六本木が抱える「ペイン」からなりたい未来を考える。(ドミニク) 世界最高峰のデザインラボを東京、そして六本木に。(田川)
久々の対談形式となった今回、登場してくれたのは、デザインイノベーション・ファーム「Takram」を率いるかたわら、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで客員教授を務める田川欣哉さんと、アプリ開発などを手がける「ディヴィデュアル」共同創業者で、情報学研究者としての著作も多いドミニク・チェンさん。テーマは「六本木×未来×テクノロジー」です。
田川欣哉(以下、田川)六本木とテクノロジーの関係ってなんだろう。イメージ的にはそんなにリンクしないけど(笑)。
ドミニク・チェン(以下、ドミニク)テクノロジーってあくまで手段でしかなくて、目的のほうが大事ですよね。だから今、六本木に足りないものを考えるといいかもしれない。
田川空気だ、空気!
ドミニク空気が足りない?
田川そう六本木には、いい空気が足りない(笑)。六本木の街の風景って、ベースはたぶん80年代にできて、そこに六本木ヒルズとか東京ミッドタウンみたいな、ようやく空抜けのあるところができた。平場と垂直とを組み合わせたところに、六本木の脱20世紀的なものが芽生えてる気がします。空気が足りないというのは深い意味もなくて、この街に来ると「空気を吸ってる感じが減る」気がするんですよ。
ドミニクそれって、空が見えないから?
田川首都高があるからかもしれないけど。でも、ここ(TechShop Tokyo)は天高が高いので、空気が吸えるなって感じがする。
ドミニク要約すると「抜け」ってことですかね。この間、岐阜と長野の県境にある木曽町というところに行ったんです。島崎藤村が「木曽路は山ばかり」と詠んだように、本当に山ばっかりで、おいしい空気しかない。
田川全然テクノロジーの話じゃないけれど、たとえば、古い街並みをザーッとつぶして、地上20階くらいのところにでっかい透明の屋根をバーンとかけて、雨の降らない芝生がドーンとあったりすると、すごく未来っぽいだろうなって(笑)。
ドミニクそれ、ちょっとかっこいいですね。
田川結局、未来って、現在との間にコントラストがあるからこそ"未来化"されるので、「空気がない」というのを反転させた場所をつくると、すごく未来っぽく見えると思うんですよね。だから、田舎につくる未来と六本木につくる未来は全然違うはずで。
TechShop Tokyo
ドミニク地方に行くと、東京に戻りたくないなと思いません? 東京のほうが情報密度もあるし、テクノロジーも進んでいるんだけれど、より望ましい未来って、東京で稼いで地方でゆっくりと過ごしたいみたいな。それってなんかおかしいよな、と思って。
きっと空気が足りないのを、人々は無意識的にせよ意識的にせよ感じとっていて、それが目に見えないストレスになっている。そこをなんとかするのはすごくいい、欲しい未来な気がしますね。
田川日々、息苦しいとは思いつつ、僕はかなりよく六本木には来てるんです。それは面白い場所があるからで、空気が好きだから来ているわけじゃない。でも、空気が増えると、そういう人たちはいなくなってしまうのかもしれない(笑)。
ドミニク僕も今年は、けっこう六本木に居ついてまして、六本木アートナイトでもいくつか企画に参加させてもらったし、グッドデザイン賞の審査員をしたり、デザインハブで展示のアートディレクションをしたり。
アートナイトでは夜中の3時くらいまで対談をしましたが、そういうときは六本木に外国人を含めてすごくいろんな人が来るんだけど、みんな来て、去っていくだけ。本当に交流って生まれてるのかな、もっとできることがあるんじゃないかなと感じていて。それを、テクノロジーの力やプログラム的なことで解決できるかもしれない。
テクノロジーというと、情報をどう提示するかという話になるけれど、田川さんのおっしゃる「空気」って、すごく共感するところがあって。情報よりも情緒、でも六本木には、まだあんまりそれが感じられ......って、こんなネガティブなスタートでいいんですかね(笑)。
