Webやスマートフォンアプリ、映像など、オンスクリーンメディアで幅広くデザイン、ディレクションを手掛けるthaの中村勇吾さん。常に期待と驚きを与え続ける、そのクリエイティブは、どんな思考、思想から生まれているのでしょうか。画面の中の世界の捉え方、現在のオンスクリーンメディアの流れのなかで感じていることなどを通じて、中村さんの「クラフツマンシップ」が垣間見える、そんな講義になりました。2018年2月6日(火)に行われた、授業の様子をお届けします。
講義は、現在制作中のゲーム『HUMANITY』の話へと進んでいきます。2016年にリリースされたアプリ『GUNTAI』に続き、再びゲームというプロダクトに挑んでいる中村さん。その制作においても、質感の表現は大きな意味を持っているようです。
「"群れ"にまつわる、新しい質感の表現ができないか。そう思ったのが、僕らがこのゲームをつくりはじめたきっかけなんです。というのも、そもそも僕は鳥の群れとか、コミケの行列とか、魚群とか、群れ的なものがすごく好きなんですよ」
そう言って、リファレンスとして自身でまとめている、さまざまな群れを捉えた映像を流していきます。『HUMANITY』は、人の群れをベースにしたゲーム。そのおもしろさを語るなかにも、中村さんらしい視点が見えてきました。
「鳥の群れの動きは、それぞれの個体の本能的な行動パターンに根差しているので、わりと数学的に近似することができるんですけど、人の群れは動物的な本能に根差す部分と、人間だから秩序に従うっていう理性に根差す部分があるんですね。野生と理性みたいな。そのせめぎ合いがすごく美しいと感じるし、そういう人の群れならではの質感をプログラミング的に表現できたらいいな、という思いがあります。ただ......そういった質感を余すことなく表現することは、すごく熱心にやるんですけど、肝心のゲームをおもしろくするっていうところが疎かになりがちで(笑)。最近はこの制作に結構時間を割いていますが、"なかなかおもしろくならないな"と伸び悩んでいるところではあります」
また、このゲームで試みているのは、「こういう気持ちよさの表現は、まだそんなになかったよねという狭いところをゴリゴリ掘ること」。その姿勢は、まさに中村さんの「クラフツマンシップ」につながります。
「すでに掘られているところを探して何の意味があるんだ、みたいなことでもあるんですけど、まだ世の中に根をおろしていないボキャブラリーを掘っていくことのほうが価値はあるんじゃないかと思うんです。群れの話で言うと、世界中には僕みたいに群れに興味を持っている人が100万人くらいはいると思うんです。みんな同じような鳥の群れのシミュレーションとか、そういうことをやっているわけで。ただ、そこで立ち止まって、もう二堀、三堀していくと急に人が減るんです。"そこまでやっているやつはいない"というところまでいけば、ある狭いジャンルでは瞬間的に世界1位みたいなことが起こりうる。それぐらいの尖がりは、がんばればつくれるんです。要は、選択と集中っていうことですよね」
けれど、新しいボキャブラリーをいきなり探すのは、中村さんでも困難だと言います。
「あまり掘られてないところを必死こいて探しているというのが現状ですが、結局はもともと自分が好きだったものに寄っていくんですよね。僕だったら、つい鳥の群れを目で追っちゃうとか、水でバシャバシャする感じが楽しいみたいに、好きなラインが自分のなかにいくつかあって。そこをしつこく掘ることは、わりと戦略的にやっています」
一方ではデジタル業界のなかで、"煮詰まってきた感"も多少感じていると言います。
「デジタル系やインタラクティブ系のデザインって、まともに始まってから20〜30年くらいだと思うんですけど、まあそろそろ煮詰まってきたよねというのが現状認識。でも、それぞれの人なりに掘るべきところを掘れば、まだちょろちょろ出てくるよねっていうあたりの地点にいると思います。おそらくプリントメディアやグラフィックデザインで言えば、数百年も前からずっと煮詰まり続けていると思うんですよ。それでも、こういう置き方、こういうバランスってなかったよねっていうことを今もいろんな人がずっと掘りつづけていて。そういうのはいいな、と思うんです。そうやって新しいボキャブラリーを探しながら、同時に今までやってきたことを俯瞰して見る目も必要だと思います」
【クリエイティブディレクションのルール#4】
何かを生み出すときは選択と集中。さらに二堀、三堀してみる
中村さん自身が、今後クリエイションにおいて、どんなところに可能性を感じているのかも気になるところ。画面の外にはみ出していくようなものづくりの思考、「クラフツマンシップ」は、橋梁設計会社で働いた経験のある中村さんだからこそ、と言えるもしれません。
