アジアには、おもしろいことができそうな予感が常にある。
ひと目見てそれとわかる独特の世界観で、写真のみならず映像やアート作品も数多く手がけている蜷川実花さん。メインプログラム・アーティストとして参加した『六本木アートナイト 2017』のキーワードのひとつが「東南アジア」でしたが、偶然にも最近はアジアでの活動が増えているといいます。2017年11月には上海で大規模な個展が控えている蜷川さんに、アジアにおける六本木の未来についてお聞きしました。
六本木には小学生のときに父が連れてきてくれて、「ここがディスコだよ」などと教えてもらいながら散策をした思い出があります。小さい頃は特に、自分には関係のない夜の街というイメージが強かったし、大人になってからもわざわざ行く理由がそれほどなかったけど、六本木ヒルズができて変わりました。
六本木がアートの街になるなんて当時は想像できなかったし、六本木ヒルズの展望台と美術館がくっついているって、天才的な発想ですよね。だって展望台に行ったら、ほぼ強制的に美術館にも行くことになるじゃないですか(笑)。
六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー
アートって自分とは関係ないと思っている方もたくさんいるだろうけど、実際に体験することによっておもしろいと思ってくださる方もきっといるはずなので、これくらい"流れで行かされる感"があったほうがいい気がする。アート界における発明だと思います。
私の場合、六本木イコール、六本木ヒルズと東京ミッドタウンになっちゃっているところがありますね。美術館ももちろんよく行くし、ごはんも食べに行くし、映画を見るのも六本木が多いかな。あとスタジオがたくさんあって撮影でよく使っているので、六本木に住んだほうがいいんじゃないかっていうくらい、しょっちゅういます。たとえば六本木スタジオで撮影して、事務所に戻って打ち合わせをして、夜は六本木ヒルズで会食があったりすると、1日2、3往復することになるから。最近は本当に、六本木と事務所とアジアの行き来ですね(笑)。
今の六本木のアートのイメージを、もっと推進していきたいですよね。だって世界中の都市で、六本木みたいなところがアートの街になっている例ってあまりないと思います。欲望の渦巻く街だった背景がありつつ、アートの街になっている混ざり具合が珍しいし、おもしろいですよね。
ギャラリーなんかもどんどん増えてきてはいるけど、今はまだアート関連の建物が点在している状態で、線にはなっていない。ニューヨークって気がついたら結構な距離を歩いていたりするんですけど、それって魅力的なギャラリーやお店が連なっているからなんですよね。六本木はヒルズとミッドタウンの間がアート好きにとってはまだつまらないから、これが点ではなく線になっていけばいいなと思います。
六本木アートナイトももっと進化して、夜店とかが出たらおもしろいんじゃない?『未来ノマツリ』が今回のテーマだったけど、お祭りの中心にアートがあったら楽しいですよね。それか、麻布十番祭りと六本木アートナイトを一緒にやっちゃうとか。六本木のイベントはきちんとしすぎているところがあるから、麻布十番祭りみたいな下町感が出るともっとおもしろいはず。距離的にも全然歩けるし、六本木アートナイトと麻布十番祭りに来る人は若干かぶっていそうだから、なかなかいいアイデアなんじゃないかな。
麻布十番納涼祭り
東京はなんだかんだいってもみんな来てくれるし、文化の中心であり、憧れの対象ではあると思うんですけど、今はその求心力が薄れてきて、急速にいろんなところに分散しつつある気がします。たとえば中国の人に、日本の芸能人で誰を知っているか聞くと、90年代の流行りで止まっちゃっているんですよね。それ以降のことはあまり知らないし、興味もない。
なかには日本の洋服だったり、アートをすごく好きな人もいたりするけれど、もう一度以前のような求心力を東京が取り戻して、文化面でアジアのリーダーになれるよう戦略的に動いていかないと。もっと危機感を抱かないと、あっという間にいろんな都市に追い抜かれてしまうし、興味がますますほかのところへ向いてしまうんじゃないかな。今が踏ん張りどころですよね。
