椿昇さんと長嶋りかこさんのクリエイターインタビューから生まれたアイデア実現プロジェクト「森の学校」。自然とのフィジカルな触れ合いを通して感受性を育む場として、これまで多くの人に気づきとアートやデザインの面白さを伝えてきました。2年ぶりに復活となった今回は、「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2019」の一環として、木工芸職人・中川周士さんが先生となり森の学校で青空教室を行いました。今回は、丸太をまるごと解体して、そこからまな板をつくっていきます。そんな原始的な方法でつくる体験から見えてきたのは、木そのものの面白さや工芸に宿る精神でした。2019年10月20日(日)に行われた教室の模様をお伝えします。
ここからは、板の表面をカンナで削り、自分らしいまな板をつくり上げていく作業が始まります。初めてカンナを手にする人も少なくないようで、試行錯誤する姿があちこちに。
「カンナはなるべく平行に動かすほうが、繊維がダメージを受けにくいんです。最初は高い部分にしか刃があたりませんが、だんだん削れてくると全体を削ることができます。好みでデコボコっぽさを残したり、エッジを丸くしたりするのもいいですね」
中川さんから聞いたコツをもとに、生徒の皆さんは夢中で木に向き合います。それぞれが自分の理想のまな板を思い描きながら、ひたすら手を動かす中、中川さんがひとつずつテーブルを回ってアドバイスをしていきます。
誇らしげに自分の削ったまな板を見せる小さな子に、「すごい! カッコイイ!」と優しい笑顔を向けたり、軽快に木を削る女性に「いいカンナくずが出ていますね」と声をかけたりするなど、ひとりひとりとコミュニケーションを取っていく中川さん。
また、苦戦している生徒を見つけると、「高いところを先に削っていくと、だんだんと平らになって全体がきれいに削れていきますよ」と丁寧に説明をしながら、目の前で削ってみせます。その華麗なプロの手さばきに、感嘆の声があがりました。
そうこうしているうちに、まな板づくりも終わりの時間が近づいてきました。急ピッチで仕上げ作業を進める生徒の皆さん。よりなめらかな表面を求めサンドペーパーで磨き上げる人、半田ごてで文字を書く人など様々です。
そして、それぞれに世界にひとつのまな板をつくり上げた授業の最後は、中川さんが今日の講義に込めた思いを話します。
「昔の人は、こういう形で板を用意していました。それを体感していただくために、あえて原始的な方法を取り入れました。きっと、その大変さを体感できたんじゃないでしょうか。今は最先端の技術が発達していますが、こういう昔からの技術と新しい技術が混ざり合うことで、よりよいものが生まれる。デザインはもちろん、そうやって自然にいいもの、人間にもいいものが増えていくといいなと思います」
今日のまな板のように、手で直接自然に触れて形作り、人間の生命活動に根差して作られる工芸。モノをつくるという行為は同じでも、工業とはある種、真逆の思想が生きていると中川さんは考えます。子どもも多く参加し、楽しく自然に触れた今回の授業では、あえて難しい話は抜きにして、体感することを大切にしましたが、その裏にはこんな中川さんの思いも隠れていたのです。
「日本人と欧米人の自然観の違いは、工芸と工業における自然観の違いが反映されているように感じます。今日の授業ではひとつひとつ形も厚みも違う、まさに"その人にとってのまな板"が出来あがりました。これが、もし工業の視点でまな板を作るとしたら、全員に同じサイズ、同じ厚みの板を配るという発想になると思います。どちらがいい悪いではなく、工業は曖昧で不完全なものを避ける世界。そうじゃないと、不良品が出てしまいますから。でも、工芸は曖昧で不完全でもいい。むしろ、そうやって人間を許容するのが工芸だと思うんです」
そういった思想の違いは、生きることに根差した建物にも表れていると、中川さんは考えます。
「建築にしても、西洋は普遍的なものを求めます。だから、石で教会をつくるという考え方になる。残るものがつくられてきたので、パルテノン神殿のように一度、海中に沈んだ石の建築物が、再び浮かびあがるということも起こりえるわけです。逆に木の文化を持つ東洋の建物は、人が住まなくなったら5年で屋根が朽ちてしまう。朝起きたら窓を開けて空気を入れ替え、雨が降ったら雨戸を閉めるという生活の中で、200年、300年もつのであって、人間が介在しないと土に還っていくという考え方なんです。人間と自然を対比的に見る西洋の考えから生まれた工業、人間も自然の一部という東洋の考えから生まれた工芸。そうやって考えると、最先端工業と伝統工芸の方向性の違いが、はっきりと見えてきますよね」
そして、中川さんは「工芸は工芸品というモノではなく、工芸という思想なんじゃないか」という考えに行きつきました。それこそが今、工芸が見直されている理由でもあると言います。
「今、科学や技術は、人の介在を避けるような進歩の仕方をしているように感じます。世の中的にも人を型にはめ、そこからズレた人を排除していくような社会になりつつある。その中で、人が介在すべきことを増やしていける場、規定から外れた人を受け入れていくことが必要とされていると思うんです。僕らがやっている工芸は、まさにそういう姿勢を持った世界。今、伝統工芸が見直されている背景には、そんな理由があるのかなと感じています」
工芸に宿る思想は、身体性の思想であると中川さんは話します。
「いわゆる哲学と呼ばれる思想は、頭と言葉で連想するという思想体系だと思うんです。一方、"工芸という思想"は手から手へ、体から体へ、と言葉を介さない形で身体的に伝えられて熟成、醸成してきたもの。だからこそ、うまく言葉にするのが難しいのですが(笑)、哲学とは一線を画す思想体系だと思うんです。今、もっとも失われつつある部分だからこそ、今回のような体感型のワークショップを通して、その必要性や大切さを感じてもらえるんじゃないかと思います」
自身にとっても初めての試みとなった授業を振り返り、生徒の顔つきが変わっていく様子を目の当たりにして、直接工芸や木の面白さを伝えていくことの大切さを実感したと言います。
「僕らのつくっているものって、どんなにいいものです、手にとってくださいと言っても、なかなか通じないところがあるんです。結局は経験、体感してもらうことが一番なんですよ。今日の授業もそうですが、実際に木を割る作業を手伝ってもらったお子さんや大人の方も、最初はどこかおっかなびっくりだったと思うんです(笑)。でも、木が割れた瞬間に顔つきが変わった。やっぱり体験する、実際に見るということは、すごく力のあることで、その前後では目が変わるんですよね。その姿を見て、僕自身もこうして直接伝えていくことの大切さを再確認できました」
古くから引き継がれてきた木工芸は、自然とともにありました。木に触れる中川さんの手さばきから感じれたのは、まさにこの人と自然とのつながりです。今回の青空教室では、ありのままの丸太からひとつずつ木片を切り出し、まな板をにしていくことで、知っているようで知らなかった自然の姿やこれまで大切に引き継がれてきた工芸の精神に触れることができたのではないでしょうか。
これまでの「森の学校」の授業の様子はこちら
開催日時:2019年10月19日(土)13:30~15:30
場所:東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン特設会場
詳細:https://6mirai.tokyo-midtown.com/event/2019_pjt04/index.html