芝生の上に敷いたレジャーシートの上で、クリエイターがセレクトした本を読んだり、作家や詩人の朗読に耳を傾けたり......。2015年9月19日(土)から23日(水・祝)、シルバーウィークに開催された、読書の祭典「六本木ブックフェス」。本にまつわる多彩なプログラムが行われ、延べ2,000人以上が参加したイベントの様子をレポートします。
芝生広場の一角には、六本木未来会議に登場したクリエイターがおすすめする一冊が並んだ「デザイン&アートの本棚」が。本のしおりには、クリエイターからのコメントが添えられています。たとえば、幅さんがおすすめする『習得への情熱 ―チェスから武術へ―』(ジョッシュ・ウェイツキン著 吉田俊太郎訳/みすず書房)に付けられたのは、こんな言葉。
「著者は、映画『ボビー・フィッシャーを探して』のモデルにもなったチェスの天才児。そんな彼が、あるとき出会った太極拳を学ぶうち、チェスと太極拳が深い部分でつながっていることに気づきます。そして武道を極め、太極拳でも世界チャンピオンに。スポーツ選手がよく言う『ゾーンに入る』という状態とはどういうことなのか? そんなことを研究して、『ゼロから何かを習得する技術』をメソッド化した一冊です」
その隣には、不思議な形に積み上げられた本棚も。並んでいるのは、「北海道の本」「大阪の本」などと書かれたカバーがかけられた本。そう、これは47都道府県をテーマにセレクトされた「日本の本棚」。カバーの色は各地方を表していて、本棚の形は日本列島を模しています。
『佐賀のがばいばあちゃん』(島田洋七/徳間書店)、『木村伊兵衛の秋田』(木村伊兵衛/朝日新聞出版)など地名がタイトルに入っているものから、『夜は短し歩けよ乙女』(森見登美彦/角川グループパブリッシング)、『かくかくしかじか』(東村アキコ/集英社)といった、その土地が物語の舞台になっているものまで。マンガや小説、オールジャンルから幅さんが選んだ本がたくさん。
「お弁当の秋」「科学の秋」「カレーといえば秋?」などなど、レジャーシートが入ったバスケットの中には、一つひとつに「○○の秋」というテーマに合わせた本が3冊。幅さんいわく、その内訳は「誰でも気軽に読めるよう、わかりやすい本と、読みごたえのある本と、ものすごくわかりやすい本」。テーマは同じながら、子どもから大人まで楽しめるようにセレクトされています。
おすすめ本を持ち寄って、誰かのお気に入りの1冊と交換する「ブック・ジャーニー」というプログラムも行われました。持ってきた本は、表紙が見えないようにラッピング、おすすめコメントを添えて"旅立たせ"ます。
「恋をして、失恋して。泣いて泣いて。そんな時に読む本だと思います」「立ち食いそばの名店100 見てるとお腹すきます」「高校生の時に読書感想文を書くために読んだ本です! 読書が苦手な私にも読めました♪」。
添えられた言葉は、本の内容がダイレクトにわかるものもあれば、想像をかき立てるものも。ここから、1,000冊以上もの本が、新たな読み手のもとに旅立っていきました。
20日(日)・21日(月)には、三田修平さんによる移動式本屋さん「BOOK TRUCK」が登場し、本のマーケットを開催しました。ちなみに三田さんは「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」で幅さんとともに働いていたこともある、六本木に縁のある方。
22日(火)・23日(水)には、製本を手がける会社、栄久堂や凸版印刷によるワークショップも開催。「中綴じ」と「和綴じ」という造本の技術を使って、オリジナルノートをつくるこちらのプログラムには、子どもから大人まで70名以上が参加してにぎわいました。
ここからは、イベント初日に行われたプログラム「読書のフェス in Roppongi」の様子をご紹介。6名の作家や詩人、さらには来場者の方も飛び入りで、さまざまな本の一節を朗読しました。
「小鳥が森を飛び出した......私は家を飛び出した......太陽は宇宙を飛び出した......」
最初に登場したのは、ロックバンド「チャットモンチー」の元ドラマーでもある、作家・作詞家の高橋久美子さん。グロッケンという鉄琴を奏でながら、自身の詩「太陽は宇宙を飛び出した」をゆったりとしたペースで読みはじめます。
しばらくすると、高橋さんから「一緒に詠んでくれる『朗読隊』を募集します!」という呼びかけが。立候補した4人が並び、それぞれが一節ずつ、そして声を合わせて「夜空はまるで海」という詩を詠んでいきます。
「墨絵みたい」「夜空はまるで海」「三角の山」「泣き虫の蝉」「月は笑うし」。
続けてみんなで「はらはらひりひり」「ぎりぎりぐらぐら」......。
ラトビアを旅してつくったという絵本『明日のうさぎ』の朗読を経て、最後は「太郎山やーい!」という詩の朗読で締めくくり。「山と太陽が呼び合うところがあるんです。私が『太郎山やーい』って言ったら、続けてみんなも言ってな?」。
「まんまる太陽、ポーンと跳ねた。太郎山やーい」(高橋さん)
「太郎山やーい」(会場)
「太陽やい!」(高橋さん)
「太陽やい!」(会場)
「じーっといるから偉いんだ。動いてくれるから偉いんだ。それそれ、力が湧いてきた。めきめき。働け、働けよ......ありがとう、ナイスこだまでした!」
