新陳代謝を促す「小さなスイッチ」をいかにして日常に仕掛けているか。
21_21 DESIGN SIGHTのディレクターであり、昨年初めて東京ミッドタウンで開催された「グッドデザインエキシビション」では、審査委員長も務めた深澤直人さん。この街をよく知る深澤さんが語る、六本木の輪郭、デザインやアートとの関係、そしてこれからの街づくりに必要なこととは? ここ十数年に渡る六本木の変化を総括するような、まさに新年第1回目にふさわしいインタビューとなりました。
デザインとアートの街づくりという六本木の試みは、今のところうまくいっていると思いますよ。僕はミッドタウン・ガーデンにあるスーパー防犯灯のデザインもしていて、ここができる前から、六本木の街に関わっています。
スーパー防犯灯
もっと前はアクシスのビルにオフィスがあったので、毎日、今のミッドタウンの横を通って乃木坂駅まで歩いて帰っていました。道すがら聞いた呼び込みの声を今でも覚えているくらい、当時の六本木は外国人が多い夜の街。それが今は、大人の遊ぶ街であり働く街でもある、文化的にも成長している街へと変わりました。
自然に人が集まりやすい街だとも思いますね。一番の要因は、この都会にあって、これだけ緑が残っているということ。ミッドタウン・ガーデンや港区立檜町公園、六本木ヒルズの毛利庭園なんかもそう。普通なら、もっと土地を有効活用しようということになってしまうけれど、緑地を開放したことが、結果として大きな資産になったんじゃないかと思います。
オフィスはもちろん、商業施設も美術館もたくさんできたし、東京で一番サービスがいいといわれるホテルもできた。ここ10〜15年くらいで見違えるように整備されましたよね。もちろん、裏のほうには夜の街もまだまだ残っていますが、そういうイメージも少しはないといけないのかもしれませんし。とにかく、昼も夜も一日中ゆったり過ごせる場所がある、"いいとこどり"の街になりました。
眠らない街なんていうと、なんだか遊んでいるばっかりに聞こえますが、そうではなくて、24時間稼動している街。たとえば、六本木アートナイトにしても、街なかで24時間ずっとイベントをやっているとなりでは、普通に働いている人もいる。街というと横に広がっていくことをイメージするかもしれませんが、六本木の場合は縦にも広がっています。仕事をしながら街を見下ろしている人たちが、何万人もいるわけですから。
今は、ただビルをつくってテナントに貸していればいいという時代ではありません。街で過ごすみんなが同じカルチャーを共有できる、そういう街づくりが必要なんでしょう。
キーワードになるのが、デザインとアート。ミッドタウンにしろ六本木ヒルズにしろ、デザインとアートの街をつくりましょうという声がけのもとに、みんなが同じ方向を向いて動いていると感じます。僕は21_21 DESIGN SIGHTのディレクターもしているのでよく知っていますけれど、大きなものから小さなものまで、本当にたくさんのイベントが開催されていますよね。
どこか1ヶ所だけではなくて、あちこちにタッチダウンする場を提供できているのがいいんでしょう。イルミネーションを見にくるとか、スケートリンクに行くとか、桜が咲いたらお花見をするとか。季節ごとに楽しむイベントの中に、デザインやアートがうまく溶け込んでいる。街にしても商業施設にしても、斜陽になってくるとついアミューズメント臭くして人を集めようとしてしまいますが、六本木は自然で無理がないなと思いますね。
イルミネーション(東京ミッドタウン)
仕事もできるし、ショッピングも食事もできて、文化にも触れられる。目的がある人もない人も、なんとなくここにいれば楽しいし、やってくる人たちの期待値も高くて、受け入れる側もそれに応えようとする。こういう街が他にあるかなと考えて探してみても、あまりないんじゃないですか? 丸の内も違うし、銀座もちょっと違いますよね。
