2016年4月22日(金)から5月8日(日)まで、東京ミッドタウンのガレリアに、日本の布でデザインされたこいのぼりが展示されました。これはテキスタイルデザイナーの、須藤玲子さんによる作品で、クリエイターインタビューで自身が語った「六本木でも、5月になったら街のみんなが参加して、こいのぼりをあげましょう」というアイデアが元になったもの。さらに「こどもの日」を目前にした5月3日(火)には、オリジナルこいのぼりをつくるワークショップも開催。その様子を、須藤さんのコメントとともにお届けします。
今回のインスタレーションは、なんと日本では初。異なるテキスタイルでつくられた10匹が徐々に高く昇っていくようにレイアウトされているのは、こいのぼりの由来である「鯉が滝を昇って竜になり、天に昇っていく」という故事をイメージしたものだそう。
「『JAPAN VALUE(ジャパンバリュー)』をコンセプトに掲げている東京ミッドタウンが、今まで『こいのぼり』をテーマにしていなかったのが不思議なくらい。今回は、テキスタイルの色をつなげていくことで、鯉が滝を昇るうちにだんだん白くなって、最後は光になるようなイメージでつくりました。そして、実は1匹だけ、本当に光る子がいるのです。建物が閉まって誰もいなくなった夜中にぼんやりと光るようになっていて。もちろん誰も見ることはできませんけど、その様子を想像するだけで、なんだかいいでしょう?」
2008年にはアメリカのジョン・F・ケネディ舞台芸術センターで、2014年にはパリのギメ東洋美術館で、こいのぼりのインスタレーションを行ってきた須藤さん(写真はパリでの展示の様子)。そもそも、須藤さんがこいのぼりに着目したのは、海外の人に日本人とテキスタイルの関わりを伝えようとしたことがきっかけでした。
「西洋は石でできた空間の冷たさを布で遮断するから、暮らしの中にいっぱい布があります。でも、日本の場合、家の中にはテキスタイルはあまりなくて、役割はもっと象徴的。着物で地位や役割を表したり、紅白幕や白黒2色の鯨幕で場所を区切って式典を行ったりね。こいのぼりも同じで、武士が子どもの成長を願う儀礼的なものだったでしょう? そもそも布で魚をつくること自体、ちょっと面白いじゃない。だから外国人からすると、こいのぼりって、二度びっくりなわけ(笑)」
こいのぼりが古くからの日本人とテキスタイルの関係を象徴するものだからこそ生まれたこの企画。今回の展示は東京ミッドタウンだけで行われましたが、今後は六本木の街全体に広がっていったら面白い、と須藤さん。
「かつて日本の住宅地では、この時期になるといろんなところでこいのぼりが泳いでいたけれど、今は本当に少なくなりましたよね。大きな公園やイベントなど、特別な場所に行かないと、目にすることがなくなりました。生活に時間の余裕があったからかな、朝になると上げて、夕方になると下ろして。それで、あそこの家に男の子が生まれたのだってわかったりしてね。以前は、テキスタイルと生活がもっと近かったのだと思うのです」
「家でも毎年、玄関に2メートルくらいの大きさのこいのぼりを飾っているんです。みんな、ドアを開けたらびっくりしますよ。会社で小さな卓上こいのぼりもつくっていて、これもまたかわいい(笑)。思い出の詰まった服でこいのぼりをつくってもいいし、展示もアーティストを毎年もっと増やして、はみ出すくらいたくさんになったらかっこいい。こいのぼりじゃなくても、たとえば旗やのれんを街中で一斉に掲げたりしても面白いですよね。今日みたいに風がいっぱい吹いている日は、こいのぼりが本当に泳いでいるみたい。こういうの、すごくいいよね」
展示のほか、今回はこいのぼりづくりのワークショップも開催。展示作品とはまた少し異なったこいのぼりの形は、須藤さんがかつて甥っ子にプレゼントした、手づくりのこいのぼり。
