特区による“緩和”と文化的“規制”でここにしかない街と街並みを。(青木) 街の風景を変えるくらいやばい体験をつくりたい。(落合)
2007年1月には国立新美術館、同年3月にはサントリー美術館や21_21DESIGN SIGHTがオープン、森美術館を含めた六本木アート・トライアングルも10周年を迎えます。記念すべき対談のゲストは、国立新美術館長の青木保さんと、六本木で生まれ育ったメディアアーティストの落合陽一さん。この街に造詣の深い2人が、六本木の過去と未来、アートの役割について語ります。
落合陽一(以下、落合)東京ミッドタウンがオープンした10年前っていうと僕は19歳、懐かしいな。もう29年、六本木に住んでいますから。街の雰囲気ががらっと変わったのが2003年、六本木ヒルズがオープンしたあたり。そこから世間の認知度がものすごく上がって、とにかくお金持ちが住んでいるみたいな印象に変わってしまって。
青木保(以下、青木)ヒルズ族ですね。
落合僕は麻布台に住んでいるんですけど、そういう昔ながらの街の印象と、土地の印象が乖離してしまった。でも、防衛庁の跡地が東京ミッドタウンになって、街の雰囲気がまた変わって、その乖離がだいぶ減ってきた印象はあります。
青木防衛庁のあたりは、夜は真っ暗だったしね。
落合檜町公園は森林でした。沼みたいな池があって、よく釣りをしていたんです。
青木僕は、アマンドができた頃から来ていますから、落合さんとは半世紀くらい違うみたいだけれど(笑)。当時、明治屋のあたりにルコントという洋菓子屋さんがあって、僕はそちら派。よくそこに行ってお茶を飲んで、洋菓子を食べて。あと、六本木はジャズのライブハウスが多かったので、70〜80年代を通して、よく来ていました。
落合今も明治屋の裏あたりとドン・キホーテの裏のあたりって、すごく雰囲気が似ているんです。今でも未開拓というか、あれがたぶん僕の中にある六本木のナチュラルな風景。
世界で一番好きな街を聞かれたら、やっぱり六本木って答えると思うんです。西洋感もないし、東洋感もない。どの文化にも属していなくて違和感しかない。相当変わってますよ、ここ。
青木文化的にも、サントリー美術館や21_21 DESIGN SIGHTができて、よりイメージが変わりましたよね。この街をずっと見ていて感じるけれど、やっぱり今が一番いいんじゃないかなあ。
サントリー美術館
ただ一点、道路はいただけない。六本木交差点から飯倉方面に行くのも、国立新美術館に来るにも、歩道が狭くて人がいっぱいいて、ぶつかってしまう。私は昔から、いい街の条件は「歩いて回れるかどうか」だと思っていて。
落合ヒルズ側からミッドタウン側に渡るのも、本当に面倒くさいし。たとえば渋谷には、そういう分断がなくて、表参道から渋谷まできれいに店がつながっています。でも、六本木はところどころ空白地帯があるんですよね。
青木六本木のいいところは、盛り場を含めて、あまり1ヵ所に固まっていないところ。停滞していなくて、流動感があるというか。だからこそ、まず道を通りやすくしてもらわないと。カフェにしても、レストランにしても、もっと路上に飛び出したらいいし、気軽に座れる広場もあっていい。
私は、ここへ来る前は青山学院大学で教えていたんだけれど、骨董通りから渋谷へ向かうところが壁しかなくて、夜真っ暗なんだよね。「壁なんか取っ払ってオープンカフェをやったらどうですか?」って、さかんに言ったんだけど誰も関心を持たない(笑)。六本木も同じで、やっぱり人が来やすい、過ごしやすい街角じゃないと。
落合個人的には、六本木はもっと国際的な文化発信感を押し出していけばいいんじゃないかなと感じています。この街って独特で、バブルのカルチャーと外国のカルチャーが両方とも残っている。それをもっと生かしていけば、他の街とは全然違うストーリーをつくれるはず。
青木数年前、雑誌に「六本木文化特区論」について書いたことがあります。税金をはじめいろいろな規制を緩和することで、文化施設やアーティストのスタジオ、またアニメや漫画のオフィスなどを誘致して、文化的な創造が生まれる街にする。残念ながら政策としては採用されませんでしたが、21世紀の文化創出拠点としては、東京の中では六本木以外にはないな、と感じて。
落合そう思いますね。だって、東京の中で一番ニューヨークっぽいですから。タワー系の建物には外資系の投資銀行やコンサル会社が集まっていて、お金はものすごく動いているし、いろんな人種がいるし。