僕はいつも「輪郭」をテーマにデザインを考えてきました。モノやデザインに輪郭があるように、街にも輪郭というものがあると思っています。たとえば、どこからどこまでが六本木なのかという地理的な要素もそのひとつ。向こうは飯倉の交差点で、こっちはミッドタウンの端のあたりまで......というような、それぞれが頭の中に描く、六本木の形があるでしょう。
昔は、アマンド前=六本木みたいなベタなイメージでしたが、最近ではあまりアマンド前で待ち合わせすることってないですよね? ミッドタウンの虎屋で待ち合わせようとか、21_21の前で会おうとか、六本木ヒルズのレストランに行こうというように変わってきた。確実に文化が広がってきているし、洗練されてきている。この街に集まる人のプロファイルも、昔とは全然違うと感じます。
東京の街って、もともと線路がたくさん交差するところ、つまり新宿や渋谷のような大きな駅のまわりから順に発達しているわけです。でも六本木は、線路から遠いにもかかわらず街ができあがっている。ここで少し生活をしてみるとわかりますが、なんとなく他の街とは違うと感じられるのも面白い。
『デザインの輪郭』
去年の10月に、東京ミッドタウンのホールを中心に、六本木の街で「グッドデザインエキシビション2013」を開催しました。それまでの東京ビッグサイトから移転をするにあたっては、展示スペースが狭いんじゃないかとか、たくさんの人やモノを集めることができるのかとか、課題もたくさんありました。でも僕は審査委員長として、狭かろうがなんだろうがここに来なくちゃいけない、そう考えていたんです。
みんながすばらしいデザインだと認めたものを見せるイベントを、デザインウィークといわれる時期に、ふさわしい場所で開催する。その中に食い込んでこそ、はじめて「デザイン」だと。
今までは、どちらかといえば関係者が集まるトレードショー的な要素も強かったのですが、一般のお客さんもたくさん足を運んでくれました。「ああ、これもデザインなのか」「こういうことをデザインって言っているんだ」というのも、わかりやすく伝えられたし、やっとデザインがしかるべきところに着地したと感じられる象徴的な出来事でした。
これは持論ですが、デザインって小さなスイッチのようなものだと思うんです。大きなハンドルを回すのではなく、小さなダイヤルで巨大な船を動かすような感覚。ドーンと大きなことをやるぞ、というのではないけれど、ものすごいパワーを与えることができる。
グッドデザインエキシビションも、大きな街をいい方向に動かしていく、小さな原動力のひとつ。2000点ものすばらしいデザインが一同に集まるのですから、街にかなりのエナジーが注ぎ込まれることは間違いありません。
もちろん、他の街で開催することもできたでしょう。でも、流動的に動いているデザインのパラダイムを投げ込める器としては、六本木のほうがはるかに大きい。他の街では、デザインの苗がすでに根っ子を生やしていて、整然と配置されすぎている気がします。一方、六本木はまだ街が固まっていないし、なにより受け入れる側がデザインの定義を持ちすぎていないのがいい。
デザインというのは、現代アートのようにきちんと定義づけられたものではなく、非常に抽象的で曖昧なものです。21_21 DESIGN SIGHTで今、「日本のデザインミュージアム実現にむけて展」という展覧会をやっていますが、いきなり「デザインミュージアム」と言われても、いったい何をつくりたいの? 何を展示するの? と思ってしまうでしょう。
日本のデザインミュージアム実現にむけて展
でも逆にいえば、「デザインという入れ子」をつくることによって、そこに曖昧なものを何でも投げ込めるようになる。なぜなら、デザインがそれだけの許容量を持っているからです。美術館というと、どうしても固定されたイメージが強くなりますが、「デザインミュージアム」はそうではありません。その前身ともいうべき21_21 DESIGN SIGHTも、ここに来ればいつも目新しいデザインが発見できたり、新しいデザインの切り口を提供したいと思って運営しています。
現在の六本木という街は、デザインと歩調をあわせるようにしてつくられてきました。だから、デザインという曖昧なものを受け止めるだけのキャパシティがある。六本木で働いている人は、たとえデザインとまったく関係ない仕事をしていても、そうしたカルチャーの中にいるという自覚は感じてくれているんじゃないかと思いますね。