「『太郎山やーい!』をやるかどうか迷っていたんですが、会場が自由な雰囲気だったので、これはいけるなと。いきなり楽器を弾くのは難しいけれど、朗読は誰にでもできます。実際に声に出して読むと、すごく気持ちいいっていうことを体験してほしくて」
高橋さんの言葉どおり、芝生の上にはうたた寝している人もいれば読書に没頭している人も。続いて、『九年前の祈り』(講談社)で2014年度下半期の芥川賞を受賞した小野正嗣さん、エッセイ集『女子をこじらせて』(ポット出版)で注目を浴びた雨宮まみさん、この日の司会進行も務めた詩人の菅原敏さんが次々に登壇しました。
「僕の作品は、ほとんどが九州の田舎の集落の話。六本木で読むには場違いかもしれません。先週、ベルリン国際文学祭でも『九年前の祈り』を朗読したんです。僕に続いて、現地の俳優さんがドイツ語で読んでくれたのですが、やはりプロの朗読はすばらしかった。それに引き換え、僕はこんなんですみません(笑)」
続く雨宮さんは、自著『自信のない部屋へようこそ』(ワニブックス)のほか、フランソワーズ・サガンのインタビュー集『愛と同じくらい孤独』(新潮文庫)などの一節を朗読。
「実は『女の一人暮らしは、辛い』と思い込んでいることの半分ぐらいは、『女の一人暮らし』じゃなくても起こることなんじゃないか、と私はにらんでいる。それでも、孤独に襲われることがないとは言えない。私はそういう時間のことを『魔の時間』と呼んでいる......」(『自信のない部屋へようこそ』より)
菅原さんは、自身の詩の数々を披露してくれました。たとえば次の詩は、ツイッターで発表したもの。
「詩でも書こうかと、万年筆をインク壺に差し込んで、新しいページを開いたけれど、書いているのは昔の彼女の名前たちとか、金の計算とか。青いインクも白い紙も、なんだか残念そうにしている日曜日の夕方」
合間には「オープンマイク」と題して、自由参加で朗読できる時間帯も設けられていました。8名が次々と参加し、ある人は谷川俊太郎さんの詩を朗読、ある人は自作の詩や小説を披露。さらには「私、無職で就職活動中なんですが、度胸試しに」と、自分の職務経歴書を読み上げた人も。参加した人には「読書のフェス」オリジナルTシャツが贈られました。
時間は午後3時。夏のような太陽が照りつける中、いつの間にか芝生広場は本を楽しむ人でいっぱいに。読書に没頭する人、陽射しの中でまどろむ人、それぞれが会場に響く朗読に耳を傾けていました。
会場をおおいに盛り上げたのは、作家の柚木麻子さん。読んだのは、今年、山本周五郎賞を受賞した『ナイルパーチの女子会』(文藝春秋)。直木賞の候補にもなった、女性同士の友情を描いた作品です。
「私としてはすごく頑張ったんですが、落選しちゃいました。選考では『リアリティがない』なんて言われて(笑)。これから読むのは、問題となったその箇所です!」
「アルコールウェットティッシュを取り出した。冷んやりと濡れた質感が指紋の溝を押し広げ、肉の内側まで容赦なく染みていくようだ......」。こんな入りで一気に数ページを読み上げると、「ここから、急激にリアリティがなくなっていきます!」と柚木さん。会場からは笑いが。
「『何、女の友情に過大な期待しちゃってんの? お前、女嫌いじゃん。女を見下さないでは一瞬だって生きていけないくせにさ? そのくせ、なに、本とか映画とかに出てくるみたいな、切れない絆とか期待しちゃってんの。お花畑みたいな麗しい女の園を勝手に思い描いてんだろ、おおかた。そこに苦い感情が少しでも混じっていると、指差して喜ぶんだよな。やっぱ女の敵は女、ほら見ろ男の方が偉い、って手ぇ叩いて、囃し立てて大騒ぎしやがって。ガキか、このボケが』真織が杉下の髪をぞんざいに後ろに引っ張ると、彼は激しく咳き込んだ。......これ、山本周五郎賞を受賞しています」
トリを飾ったのは、『スクラップ・アンド・ビルド』(文藝春秋)で2015年上半期の芥川賞を受賞した羽田圭介さん。壮大な音楽とともに登場するやいなや、「期間限定、読書のフェス......スクラップ・アンド・ビルド!」と叫んで朗読をスタート。
ひとしきり読み終えると、立ち上がって自己紹介。ジャケットを脱いで自著の表紙をプリントしたTシャツを披露しつつ、「みなさん、本は買ってくれましたか? まだの方はこのあとの物販で買ってください(笑)」。このあと朗読のほか、なんとオペラも披露してくれました。
「実は先週、同じ作品を30分間朗読したんですが、それだけだと聞いてるほうはつらいんじゃないかって思って、歌ってみました。今回はパブリックな場所なので、僕のことを知らない人もいるはず。でも、突然歌うやつがいたら面白いじゃないですか。六本木には、めちゃくちゃなことをやっていても許してくれる、おおらかさがありますね(笑)」
5日間にわたって行われた「六本木ブックフェス」、レポートの最後は、このイベントの企画者でもある幅さんの、こんな言葉で締めくくりたいと思います。
「インタビューで『六本木は容赦のない場所』と言いましたが、参加してくれた人たちは存外にやさしかったですね(笑)。参加して本が読みたくなったという人もいるでしょうし、作家の方たちも読者との結び目を少し知ることができたのではないでしょうか。昔は読書や朗読というと、堅苦しくて難しい印象がありました。でも、読書のフェスの自由に朗読できるオープンマイクが盛況だったように、本と人の生活との親和性はだんだん高まってきている、そんなことも実感できました。こうしたイベントをきっかけに、本を巡る状況が少しでも愉快なものになっていったらうれしいですね」