椿昇さんと長嶋りかこさんのクリエイターインタビューから生まれたアイデア実現プロジェクト「森の学校」。自然とのフィジカルな触れ合いを通して感受性を育む場として、これまで多くの人に気づきとアートやデザインの面白さを伝えてきました。2年ぶりに復活となった今回は、「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2019」の一環として、木工芸職人・中川周士さんが先生となり森の学校で青空教室を行いました。今回は、丸太をまるごと解体して、そこからまな板をつくっていきます。そんな原始的な方法でつくる体験から見えてきたのは、木そのものの面白さや工芸に宿る精神でした。2019年10月20日(日)に行われた教室の模様をお伝えします。
教室でひときわ大きな存在感を放っていたのは、なかなか見ることのできない大きな丸太。これは授業の2日前に中川さんが長野県木曽まで足を運び、この日のために準備した樹齢180年ほどのサワラの木。今回の授業は、この丸太を解体して、自分だけのまな板をつくるというもの。
700年もの歴史を持つ木桶の伝統的な技術を受け継ぎながら、同時に新たなデザインの木桶を生み出してきた中川さん。たとえば、これまでになかった楕円形の木桶は、2010年にドン・ペリニョン公式シャンパンクーラーとして認定され、世界的に注目を集めるきっかけとなりました。伝統技術とデザインの掛け合わせで芸術品とも言えるほど美しい造形の木桶をつくりあげる中川さんが、授業のはじめにその基本的な造りをわかりやすく説明していきます。
「木桶は、丸太のような木の塊から削り出すのではなく、12、13枚の木片を組み合わせて、タガで絞めて作っています。こうやってタガをはずすと(と実演して)、バラバラになるんです。"タガがはずれた"という言葉は、ここからきているんですね。こうやってバラバラのものを結っていくことから、桶は"結物"という呼び方もされます。多様性が重要と言われる時代に、いろんなものを結っていく仕事は、今後何かしら役に立つことがあるかもしれないと思っています」
さらに木桶に宿るものづくりの精神のお話も飛び出します。
「タガで締めた木片は、すべて同じ幅ではないんです。工業製品であれば、十角形を完成形と考えて、同じ幅・角度の板を10枚合わせれば丸くなる、というつくり方をすればいいのですが、自然の木はどうしても割れや節があるため、同じ幅のものをつくるのが難しい。それでも幅を揃えるとなると、その幅に満たない部分を捨てることになるんですね。でも、細いものも太いものもうまく使っていくのが工芸。円周が10あるとしたら、2の幅の木を5枚合わせて10にしても、1、2、3、4と違う幅の木を組み合わせて10にしてもいいんですよね。結果として、円周が10になればいいというのが木桶の造り方。そこには、材料を無駄なく使うという精神が込められています」
「森の学校」の授業の内容は、他では聞くことのできない完全オリジナル。今回、中川さんは授業を計画するにあたって「表面からは見えない"木の中"は、本来、僕らのような仕事をしている人しか知らないこと。丸太を解体して内側の状態を知ってもらい、丸太の状態からまな板になるまでの変化を目にすることで、自然を感じつつ、木の面白さを実感してもらえるのでは」と考えたそう。そんな思いもあり、木についても丁寧に解説していきます。
「木には、一番外にある樹皮、その内側にある白太と呼ばれる部分、さらに内側の赤身という部分があり、僕らが使うのは赤身になります。白太は木が生えているときに生命活動をしている部分で、栄養分を蓄えているため、切った後に腐るんですね。でも、赤身はすでに生命活動を停止しているため、繁殖する栄養分をほとんど持たないので、腐らない。製品として使うのには、当然腐らない部分が適しているんです」
また、意外な木の成長過程についてもレクチャーします。
「僕らが材料として使うのは、最も低い位置にある枝から下の部分。ただ、この一番低い枝は、若木の頃の枝が成長とともに伸びて、上に上がったわけではなく、若木の枝はすでに木の中に埋め込まれているんです。仕組みとしては、新しい枝ができると太陽の光を吸い取るため、下にある古い枝は光を得られずに枯れ、木の中に埋まっていく。丸太を割ったときに、枝であった部分が節として残っているのですが、その節が木の内側に美しい曲線を作り出しているんです。ただ、節の上を切ろうとすると、上手く木が割れないことも多い。だから、職人は表面から内側の節の位置を読んで、避けるように丸太を割っていくんです」
他にも年輪ができる過程や、切り株にひび割れがある理由など、普段はなかなか聞くことができない木の話をたっぷり聞かせてくれました。
そして、レクチャーが終わると、いよいよ丸太の解体がスタート。丸太を横に寝かせて、木の中心を通るように、まっすぐに長い大割包丁を2本並べ、ハンマーで打ち込むと教室全体に木の音が響き渡ります。
次に丸太にできた割れ目にくさびをはめ込み、さらにハンマーで力強く叩いていくとパカッと真っ二つに。教室からは、「おー!」という歓声が上がりました。
木桶職人の家系に生まれ、幼少期から木に触れてきた中川さんですが、木を切る作業には、いまだに毎回のように発見があると話します。割れた部分が同じという木はふたつとなく、割る度に内側の表情が木によって違う。"自然に触れている"とあらためて感じる瞬間であり、作品づくりのインスピレーションにもなると言います。
「僕がインスピレーションを受けるのは、自然ということに間違いないのですが、それは景色として見えるものというより、木に内包されている自然なんです。木を割って、すごく美しい曲線が目に入ってきた瞬間、"なんてキレイなんやろ"と心を揺るがされる。しかも、その造形を木自らつくり出すのに、何十年、何百年という時間がかかっているんです。人間の手ではなかなかつくれない、美しさがそこにはあるんですよ」
そんな美しい自然を内包した丸太を、さらに2つに割っていくのが次の工程。ここで中川さんが「やりたい人はいますか?」と生徒の皆さんに声をかけます。元気に手を挙げた小さな女の子や男の子、さらに大人も加わり、力強くハンマーを叩いていきます。見事に丸太が割れると、またしても歓声が上がりました。
「電気や工具がなかったころの職人は、こうやって木を切っていました。いまはチェーンソーを使えば、一瞬で終わらせられますが、昔はこの作業に30分ほど使っていたんです」
まな板の原型となる木板は、生徒の皆さんが自分の手でカットしていきます。1/4の丸太に包丁を打ち込み、ハンマーで叩いて1.5~2㎝程度の厚みの板にカット。さまざまなワークショップを行ってきた中川さんですが、目の前で切った木を渡すのは初めての試みだと言います。
「もちろん授業だけでもいいのですが、他人ごとであった丸太の木を自らカットし、自分の手元に残せる何かにすることでより身近なものになる。体験するだけではなく、持って帰ることができる、その環境も面白いと思い、今回の授業の形式にしました」
開催日時:2019年10月19日(土)13:30~15:30
場所:東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン特設会場
詳細:https://6mirai.tokyo-midtown.com/event/2019_pjt04/index.html