「『読フェス(読書のフェス)』を六本木でやりたい」。2013年、六本木未来会議のクリエイターインタビューで、こう語ったブックディレクターの幅允孝さん。その言葉が、アイデア実現プロジェクトの第8弾「六本木ブックフェス」として実現します。その具体的な内容や意気込み、そして読書の楽しみ方を、幅さんに語っていただきました。
「今は"検索型"の世の中だから、知らない本を手に取る機会がすごく少なくなっている。体が本を読むことを忘れてしまっているような人たちにも、本の側から出ていくことで、物語や文章に触れる喜びを感じてもらいたい。僕が一番やりたいのは、そういう機会をたくさん点在させていくことなんです」
これまでも、毎年5月に東京ミッドタウンで開催している「ミッドパークライブラリー」(一番上の写真)や、2012年に上野恩賜公園で開催され、アイデアの元となった「読書のフェス」など、本の領域を拡大していく活動を続けている幅さん。今回のイベントの舞台となる六本木は、本にとって"容赦のない場所"。だからこそ、やる意味があるといいます。
「六本木は、老若男女、国内外のさまざまな人が入り乱れる、一番フェアな場所。もちろん本が好きな人もいるし、本から遠い人も多いはず。そういう"容赦のない場所"で、本を伝えるようなことができたらすばらしい。たとえば、ふだん本にまったく興味のない呼び込みのお兄ちゃんが谷川俊太郎さんの詩を読むようになったら、それは本の勝利でしょう? 本に込められた感情が心に根付くという独特な感覚は、ネット上で情報を読み流すのとはまったく違う。だからこそ、いろんな人に響く可能性があると思っています」
「六本木ブックフェス」が開催されるのは、2015年9月19日(土)から23日(水・祝)、シルバーウィークの5日間。「今回はイベントまるごとが、本にまつわるコンテンツ。それだけに試されるというか、ヒリヒリしますね(笑)」と幅さん。六本木未来会議に登場したクリエイター推薦本が並ぶ「デザイン&アートの本棚」のほか、さまざまなキーワードで選書した3冊入りのバスケットが並ぶ「秋の本棚」、47都道府県それぞれをテーマにした本が揃う「日本の本棚」など、幅さんおすすめ本もたくさん。現在は、その選定の真っ最中。
「都道府県で選ぶのが、意外と面白くて。たとえば北海道なら、渡辺淳一さんの『阿寒に果つ』。初期に書かれたものすごくピュアな恋愛小説で、事実を元にした唯一の作品といわれている一冊。青森県は太宰治の出身地、ファンを公言している又吉直樹さんのおかげでプチブームになっていますよね。宮城県なら仙台市が舞台の『ゴールデンスランバー』(伊坂幸太郎)。もちろん僕の視点で選ぶから偏りはあるけれど、そこを含めて楽しんでもらいたい。『おいおい、ウチの郷土の本はこれだぜ』なんて考えるのも、ひとつのきっかけになるはず」
おすすめ本を持ち寄って、誰かのお気に入りの1冊と交換する「ブック・ジャーニー」というプログラムも。持ってきた本は表紙が見えないように包まれて、誰が別の人のもとへ。添えられたおすすめコメントだけが選ぶ手がかりになります。
「僕も東日本大震災のときに、本を集めて避難所に持っていったことがありますが、『自分の本が誰かに届く』という面白さはたしかにあります。誰かにとっては不要な本が、ある人にとってはありがたい本になるかもしれない。今回はさらに、中が見えない状態で1冊を選ぶゲームとしての楽しさも味わえる。読書という体験は、本を開いた人の数だけ存在するのが面白いところ」
photo_KATSUMI OMORI「本の読み方って、もっと自由でいいと思うんです。『読書のフェス』は、もともと『外で、みんなで、声に出して読む読書があってもいい』と、僕とユトレヒトの江口宏志さん、神谷達生さんなどで企画した朗読会(写真は2012年、上野恩賜公園で開催された第1回の様子)。耳で聞くのって、より原初的な読書体験なんですよ。聞こえてくる声を素直に受け止めると、ほわんと映像が浮かんでくる。これが、映画以上にビジブル(視覚的)で。基本は自分の作品をメインに読んでもらうので、読むテンポや間の置き方に注目すると、書いた人自身の読み方がわかって面白いですよ」
今回の「読書のフェス in Roppongi」では『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞を受賞した羽田圭介さん、元チャットモンチーの高橋久美子さん、『女子をこじらせて』で知られる雨宮まみさんなどが登場。9月19日(土)に開催されます(雨天中止)。
9月20日(日)・21日(月・祝)には、移動式本屋さん「BOOK TRUCK」が登場。こちらは、幅さんもその選書力に一目置く「僕にとってはすばらしい本の目利き」三田修平さんが担当。絵本から自然科学の本まで、幅広いジャンルの本を販売します。さらに、9月22日(火・祝)・23日(水・祝)には参加費無料のワークショップも。
「本づくりを体験できるワークショップを企画したのは、本がどう成り立っているのかを感じてもらうことが重要だと思ったから。電子書籍も広がっていますが、僕らの体が物理的なものである以上、体との親和性が高い紙の本はまだまだ消えていかない。お土産ももらえるし、ぜひ参加してもらいたいですね」
「なるべく丸腰で、ピクニックするような気持ちで来てもらいたいですね。お酒が入っているくらいがちょうどいいかもしれない」。六本木ブックフェスの楽しみ方を聞くと、幅さんからこんな答えが。
「本って、最初から最後まで読み切らないと負け、みたいに思ったりするでしょう? もちろん読み通すことで得られる面白さや、口の中であめ玉を転がすように文体を味わう楽しさもあります。でも、読んだ内容を全部覚えてられる人なんていません。だから、本の中にある言葉が心に刺さって、たとえば夕飯のレシピが思いついたり、会社帰りに一駅分歩こうと思ったり、読んだ人の日々の生活に何かしら作用すればいいなと思います。そういう言葉に出会って、帰り道、じんわりとやる気になったり。ただ酔っぱらっただけなのかもしれないですけど(笑)。とにかく、呼吸するように本を楽しんでもらえたらうれしいです」