
変化し続ける都市に合わせて、衣食住にも身軽さを。
田中私が探究しているものの一つに和紙があるのですが、和紙に興味を持つ前から、単純に紙を触るのが好きでした。仕事で制作する本などは、紙の質感の違いを手触りなどの体験として作品に生かせる領域でもあったりするので。竹尾ペーパーショウでたまたま和紙のテーマを担当することになって調べてみたら、ものすごい技術が詰まっていることを知りました。テクノロジー的なものというより、職人の経験値のなせる業で、それこそ生活に密接している。日本人の無駄のなさというか、自然と共生するマテリアルの意義を今さらながら感じました。
竹尾ペーパーショウ
紙の専門商社・竹尾が主催する、日本国内の紙関連業界において唯一かつ最大規模の紙の展覧会。第1回開催は1965年。田中さんは第48回となる2018年に、アートディレクターを務めている。
遠山今回の展覧会でも多用されている、「土紙」には感動しました。ところで田中さんって紙をめくる所作が、とてもきれいなんですよね。紙の手触りや質感といった物質性と、長年真摯に向き合ってきたことを感じるというか。
土紙
風土によって育まれる各地の土を漉き込んで作った和紙。田中さんが竹尾ペーパーショウ2018で初めて制作し、探求しているマテリアルの一つ。企画展「スープはいのち」では、土紙で大屋根を制作。この屋根の下では、太古から時代とともに移り変わってきた衣食住の営みが再現されている。
田中本当ですか(笑)。実際、触れる機会は多かったと思います。小さい頃からみんな紙で遊びますけれど、これだけ日常的に紙に親しんでいる国も少ない。しかも、日本は紙の種類もとにかく豊富です。もともと大陸から入ってきた文化が地域に根ざして変容していった結果、和紙が生まれたと思うんですが、遡っていくとほぼ農作物に近い存在なんですよね。身近な植物で作ったものを、ありとあらゆる生活用品に展開していったのが日本人のすごいところ。
そうやって手元でさまざまなものを生み出せる文化は魅力的だし、圧倒的に自然と共生したサイクルが1,000年以上前から存在していることが素晴らしい。明治以降、大量消費の流れのなかで産業的には洋紙に負けてしまったけれど、今はかつてほど紙を必要としない時代になってきています。和紙のユニークさは見直されていくと思うし、日本人が古くから実践してきたことを改めて解釈して、今の生活に必要な和紙のあり方を考えていきたいんですよね。
遠山それってスープとも近いような気がします。どちらも衣食住において歴史があるし、風土によって変容してきたものですよね。
遠山本展で企画協力いただいた小池一子さんは戦争体験者なのですが、現代について「こんな時代を生きることになるとは思わなかった」とおっしゃっていて。世界が同時多発的に歪んでいくなかで、私たちはこの先どう暮らしていけるのかという問いに向き合わざるを得ない。最小限の暮らしに立ち返って、揺るがない野性を取り戻すことで、生きる基盤をもう一度見つめ直す必要があると思っています。
「スープはいのち」というメッセージにも通じるのですが、それが精神の豊かさにもつながっていくはず。生活における余白や遊びは大切なものですが、世界を見渡せば、そのような余裕すら許されない状況で生きる人たちも数多く存在します。ガザに、心の灯台といわれるカフェがあったんです。学生やアーティストが集まって、お互いの生存を確かめ合うような場所だったのですが、それはある意味、自分たちで希望という心の余白を作る取り組みだったと思うのです。現代の都市においても、人がゆるやかにつながれる場を作ることはとても重要ですよね。そうした場における食の役割として、ストリートフードの可能性を見直したいと思っていて。ストリートフードは、古典的な作法や規範から解放された、自由な食文化といえますよね。だからこそ他者と集いながら、ほどよい距離感を保って心地よく過ごせる。そして食を共有するには「何を食べるか」だけでなく「どこで食べるか」も重要で、できることならその場には土や植物の気配があってほしい。
アルバカ・カフェ
パレスチナ自治区ガザ市北部にあった、地中海を臨むカフェ。学生やアーティスト、記者らが集い、戦時下でも美しい海を眺めながら憩う貴重な場となっていたが、2025年6月30日(月)にイスラエル軍の空爆を受けた。
