UI・UXのデザイン設計、プロダクトデザイン、インタラクティブアート、ブランディングなど、自らもデザインエンジニアとして幅広い分野で活躍しながら、「Takram」代表としてクリエイティブ組織を創造してきた田川欣哉さん。今回は、「はじめて社外の人に話す内容が大半」という"Takramのつくり方"や具体事例とともに、組織づくりの考え方、経営論、人材育成法などを明かしてくれました。2017年6月2日(金)に行われた、その講義の模様をお届けします。
ピープルマネジメントで大切なのは、"正しい船に、正しい人を乗せる"ことだと田川さんは考えます。人材のパフォーマンスを正しく見分けるために、まずは4つにタイプを分けます。
「通常、企業でありがたがられるのは、コンスタントにきっちり結果を出すハイパフォーマーとアベレージパフォーマーの2つ。もちろんローパフォーマーは問題児扱いされますが、実は群を抜いて高い結果を出すトップパフォーマーも、やっかい者扱いされがちです。彼らは才能がありすぎるために、会社のルールそっちのけで、自分独自の手法で仕事をしてしまう場合もあります。それでも圧倒的に仕事ができてしまうことで、逆に組織の中で孤立していくことも少なくありません」
クリエイティブ系の会社の経営者と、話す機会が多い田川さん。よく感じるのは、時間をかけて育てた人材がトップパフォーマーとしてボスに近い力をつけてくると、ボスと弟子の間に複雑な感情が生まれるということです。それが積算して"微妙な空気"になるため、弟子が会社に居づらくなるという話。では、トップパフォーマーにはどんな指導をするのが、効果的なのでしょうか。
「1つは、自分の名前で仕事をしてもらうこと。自らの名前で世間の評価を浴びると、本人の目線がすごく上がります。厳しい批判を受けて大変さを実感することもあれば、称賛を受けて充実感を得ることもできる。自分のファンが増えることも、大きな励みになります。2つ目は、社外に3人のメンターを持つこと。彼らは自分が停滞しているときにこそ、"この会社にいても成長できない"と不満を感じるものです。社内に学びがないのなら、自らのコア性とリーダーシップ性に刺激をくれる存在を社外に持てばいい。Takramでもこの考え方で、トップパフォーマーの成長が鈍化しないようにサポートしています」
そして、「自分の仕事の本質をわかってくれる人がいない」「自分は孤独だ」と感じやすいのが、トップパフォーマーだと言います。そうならないために、社内に自分の理解者であり、仕事の仲間である後輩を育てさせることが3つ目のポイント。
「社外のメンター3人のほかに、社内にも3人、よき理解者を持つことで孤独を感じずにいられる。彼らは"ほかに行くより、ここにいるほうが成長し続けられる"と感じられるかが大事だと思うんです。トップパフォーマーには会社のリーダーに留まることなく、業界全体のリーダーに育ってもらうことを意識しています」
【クリエイティブディレクションのルール#5】
トップパフォーマーがさらに成長できる環境をつくる
会社を成長させるのは人材。そして、いい人材に育てるためには、どんな人物を採用するかも重要です。ただ、書類や面接だけではキャラクターがつかみきれず、周りやプロジェクトとのフィットも判断できないため、Takramでは正社員になるまでに、1年以上の時間をかけているそう。
「Takramでは両者合意の上、1年ごとに更新する契約社員期間を設けています。1年間、一緒に仕事をしてみて、個人のやりたいことと組織がやりたいことがミスマッチしている場合には、船に乗り続けてもらうのか、降りてもらうのかを話し合い、判断するようにしています。そのように時間をかけて理解し合うことが、お互いにとって、とても大事だと思います」
採用だけでなく、Takramではキャリアパスにおいても、しっかりとしたモデルがつくられています。通常はインターンののち、メンバーとして経験を積み、エキスパートに昇格。エキスパートの先には、リードとコアデザイナーという2つの道が用意されています。
「組織のなかでデザイナーが階段を上がって行くときに悩むのが、専門家として極めていく道がなく、マネージャーにならざるを得ないということ。Takramでは道が閉ざされないように、デザインやクリエイティブの世界でリーダーシップをとっていくリード、そしてコアな世界を深く掘っていくコアデザイナーという2つの方向性に整理しています。牽引力と開拓力、越境力を持ったリードと、深さと速さ、正確さを持つコアデザイナーが協力して仕事をするのがキャリアパスのモデル。ただし、その2つを兼ねてもいいというシステムにしています」
【クリエイティブディレクションのルール#6】
自分の特性に合わせ、選択できるキャリアパスを構築
いよいよ終盤に差し掛かったところで、Takramの組織作りに欠かせない、デジタルツールの活用方法のお話へ。田川さんが実践する、テクノロジーを使ったクリエイティブ組織作り。明日からでもすぐに取り入れたい、その方法とは?
