映像表現(CM、VI、PV)を中心に幅広いデザインワークを展開する、ビジュアルデザインスタジオ「WOW」クリエイティブディレクターの於保浩介さん。資生堂銀座ビルのインスタレーションなど、WOWが手がけてきた作品の背景には、クライアントとデザイナーの気持ちを理解したうえで、双方の"架け橋"となる於保さんの姿がありました。2018年10月11日(木)に行われた、講義の様子をお届けします。
資生堂やマツダ、ダイフクなど、メーカーのブランディング案件の話が繰り広げられた講義前半に続き、後半では今年8月に行われたプロジェクト「変態する音楽会」の裏話が語られました。「変態する音楽会」は、日本フィルハーモニー交響楽団とピクシーダストテクノロジーズCEOの落合陽一氏によるプロジェクト。背景の意図にあったのは、敷居が高いと思われがちなオーケストラを親しみやすいものにアップデートすること。
「およそ300年前から変わらない、オーケストラの編成を"変態"するプロジェクトです。演出を担当した落合君から『感覚の分断を更新する演奏会にしたいんですよ』と言われ、はじめはよく意味がわかりませんでした(笑)。彼は科学者でもあるので、独自の視点を持っているんですよね。
しかしじっくり話を聞いていくと、どうやら彼は『映像を楽器に見立てて、演奏に加えたい』らしい。一方で、演奏会の指揮者を務めた海老原光さんは、『映像のことはよくわからないけれど、演奏する曲にはこんなストーリーがあります』と教えてくれて。双方の意見を聞きながら、映像に落とし込んでいきました」
通常の音楽ライブでは、音楽のリズムに合わせて映像を同期させているそうですが、オーケストラは指揮者の気分によってリズムが変わるもの。この演奏会では、担当者が指揮者を見ながら映像を流し、"ライブ感"ある演奏をしました。
「耳と目の感覚は分離しているものです。しかし、このプロジェクトに参加してみて、"耳で見る"ことや"目で聴く"ことができるようになったら、もしかしたらふたつの感覚が一体化するのかもしれないと思いました。それは、落合君という異能がいたおかげです。『何を言っているのかわからない』で終わるのではなく、お互いの意図を"翻訳"しあうことで、凝り固まった思考がほぐれ、新しいクリエイションが生まれるんですよね」
【クリエイティブディレクションのルール#4】
わからないことを"翻訳"して、理解を深める
これまで、主に映像表現を用いた作品を手がけてきたWOWですが、2015年からは"実体のあるプロダクト"を手がけるオリジナルレーベル「BLUEVOX!」を展開しています。同レーベルのコンセプトは「生活不必需品」。店主を務める於保さんの、ある想いが込められています。
「スマホや服、家具など、私たちの身の回りにあるものは、どんどん安価で便利になっていますよね。しかし"心を豊かにする"のは、手に入れたときに思わず笑みが溢れてしまうようなもの。他の人にとっては無意味なものかもしれないけれど、自分にとって特別なものです。そうしたものを作るために、BLUEVOX!を立ち上げました」
BLUEVOX!で最初につくられたのは、3Dプリンタなどの最新テクノロジーと伝統的な「漆工芸」の新しい取り組みを組み合わせて作った超薄型の漆器シリーズ「SHIZUKU」でした。
「SHIZUKUは、うすはりグラスより薄いんです。漆器は通常木に漆を塗ってつくられますが、これはまず3Dプリンタでシリコン型をつくり、それに漆を塗っています。漆はシリコンに吸着しないので、剥離する。剥離されたお皿状態のものを、土台とくっつけているんです。上から見ると雫のような形をしているので『SHIZUKU』と名付けました」
最新技術の3Dプリントと伝統的な漆塗りは、対極にある手法です。「SHIZUKU」の制作を、漆塗り職人さんに伝えるうえで、於保さんはある工夫をしたのだそう。
「僕たちは映像制作を専門としているので、製品が完成する前に『SHIZUKU』のプロモーションビデオをつくっていました。『どんなものをつくりたいか』がイメージできるものなので、職人さんへの説明がすごく楽にできたんですよ。これがあることで、イメージの共有ができ、スムーズに制作に集中することができました。
変わったものやこだわったものをつくる場合には、クリエイターとのイメージの共有が重要です。『ものの成り立ち』を、インスタレーションや映像で説明すれば、クリエイターとの意思疎通がしやすくなります。こういったことは別の仕事でも活かされていると思います」
【クリエイティブディレクションのルール#5】
共通言語をつくりだし、クリエイターとイメージを共有する
講義の最後、於保さんは趣味のキャンプを例にあげながら、「焚き火とクリエイティブディレクションは似ている」と話してくれました。
「20年以上、キャンプを趣味にしていますが、焚き火をするといつも『クリエイティブディレクションと似ている』と感じるんです。焚き火をするとき、いきなり大きい木に火をつけようと思ってもなかなかうまくいきません。小さい枝を集めて燃やしてから、大きな木に火を移さないといけないんですよね。ものづくりも似たところがあって、いきなり無茶して大それたことをしても、うまくいかない。まずは基礎をコツコツやらなければ、いけないんです。
我々は最先端の技術を扱うこともありますが、それが重要だとは考えていません。何かをつくるときには、『どんな最新技術を扱っているのか』が気にならないくらいの、基礎的かつ普遍的な表現を追求しなくてはいけないのだと思います。技術ももちろん大事ですが、表現の本質はそこにはない。何をやるにも、クライアントとデザイナーとが、「本質はなにか」を把握していれば、双方がハッピーになると思っています」
【クリエイティブディレクションのルール#6】
「本質」を捉えて、普遍的な表現を追求する
講義が終わり、来場者からの質疑応答の時間が設けられました。「クライアントとデザイナーをつなぐうえで、有効だった方法はなんですか」と質問された於保さんは、究極のコミュニケーション術を明かしてくれました。
「一番有効なのは、仲良くなることですね(笑)。と言っても、飲みに行って接待をしろというわけではありません。先ほどお話したキャンプ場の話にも通じるのですが、相手と仲良くなれば本音を言いやすくなるじゃないですか。仕事上での関係で終わらずに、個人的なつながりを持って相手のことを知れば、相手が本当にやりたいことや考えていることがわかるようになる。もちろん馴れ合いは良くないですが、相手の人となりを理解したうえで仕事をすると、スムーズに事が運ぶと思っています」
【クリエイティブディレクションのルール#7】
仕事上の関係を超えて、仲良くなる
クライアントも、デザイナーも、そしてクリエイティブディレクターもハッピーになれる方法は、一朝一夕にならず。普段のコミュニケーションの切り口はどうだったか、これを機に見直してみるのもいいのかもしれません。