人間の身体と同じで、街も新陳代謝を繰り返さなければ死んでしまいます。人が歩いていない地方都市を見ると、なんとなくアスファルトがくすんで、乾いている印象を受けますよね。もちろん人が動いているほうが街は汚れますが、だからこそ整備しよう、キレイにしようというモードになれるんです。
いろいろな文化や企画、仕組みをつくろうという動きが出てきて、それに賛同する人が現れることで、また街が盛り上がっていく。呼吸をしたり血液が循環するように、人やモノが流動することで、代謝を繰り返しながら生きている。そういう意味では、今の六本木はかつての六本木よりも、ずっと生命力が強いでしょうね。
そこに、からっ風が吹いてしまうことがないように、"代謝"を促すような活動をどんどんしていくべきだと思っています。ただ、これをしなくちゃいけないと限定しすぎないほうがいい。クリエイティブの本質は、その場で考えたことやピンときたことを実現させていくこと。だから、毎年必ずグッドデザインエキシビションをやろうとなってしまうよりは、なんだかわからないけど楽しい、パワーがあるよねという状態にしておくほうがいいんです。
グッドデザインエキシビション2013
デザインやアートといっても、六本木で開催されているイベントは、「◯◯芸術祭」とか「◯◯トリエンナーレ」というのとは違って、もっと日常生活に密着したもの。ふだんは普通に仕事をしていて、ちょっと気分を変えたいときにデザインやアートにも触れられる、というくらいがちょうどいい。
僕だって、南青山の一番いいところに事務所があるのに、まわりのどこのお店にも行ったことがありませんから(笑)。たまに、こんなにいい店があったのか! って驚くくらい。でも、その街にいて、その街の空気を吸っているということが重要なんです。
ひと口にデザインといっても、今はモノだけでは語れません。むしろ技術の進化とともに、余計な部分を削ぎ落として、モノはどんどん小さくなったり、姿を消していく方向にあります。たとえモノの存在が消えても、必要とされていた機能がなくなるわけではないので、インターフェイスやインタラクション、コミュニケーションが大切になってきた。街をつくる、活性化させ続けていくというのは、これからのデザインにとって一番大きな核になるのかもしれません。
人間のライフスタイルやアティテュードは、まわりの環境によって大きな影響を受けます。とくに働いている人は、かなり長い時間をここで過ごすわけで、毎日同じスーツを着て、同じ電車に揺られて、がむしゃらに働くだけじゃつまらないでしょう? この街にいる人たちは、やっぱりデザインやアート、カルチャーに対して感度の高い人が多いですよね。そういう人たちのマインドをくすぐる企画を、いかに仕掛けられるか。
少しだけ気分を高揚させてくれたり、生活に変化を与えてくれたり、そこにいる人とやってくる人がミックスして高めあう。それが、街が生きているということだと思うんです。僕もギャラリーツアーをしたり、審査委員長をしたり、ミッドタウンの人と仲よくなったり(笑)、この街にポジティブなエナジーを与えられるような仕事をしたいと思っています。
たとえ仕事で遅くなっても、帰りに買う惣菜ひとつ、ワイン一本が、いつもよりちょっとオシャレなものに変わる。あるいは、せっかく六本木に行くんだから「今日はいつもと違う靴下を履いていこうかな」と思えるような街。さっきお話しした「小さなスイッチ」というのは、その程度のことです。でも、もしこれを何万人が一斉にやったとしたら......。いい街をつくるっていうのは、そういうことなんじゃないですか。
取材を終えて......
「六本木が新陳代謝していくなかで、深澤さんは自身はどんな役割を?」とたずねると一言、「ただ忙しいだけですよ」。その言葉に、全員爆笑。インタビューでは伝えきれなかったお茶目な深澤さんは、ぜひ編集部ブログをご覽ください。(edit_kentaro inoue)