日本の人は、国内で収まりすぎないほうがいいと思います。たしかに国内で仕事をするのは何かと楽だし、気心の知れた人と良質なものを作るっていうやり方もあるけれど、もっとアジアに目を向けて交流したほうがいい。私なんかはどんどん違うところへ行っていろんな世界を見たくなるから、どうしてみんなそうしないんだろうって不思議に思うんです。私の場合、大変なことをおもしろいと思える質だからっていうのもあるけど(笑)。
アジアに行ったら日本みたいに物事がうまく運ばないことも多いだろうけど、この先、日本がアジアと渡り合っていくためにも避けては通れないことだし、アジアのいろんな人と仕事をすると、日本のほうが変だと思うようなことにも気づいたりできるから。
たとえばアジアで仕事をしたあと、日本で広告代理店ががっちり入っているような仕事をすると、私が意見をする必要なんてないじゃんっていうくらい、企画書が完璧に作られていたり、こんなに時間をかけるほど本当に必要な資料なの? って思うことがたくさんあったりする。日本の無駄もたくさん見えてくるし、もう少しお互いの得意なところや優れているところを真似し合えたらいいのになって思います。
『さくらん』
私は東京で生まれ育って、東京にしか住んだことがないので、やっぱりこの街が一番好きだし、一番好きな場所であってほしいっていう思いがすごくあります。地方の人は地元愛が強かったりするけど、東京の人って東京についてあまり語ろうとはしないじゃないですか。その点、私は意外と地元愛が強くて、これまで作ってきた映画も『さくらん』は江戸が舞台で、『ヘルタースケルター』は渋谷近辺がメイン。次に企画している何本かも東京が舞台なので、全部作ることができたら東京の作家と名乗ってもいいかなって思っています。
東京が一番好きな場所であり続けるために、今足りないことをあげるなら、やっぱり元気かな。そういう意味で2020年の東京オリンピックはいいきっかけになるかもしれないし、そうしなきゃいけないって思うんです。海外の方もたくさん来るし、注目を浴びて、必然的にエネルギーが渦巻くわけだから。
そこに向けて私たちも盛り上がっていきたいし、オリンピックをうまく利用しなきゃもったいなさすぎません? 今はまだオリンピックがどんなものになるのか実感がわかないけど、よく考えてみようよ、すごいことが起こるんだよ、そうそうあることじゃないから楽しまなきゃ損だよ! って声を大にして言いたいです。
オリンピック組織委員会理事をやらせてもらってよかったと思うのは、普段は会わないような方たちと会うきっかけができたこと。アーティスト同士の横のつながりも生まれたし、政治家の方と会ったりするのですが、オリンピックに関わらず、何か新しいことをやろうとするときって、能動的に人と会うじゃないですか。普段自分が動いているテリトリーの外に出て、いろんな人と会うことはとても刺激的だし、そのこと自体が財産になるのだと実感しました。
面倒くさがっていると何もできないけど、おもしろいことと面倒くさいことって、結構かぶっていたりしますよね。面倒だと思わずに怖がらないで動かないと、新しいことやおもしろいことには出会えないし、自分のテリトリー内で動いているだけだと、よっぽどのことがない限り、予測範囲内のことしか起こらないでしょ。自分のテリトリーを一歩出る勇気、といっても小さな勇気だけど、重い腰を上げるきっかけとしてオリンピックとうまく付き合ったらいいんじゃないかなって思うんですよね。
取材を終えて......
終始フレンドリーだった蜷川さん。ガーリーな感性を持ち続けたまま、世の中の流れを冷静に見つめるバランス感覚が素晴らしく、若い世代を次々と取り込んでいる理由がよくわかりました。アジアが魅力的だからこそ、東京ももっと元気にならなきゃ! という、東京を愛する蜷川さんの思いが伝わってくるインタビューでした。(text_ikuko hyodo)