田川今、イギリスの「ロイヤル・カレッジ・オブ・アート」で客員教授をしているんです。僕自身、東京でエンジニアリング、イギリスでデザインを勉強して両方に育てられた感覚があるから、この2つの都市に何か恩返し的なことができないかなと思って、「東京に世界最高峰のデザインラボをつくろう」って言いはじめたんです。そうしたら、東京大学の生産技術研究所が連携してくれることになって。
「テック・ドリブン・イノベーション」「デザイン・ドリブン・イノベーション」「インダストリー・ドリブン・イノベーション」という3ラインを持ったユニークなラボ。アカデミアだけに閉じずに、メンバーを街に連れ出して、いろんなものをつくって都市にまいたり、イベントやワークショップをやったりしたいと思っています。
ドミニク受講したいです(笑)。
田川教えにきてくださいよ。テクノロジーの要素もかなり入ってくるので、そこに六本木という街を掛け合わせたら面白いかも。
ドミニクたとえば、このテックショップとか東京ミッドタウンの裏の森とか、六本木のいろんな場所にデザインラボの人たちが自由にセンサーデバイスを取り付けて、今まで取ってなかった情報を取ったり。
田川それいいですね、やりますか! 未来会議さん、サポートしてください(笑)。
デザインラボ
ドミニク僕は大学の授業などで、その人が苦痛に思っていることをあげていくワークショップをやるんです。そうすると、隠れた苦痛に対して「その痛みわかる!」とか「そのストレスわかる?」みたいに共感が生まれて、アイデアにつながる。いわば「ペイン・ドリブン・デザイン」、PDD。今適当に言いましたけど(笑)。
最初から「30年後の六本木をどうしたいですか?」と聞くと、みんな当たり障りのないアイデアになっちゃう。でも、さっきの田川さんの「空気が少ない」って、ペインですよね。そのペインから欲しい未来のための創造が生まれるので。
重要なのは、どういう未来にしていきたいか、だと思うんですよね。テクノロジーだけを追求していると、そもそもの動機がどんどん置き去りにされて、「速くて便利だからすごいでしょう」みたいなことになっちゃう。よりお金が儲かるとか、より効率性が上がるということではない、違う評価の軸を入れていかなくちゃいけないと思っていて。
田川テクノロジーは手段で目的ではない。
ドミニク今、アメリカの株式取引の50~60%は高頻度取引アルゴリズムによって行われていて、それを設計する証券会社の天才的エンジニアですら、いろんな会社のプログラム同士がどう相互作用しているのか理解できない、みたいな状態になっている。そんなよくわからないものを走らせて、人間側がダメージを食らったりストレスを受けるのはナンセンスでしょう。
だから、こういうふうにしていきたいというビジョンを、あらためてもう1回考えようよ、って思うんです。テクノロジーが人間の解像度であったり感受性といったものを追い越すレベルに来ている今、業界全体で議論しないといけない、と。
ドミニクちなみに、田川さんの考えるテクノロジーの未来って?
田川ここ20年くらいの話でいうと、スマートフォンが登場して、さらにVRだなんだと、おそらく人類史上もっとも視覚に依存した時代が到来するだろうというのをひしひしと感じてます。人間の五感って、生物として感覚器を得た順番があるんですけど、視覚が一番遅いんですよ。
で、遅いほどだましやすい。視覚・聴覚はだましやすくて、触覚・嗅覚・味覚あたりはだましにくい。たとえば、ものすごい高精細のVRを見ていると、それが現実のものかどうかわからなくなるし、ヘッドホンで聴いていたらコンサートホールに行かなくても、ある程度その気になりますよね。
ドミニクたしかに、味覚はだましにくいかも。
田川今も食の3Dプリンターはあるけど、全然おいしくないじゃないですか。この順番って人間の親密さとも比例しているなと思って。見るのも嫌だとか、話を聞くのが嫌だとか、付き合ったりしない限りは手なんて握らないし、最後にようやくキスをするみたいな。
歴史上、技術はその防壁を破壊していく流れだろうと思っているんですよ。まず一番ハックしやすい視覚を攻めるのは当然で、これから触覚・嗅覚・味覚に進むんだけど、最後のほうはかなり難しい。だとすると、料理人の価値は当分残るんじゃないかと思うんです。
いつでもどこでも現実よりすばらしいものが見られるデジタル体験がバーっと広がる一方で、この人しかない、この食べ物でしかないみたいな一回性の価値がけっこう残る。それらが極端に二分化していくというのが、僕のなんとなくの未来観なんです。