講義も終盤に入り、ぜひ伝えたかったというワークテックの話へ。「手を挙げてくれた人は少なかったのですが、押しつけがましく話します」と笑わせる田川さん。たしかに、マネジメントやプロジェクト運用に、どうテクノロジーを取り入れているかは"Takramのつくり方"を知る上で外せないポイントです。
「ここから10年くらいの間に、デジタルツールを使いこなせるかどうかで、鼻をほじって寝ていても儲かる人と、徹夜でがんばっても苦しい人との差がはっきり表れると思っていて。僕らも使えるものは使ってやろうと、世界中の最新テクノロジーを貪欲に取り入れ、圧倒的な効率化を実現しています。実は、Takramには『タスクフォースモジュール』が存在しています。システムアドミン(SA)と呼ばれる、社内で選抜されたS級のエンジニアたちが、かなりマニアックにデジタルツールを研究しているんです」
日常の業務のなかで『G Suite』をはじめ、さまざまなデジタルツールを駆使。会社にローカルサーバーはなく、クラウドサーバーにデータを保存していると言います。また、紙のノートを使うのは禁止だとか。ミーティングのメモもクラウド上のドキュメントに書きこみます。
「情報漏えい防止の目的もありますが、そもそも何人もが同じメモをとることに意味が見出せなくて。プロジェクト1つにつき、オンラインドキュメントを1つつくり、チーム全員で共有しています。例えば、1人が話しているときは他のチームメイトが入力し、次に入力している人が話し始めたら、また別の人が入力するというように3人で1つのメモをとる。基本的にメモをしていない2人は考えたり、話したりできるので、ミーティングの効率も上がります。ほかにもTo Do管理は『asana』、名刺管理は『Eight』、社内のやりとりは『slack』など、目的ごとにすみわけをしていますね」
また、ピープルマネジメントでは、上記の「10K' plans」を使用。全スタッフのスケジュールと稼働率を可視化することで、ナレッジチェーンの推進、採用の指標にもつながります。
「僕らが『10K' plans』で見るのは、スタッフがどのプロジェクトに、どんなふうにアサインされているか。上記グラフは30日間の稼働率なのですが、黒の棒線が平均値で青2色が実際の稼働。忙しい人がわかるだけでなく、どういうスキルを持った人が不足しているのかが見えるので、採用の失敗もありません。逆に時間が余っている人を忙しい人につけて、『ナレッジチェーン』でノウハウを移せば、足りていない職種の穴を埋めることもできます」
【クリエイティブディレクションのルール#7】
デジタルツールを徹底的に使いこなして働き方を効率化する
講義の最後は、田川さんが考えているTakramの未来を語ってくれました。指標としているのが、従来の企業の能力と新しい企業の能力、そして従来の拠点と新しい拠点を掛け合わせた、ツー・バイ・ツ―の戦略マップ。
「戦略マップは、縦軸の下が企業の持つ従来の能力、上が新しく持とうとしている企業の能力、そして横軸は右が従来の拠点、左が新しい拠点として考えます。まず、僕らが屋台骨として強化していくのが、"従来の能力"を生かして、"従来の拠点"でする仕事。そして、第2段階が"従来の拠点"である東京というロケーションを生かしながら、"新しい能力"を伸ばし、違う分野に進出していくこと。いまでいうと、ブランディングやビジネスデザインがそれに当たります。そして、第3段階としているのが、僕らが立ち上げたロンドンという"新しい拠点"で、東京で培ってきた"従来の能力"を使って仕事をすること。ロンドンがしっかり立ち上がったら、次の目標はもう決めているんですよ。東京のスタジオが得意なこと、ロンドンのスタジオが得意なことを合算して、ニューヨークへ。さらに、シンガポールに展開していこうというのが僕らの近未来です」
なぜ、Takramは拠点を増やすのか。それは、とてもシンプルな思いからだと田川さんは話します。
「当たり前ですが、世界には日本の10倍くらいおもしろい仕事、おもしろい人が存在しています。そのアクセスポイントとしての拠点として考えています。また、Takramのメンバーたちが、拠点間を転々としながら経験を積めるような環境を作ること。そうすれば、学びのサチュレーションは永遠に来ないと思います。僕らの好奇心や学びへのモチベーションをどんどん高めていくこと、そのための組織や環境を作っていくこと。それが、いまTakramが目指しているところです」
【クリエイティブディレクションのルール#8】
将来の戦略は新旧の「組織能力」と「拠点」から導き出す
最後の締めとして田川さんがスクリーンに映し出したのは、フランスの医師であり、生理学者でもあるクロード・ベルナールの言葉。「芸術は『私』である。科学は『我々』である。」という一節でした。
「アーティスティックな作品をつくるときには個人が登場しなくちゃいけない。その"私性"というものを担保しながら、プラットフォームをいかに科学的につくっていけるか。そのバランス感覚が、次世代のクリエイティブ組織の根っこではないかなと思うんです。けれど、残念なことに、ほとんどの会社がどちらかに偏っているのが現状。大企業は私性がなく科学に行きすぎ、トップに巨大な"私"がいる古典的なデザイン会社には科学がない。"私"性がきちんとクリエイティビティとして発揮されることと、"我々"としての会社が基盤としてていねいに構築されていること。Takramは、その両方を大事につくっていきたいと思っています」