「僕は"もの回帰"みたいな気持ちが、結構あるんですよね。先ほど枠を消したい気持ちへのアプローチとしてお話した、"画面内世界を現実世界になじませる"という考えとつながるのですが、画面とモノの関係を見直すことで、もう少し意味のあることができるのではないかという気持ちはあります。僕はプロダクトをデザインする人でも、空間や建築をつくる人間でもないんですけど、そこに可能性は感じるな、と。世の中に画面や情報が増え、あふれてきていることは事実。現実に映像を重ねて非日常化してびっくりさせるという方向だけではなく、映像デザイナーやインタラクティブデザイナーの文脈でできることとして、現実のマテリアルからどう地続き化させていくかは、考えるべき課題だと思っています」
マテリアルから考えるものづくりのアイデアは、違った分野のクリエイターの活動から影響を受けることもあるようです。
「たとえば、僕も一緒に仕事をさせていただいたことがある、グラフィックデザイナーの廣村正彰さん。サインデザインで特に著名な方ですが、デジタルのサインなんかもつくっていらっしゃるんです。同じプロジェクトに関わらせていただいたとき、廣村さんが画面周辺のモノのマテリアル感をすごく繊細に捉えられていたのが印象に残っていて。たとえばシンプルなものだとLEDの面にくもりガラスやアクリルの層なんかの物理的なフィルターをかませて、見えづらさや存在感を検討する、みたいなことをされていたのがすごく新鮮でした。建築なり、空間なりのプロダクトのいち素材として、マテリアルとして画面をどう使いこなすか。そこを考えていくと、いろんな可能性があるんじゃないかなと思っています」
【クリエイティブディレクションのルール#5】
マテリアルとして画面をどう使いこなすかを考える
これからのテーマのひとつでもある、現実世界と画面内世界の地続き化という点においては、VRやARといったジャンルも避けては通れない道。中村さんのなかでは、どういった位置づけなのでしょうか。
「VRは単純にすごく好きで自分の守備範囲だとも思っていますし、いろいろなトライはしています。ただ、ミックス系、AR系になると、どうしても現実世界との兼ね合いが出てくるので、美意識を見出しづらいという気持ちがあるのもたしか。いや、ミックスド・リアリティとかのデモを見るのは、すごく好きなんですよ。でも、入り込めなさを感じてしまうことがあって。わかりやすく言うと、現実の机からちょこんと人形が出てきて、その人形はとてもよく出てきているんだけど、なんか机が汚いなっていう(笑)。たぶん、画面の中の世界を全部占めたい、完全にコントロールしたいというような思いがあるんだと思います。グラフィックデザインなら、一枚の紙面すべてを自分でコントロールしたいみたいな。そういう昔ながらのデザイナーマインドが僕のなかにはあって、それがある種の限界になっているのかもしれません」
また、ARには「枠組みや制約がないことに不安を感じる」とも言います。
「人間って制約があってこそ、考えや思いを集中させることができると思うので、ARやMR的なものって自由すぎてなかなか捉えどころがないな、みたいな気持ちもあって。世界中でいろんな人がポンポンと散発的におもしろいものをつくって、結果いろいろとおもしろかったね、で終わってしまったら、結局どうなんだろうって思う部分もあります。今までこんなに自由度があるものってなかなかなかったので、自分が取り入れることを考えにくいというのが正直なところではあります」
ここで出てきた"制約"という言葉は、中村さんがディレクションにおいて大切にしていることでもあります。
「"Art is limitation, the essence of every picture is the frame."という言葉があるのですが、絵画は額縁という制約があるから、四角のキャンバスのなかでどう表現するかと考えるわけじゃないですか。そして、遠近法が生まれ、運ぶ、買う、飾るといった文化が生まれたんだと思うんです。そうやっていい枠組み、制約をいかにつくるかが最大の創造性であり、ディレクションにおいていちばん大事なことじゃないかな、と。ここ7、8年、自分でつくるだけでなく、ディレクションをする機会も増えてきたのですが、"アートディレクションって何なの?"と結局よくわからないまま、やっていた気がするんですね。最近になって、大切なのはいかにいい制約をつくるかだということが、わかってきたところなんです」
その実体験のひとつが、多摩美術大学で担当しているゼミで行った課題。
「課題の自由度をやたらと上げると、やっぱり発散して結果ボロボロになっちゃうんです。ちょっとだけ不自由だけど、この枠のなかでいろいろ考えられるなと可能性が広がる、そういう枠組みをつくることがいちばん大事なのかな、と。僕のなかでの"デジタル時代のクラフツマンシップって何ですか?"という問いに対する答えは、"時代に合った制約をつくること"になると思います」
【クリエイティブディレクションのルール#6】
不自由だけど可能性が広がる"いい制約"をつくる