世界のアートマーケットの中心ってニューヨークじゃないですか。そのアジア版をつくるとしたら、後発ですが、今でもこの街はけっこう適していると思うんです。ただギャラリーの数が少なくて、アーティストが展示する場所もあまりないし、アトリエを持てるかといったら家賃が高すぎて、ちょっと難しい。
青木そこで、特別に安くできますよ、ある程度自由にできますよと言えたら......。日本人だけでなく外国人も呼び込めると思うんだけれど。
落合地方の芸術祭のようにコミュニティとアートを結びつける発想とは全然違って、六本木はもっとニューヨーク的でいい街。街はもう十分おこされているから、そういったアート経済文化をどうやって集積するかが重要で、スタンダードなアートの価値をつくることを目指していいはずなんです。
国立新美術館をはじめとする文化施設はもちろんないといけないけど、それは一般の人がアートと出会うための場所。もっとエッジな人がアートに触れたりアートを買ったり、100万円くらいポンと金を払ったりできる場所がないんですよね。
国立新美術館
青木以前、京都の国立博物館がカルティエの即売会みたいなことをやったところ、大成功したらしいんです。いわゆる富裕層を顧客の中心にして。実は個人でアートのためにお金を大きく動かせる人がいないと、マーケットは発達しない。ただ日本にはそういうお金持ちが少ないし、特権的なことがしづらいから......。そこが日本のよさでもあるのですが。
落合でも、会社をイグジットして、キャッシュで数十億持っている人って、このまわりにたくさん住んでいると思うんです。そういう人やコミュニティをうまく使って、「六本木をニューヨーク化しよう」みたいなことをやっていくのも、うまくいく気がするんですけど。
青木これからは東京も、北京や上海などアジアの都市と競争しなくちゃいけないから、他にはない街づくりが必要ですよね。東京はおいしい店も多いし、安全だし、利点はいっぱいあるけれど、これっていうスケールの大きな魅力がない。
落合風景が変わるほどやばい体験がないんですよ。とてつもなくでかい塔があるとか、街の1階すべてをバーにしているとか、他の国だったらありえるじゃないですか。でも、この街は全部がこじんまりしている。
青木落合さんが言うような21世紀型の都市をつくるなら、日本でできるのはここしかないでしょう。私自身、国立新美術館の館長を引き受けたのもそれが理由で、新しいし、コレクションもないし、これはいいなと思って。六本木はやっぱり新しいことを取り入れて、未来に向かっていくことができる場所ですから。
青木美術館の世界的な傾向として、まず建物が美術品である、ということがあげられます。国立新美術館が黒川紀章さんに頼んだように、みんな競って優秀な建築家にデザインしてもらう。あるとき、外国人のご一行が正面玄関のところで写真を撮っているんです。寄っていって「中で展覧会やっていますよ」って言ったら、「中はいいです」って(笑)。
スペインのビルバオという街は、フランク・ゲーリーの設計したグッゲンハイム美術館が評判になって、一躍文化都市として有名になり生まれ変わりましたし。
落合あれは、やばいですよね! シルエットが尋常じゃない。銀ピカのとんでもない建物が目に入るだけで、普通の路地が異世界に変わりますから。
青木三宅一生さんから「デザイン・ミュージアムをつくりたいけれど、なかなか新しいものを建てる場所がない」と言われたことがあって、そのとき私は「だったら、国立新美術館の建物のまわりに巨大な柱をつくって、その上に新しいデザイン美術館をつくったらどう?」なんて答えました。夢物語に聞こえるけれど、半ば本気でもあって。
落合実は、僕が学生時代によく授業を受けていた東京大学工学部の2号館って、そうやって建築されているんですよ。もともとの建物を活かしつつ、新しい建物を上にボンと置いた。クレイジーで最高なデザインだと思います。だから、ありえない話ではないですよね。
ちなみに、ここ最近、六本木にできた建築物の中で一番謎だったのは、ドンキのビルの上のジェットコースター。あれは全然美しくないけれど、めちゃくちゃ目立つ。ランドスケープを変えるような象徴的構造物があるだけで、街の雰囲気ってがらっと変わるんですよ。
青木もし落合さんが、六本木に何か建てるんだったら......。
落合高い、でかい、やばい、見たことない、言葉じゃ表現できないみたいな(笑)。