、外壁にホワイトキューブを並べてデジタルスクリーンを設置し、「トイレで踊っている人が映る影絵」のような映像を流したんです。映像製作は、かつて「生意気」でアシスタントをしていた爲永泰之さんにお願いしました。信頼している爲永さんなら、いいアイデアを出してくれるだろうと一任しました。
アストリッドホワイトキューブが障子のように見えるんですよね。外から見ると「トイレの中では一体何が行われているんだ」と気になるんです。トイレって用がない限り、率先して行きたい場所ではないじゃないですか。でもここのトイレは「行きたくなくても行きたくなるトイレ」なんです。各トイレブースの入り口には、滞在時間を示すインディケーターを設置したんです。ブース内に人が入ったら、10秒ごとに色が変わり、最終的に点滅する。これをつくるのは容易なことではありませんでしたが、我々の要望に対してエンジニアが「こんなことならできる」と応えてくれて、実現に至りました。
【クリエイティブディレクションのルール#4】
信頼するクリエイターに、一任する