「弟に息子が生まれたときにつくったから、80年代ですね。実家が古い家だから、伝統的なこいのぼりも泳がせていたのだけれど、そこに私がつくった、へんてこりんなこいのぼりもくっつけてくれたの。背びれや胸びれだけあって、目もウロコもないアブストラクトなデザイン。それがかわいいって近所で評判になって(笑)」
以来、さらにこれを抽象化させてインスタレーションとなり、ワークショップの型紙になり......。「私は別にこいのぼりの専門家ではないからね(笑)」とは言うものの、須藤さんのこいのぼりには、長い時間の積み重ねがありました。
ここからは、5月3日(火)に行われたワークショップ「オリジナル街中こいのぼりをつくろう」の様子をレポートします。この日はゴールデンウィーク真っ只中、晴天に恵まれたのんびりとした雰囲気の中で、20人の参加者が思い思いにこいのぼりを縫い上げました。会場となったのは、芝生が広がるミッドタウン・ガーデン。講師は、もちろん須藤さんです。
ワークショップの内容は、胴体、背びれ、胸びれ、腹びれに使う布を自由に選んで縫い合わせるというもの。用意されたのは、須藤さんがデザインディレクターを務める「NUNO」のテキスタイル約20種類、型紙に合わせてカットされた、素材も柄もさまざまな布がテーブルに並びます。参加者のみなさんが集まったら、まずはテキスタイル選びからスタート。
布を選んでテーブルに着いたら、須藤さんやスタッフの方の手ほどきを受けながら、さっそく縫い合わせていきます。須藤さんいわく、パーツの組み合わせに個性が出るとのことで、みなさんの布の組み合わせ方は実にさまざま。「子どもを針に触れさせたくて」と参加した親子は、お子さんは柄の面白さ、お母さんは素材感で選んだと話してくれました。
会場にはミシンも用意。こちらはアイシン精機株式会社の「OEKAKI50」という家庭用ミシンで、その名のとおり絵を描くように刺繍できる一台。2016年のミラノサローネ期間中にもミラノ市内で出展し、全長6キロに及ぶタペストリーの展示とともに話題を呼びました。「ミシンを通して、ものづくりの楽しさに触れてほしい」と話すのは、この日のワークショップを担当していたアイシン精機の吉田憲司さん。写真のように、絵だけでなく文字の刺繍もでき、参加者のみなさんからも人気を呼んでいました。
「ミシンって、押し入れにしまいっぱなしになりがちでしょう? でも、こういうものづくりの道具がなくなっちゃいけないって思うのです。だから、テーブルに出しておけるデザインで、みんなで囲んで使って、コミュニケーションが生まれるような使い方ができるようにと思ってつくりました。最近のミシンは、ボタンひとつで刺繍ができるけれど、この機種はあえて練習して使いこなす機能としています。慣れれば自由に刺繍できるし、上達する喜びが感じられる。ものづくりを楽しむ心って、人はみんな持っていると思うんです」(アイシン精機・デザイン部長 岡雄一郎さん)
スタートしてから約1時間、最初は慎重だった参加者のみなさんも、「縫う、という行為が久しぶりだったので、すごく楽しい!」と、この頃にはすっかり夢中に。それぞれのオリジナルこいのぼりが次々に完成し、最後は全員で記念撮影。
「今日は本当に楽しい時間を過ごせました。みなさん一人ひとり、世界に一つだけのこいのぼりができたと思います。家に帰ったらこいのぼりを飾って楽しんでください。お渡しした型紙で、家でも小さくなって着られなくなった服などでもつくってみてくださいね」
終了の時間が近付くと、須藤さんからこんなあいさつが。「また来年もやりましょうか?」という問いかけに、みなさんからわっと歓声が上がっていました。
「青空の下で気持ちよく、布と糸のことだけを考える時間を過ごせたのが、すごくよかったと思います。こいのぼりって風が吹くと生き生きするでしょう。自分がつくったものが泳ぎ出すっていう感覚が面白いですよね。その点でも、屋外はぴったり。みなさんが夢中になったのはきっと、衣食住のうち『衣』も自分でできるのだって、あらためて気づいたからじゃないかな。そういう感覚って、本来人間に備わっている機能みたいなものだと思うのです」