六本木が抱える「ペイン」からなりたい未来を考える。(ドミニク) 世界最高峰のデザインラボを東京、そして六本木に。(田川)
久々の対談形式となった今回、登場してくれたのは、デザインイノベーション・ファーム「Takram」を率いるかたわら、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで客員教授を務める田川欣哉さんと、アプリ開発などを手がける「ディヴィデュアル」共同創業者で、情報学研究者としての著作も多いドミニク・チェンさん。テーマは「六本木×未来×テクノロジー」です。
田川未来の話を続けると、2つ目は「ヒューマンセンタード・デザイン(人間中心設計)」が崩壊する局面が来る。なんで人間中心なのかということを、身も蓋もなく解説すると、人間中心的につくっておかないと、モノが売れないから。
じゃあ、人間中心じゃない設計のほうがモノが売れる未来ってありえるのかなと想像してみると、それもあっという間に来そうだな、と。人間の購買決定をAIが代替して、予算を入れておくだけで必要な日用品が送られてくるようになる。すると「マシンセンタード・デザイン」というコンセプトが出てくるでしょう。
ドミニクそのほうがモノが売れる時代が来る、と。
田川最後は、テクノロジーと人間が混然一体になる。人間と人間の関係も、〈機械―人間―人間―機械〉とか〈人間―機械―機械―人間〉とか、いろんなインターフェースの組み合わせが出てくる。もちろん問題はあるけれど、面白い話もいっぱい出てくる。
この3つくらいが、僕が最近もやもや考えていること。ただこれって、ややもするとディストピア的な世界観なので、そこにどんな理想や思想を打ち込んでいけるか、ベクトルをどう変えられるか、というのがテーマになっていくと思うんです。
ドミニク今年、新しくはじまった文部科学省の研究プロジェクトで、日本的なウェルビーイングを定義しようということをやっています。アメリカ的なウェルビーイングって、個人が最適化したら社会も少しずつ最適化していく、個人主義に根ざすストーリーなんですよね。でも日本的なリアリティの場合、集団の中で自分はどういう立ち位置で、どういう貢献ができるのかということもウェルビーイングに関わってくる。
たとえば、その場の「空気」みたいなもので物事を進めるられるのって、実はシステム論的に考えてもすごく効率がよかったりするわけです。それって欧米にはなかなかなくて、すぐぶつかる(笑)。いかにぶつかるか、それはそれで面白いクリエイティブの形だと思うんだけど、日本という気候風土と文化ならではのクリエイティビティもあるんじゃないかな、って。
放っておくと、たぶんテクノロジーは個人を強める方向に進むでしょう。でも、テクノロジーが進んで、僕と田川さんという、このコンビネーションでしか生まれないものを特定できるようになったら。個人と個人を分けるんじゃなくて、もっと僕の中に田川さんがあって、田川さんの中に僕があるような......って、ちょっと気持ち悪いこと言ってますけど(笑)。
田川ディビデュアル(分人)的な話ですね。
ドミニクはい、それで自分の会社名も「Dividual」にしました。
ドミニク今日は、この「心臓ピクニック」を見せたいと思って。これは共同研究者の安藤英由紀さんと渡邉淳司さんたちがつくったもので、たとえば僕が田川さんの胸に聴診器を当てると、ここにある箱がドクンドクンしはじめるんです。それを握ると、田川さんの心臓を直接手に抱いているような、すごく不思議な感覚になる。まさに、触覚のバリアをブレイクする効果があって。
緊張してるときにこれをやると、心拍数が下がって、すごく落ち着くんですね。ワークショップに参加した人たちの反応も「生きてる感覚がする」とか「殺人事件がなくなるんじゃないか」とか「電源を切るのが切ない」とか、とても面白い。
田川相手のことを好きになっちゃったり?(笑)
ドミニク極端な話、それくらいアイスブレイク効果があります。面白いのは、何の情報も与えてないのに、インタラクションの中でユーザー側が意味やストーリーを生み出して、勝手に気持ちよくなっているということ。これからは、テクノロジーのこういう方面を攻めようと思っていて。
心臓ピクニック
ドミニク今のAIって、外部にある情報をどう識別してコンパクトに摂取できるようにするか、そこに主眼が置かれたものがほとんどですよね。これとは逆に、人間のアウトプットに特化したAIを考える「Alife」というプロジェクトにも参加しています。
たとえば、デザイナーやアーティストが自分ひとりでは到底出せないバリエーションをつくってくれるパートナーロボットみたいなものだったり。自分でも気づいていない癖をこっそり教えてくれる、アルターエゴ(別人格)的な存在だったり。そういう人間に本来備わっている生命性を増幅したり手伝ったりしてくれるテクノロジー的存在を、僕たちは「人工生命」と呼んでいるんです。
田川「マシンセンタード・デザイン」にも少し近いですね。
ドミニク人間は、機械のロジックに100%共感して理解することは不可能だと思うんですよ。僕はよく「AIは妖怪みたいなものだと思えばいい」って言っています。いろんな妖怪がいるけれど、彼らに善悪はなくて、でも何を考えているかわからない。
それって、人間が自然に対して抱いていた思考だったわけですね。でも今、多くのものがコントローラブルになって、実は人間が人間をコントローラブルなものとして扱いはじめているというところに、ディストピア的な未来がある。だから、機械と人間でも人間同士でも、他者性というものをもう一度ちゃんと認識したうえで、どうつなげられるのか考える。ただ同化しちゃうのは僕、つまらないと思うんです。
田川会う前から、ドミニクさんとはたぶんそこは共通しているだろうなと思っていて。僕も肩書が「デザインエンジニア」だから、完全に分裂してるわけですよ。Takramが目指しているのは、AとBという物質が溶け合ってCになるという化学反応みたいなメタファーではなくて、もうちょっと物理っぽい「振り子」というメタファー。
デザインとエンジニアリングが黒と白だとすると、僕らはその2つを混ぜたグレーになりたいとはまったく思わない。頭の中に持っている純白と漆黒の間を、高速で行ったり来たりしている状況を「デザインエンジニア」と呼ぼう、って。
ドミニク融合しているように見えるけど、ものすごく意識的に切り替えている。でも、現代的なものづくりって、全般的にそうなりつつあるのかもしれませんね。
田川そう、クリエイティブな人って、絶対それをやってるはずなんですよ。ビジネスマンでも、"鬼と仏"が繰り返し出てくる人っていますよね?
ドミニクああ、わかる。
田川人情とロジックがものすごいスピードで交互に出てくる人とか。孫正義さんなんかもそういうタイプだと思うんですけど。
ドミニク最後に仏性で締めくくられると、もう参りましたみたいな(笑)。
田川優秀なエンジニアもそう。圧倒的な技術力の一方で、哲学性、こだわりみたいな部分を強烈に持っていて、その2つを交互に利用して、普通ならここで止めてしまうというところを飛び越えていく。みんな経験的にやっているんだけど、僕らはそこをもうちょっとはっきりシェアできる形にしたいと思って。
ドミニク社内的なトレーニングのプログラムがあるんですか?
田川ハードウェアをデザインする仕事なら、ディレクターの下に、ハードのデザインに詳しい人と詳しくない人、2人をアサインします。すると、この2人の間でスキルが移りますよね。あとひとりの人間は必ず、自分が詳しい分野とそうでない分野、2つのプロジェクトを同時に持つようにします。
チーム全体で俯瞰して見ると、詳しい人と詳しくない人が数珠つなぎになっていく。それがスキルとノウハウを広げるメカニズムなんです。また同時に、仕事の中でひとりの人間が自然と複数の「分人」を抱え込むようなメカニズムでもあるわけです。
ドミニク振り子モデルが、フラクタル的に組織の構成にもなっているんですね。
田川自分の中に多様性を抱え込みたい「ハイパーディビデュアル」の人は、少なくとも世の中に10%くらいはいる気がしています。みんなが自分にフィットしたことがやれて、能力が発揮できるような社会になったらいいな、というのは常々思っていて、そういう方向にテクノロジーが使われるといいんだけど。
ドミニク僕が最近いつも着けている、呼吸状態を測る「スパイア」というデバイスがあるんです。この情報を職場で上手にシェアできたら、たとえばプロジェクトを初めて任せたAさんが少し息苦しく感じていることがわかって、やばいぞ、となる。すると田川さんが飛んできて、「大丈夫?」と声かけてくれるかもしれない(笑)。
田川人間では気づけない部分をサポートしてくれる、いいテクノロジーですね。
ドミニク先ほどペインの話をしましたが、他者と共有できるペイン以外にも、自分自身でも気づけない苦しみというものもある。その部分にこそ、人間の特性を活かせると思うんですよね。
分人(dividual)
ドミニク人間のスキルがAIに代替されるって話を、僕が半分本当で半分嘘だと思っているのは「自律的な動機を持つAI」って、どう開発すればいいか全然わかってないからなんです。人間って誰でも嗜好やこだわりがあって、その対象に時間を使うことでスキルを磨いていくじゃないですか。たとえば、好きなアイドルのイベントには絶対行っちゃうとか、徹夜してコーディングしちゃうとか。
結局、どうしてそのこだわりが生まれるの? というところが一番重要だと思うんですよ。この「動機」と表裏一体なのが、まさに「ペイン」で、その人が何をストレスと感じているか。
田川たしかに。最近気づいたんですけど、僕の知ってるインターフェイスの研究者って、ほとんどがコミュ障なんですよ。
ドミニクそれは、僕自身に対してもそう思います(笑)。自分が必要だからつくってるんですよね。
田川コミュニケーションができないから、改善したいと思う。ペインもそうだしコンプレックスも、打ち込むことと表裏一体、わかる気がするなあ。
取材を終えて......
この日が初対面とは思えないほど、盛り上がった2人の対談。デザインラボは、2017年の前半にはベータ版をスタートしたいとのこと。ぜひ六本木でも、街なかラボやワークショップをお願いします。(edit_kentaro inoue)