田中都市って、目まぐるしく変化することが普通じゃないですか。だから強固にその場所を保とうとするのではなく、変化を楽しんでテンポラリーに、身軽に生きていけるほうが健全な気がします。東京ミッドタウンだって毎日のようにイベントが開催されていて、久しぶりに来るとまったく違う風景が生まれている。それって田舎に住んでいる人からすると、ありえない光景じゃないですか。都市の存在意義は絶えず変化することにあると思うので、それを住環境にまで広げていけたらいいと思っていて。もっと軽やかな家があってもいいだろうし、常に移動できてもいいはず。
江戸っ子は、本当に大事なものを床下を掘って甕に入れておき、それ以外は手放してもいいくらい身軽に生きていたそうです。長屋で火事が起きたら家を破壊することで火をせき止めたりして、まったく未練がない。今はあらゆる情報が入ってくるし、ものや環境がそろっているからこそ、抱え込むのではなく、より身軽に生きていくことが真の豊かさなのではないかと思います。その点、和紙も屋外で使える建材の可能性を秘めていて。それこそ和紙でできた家は、強固なものには絶対にならないし、周辺の環境にすごく左右される生活になるでしょう。でも、そういう暮らしにこそ生きている実感が宿るでしょうし、自らの置かれた環境とつながるための装置として、住環境を捉えていきたいですよね。
遠山テントやパオのような最小限の住居を見ても、人間の歴史は移動の歴史ともいえる。人は本来、限られたもので豊かに暮らすための創意工夫の精神を備えているのでしょうね。
遠山私にとって六本木は日常の延長とは言いがたい街ですが、文化に触れることができて、意思を持った場所が多くある街というイメージ。パリのバスティーユに、高架下をギャラリーや工房として活用しているところがあって、実験的な展覧会を開催するなどとても豊かな場になっているんです。六本木も大きなビルから小さなギャラリーまで、大小の意思を持った空間が共存し続けられるよう、文化をつないでいくことが大事だと思います。
田中私は、高層ビルなどが建つ前に見学会をしてほしいなと思っています。
遠山面白いですね。
田中大学院の授業で、建設中のビルや解体現場を見学させてもらったことがあるのですが、とても興味深くて。ビルが建つ前の更地になった状態って、なかなか目にする機会がないですけれど、それこそ完全に土なんですよね。そういう状態の空間が、数週間でも1カ月でも開放されたら、都市のど真ん中にいながら自然を感じられると思うのです。六本木にはすでに世界中からいろいろな人やモノが集まってきて、十分に刺激的で楽しい街になっている。だからこそ、この特殊な街で大地に立っていることをダイレクトに感じられるような、自然と向き合える瞬間があったらハレーションを起こすと思うのです。そういうことをもっと気軽に体験できたら、新しいビルができるときのワクワク感も違うだろうし。
遠山そうですね。さっき話したストリートフードも、六本木にはデザインやアートの場があるからこそ、パフォーミングアーツみたいに人を巻き込むことができそうな気がします。
田中その場所をキープしていくとなると大変だろうけれど、テンポラリーに変化していく自由度が、隙間ごとに存在するのが理想的ですよね。大きなビルが建つような空間には、都市ではあり得ないくらい広い運動場ができるはず。期間限定でその場を活用して楽しんで、また新しいビルができて......という、変化を面白がれるシステムがあると楽しいですよね。

遠山繰り返しになりますが、私は身体的な体験の場をどう共有していけるかを考えるのが好きなので、今後も時間と空間、場のデザインを大事にしていきたいと思っています。「スープはいのち」のその後というのも、何らかの形でやってみたい。本展に参加いただいた写真家の津田直さんが、「時間の積層のある詩集のようなもの」を一緒に作りませんか? と仰ってくれたのですが、そうしたものを今後作っていきたいです。この展覧会を通じてさまざまな人と出会えたからこそ、ここから変化していくプロセスや、新たに生まれるものを可視化していくことが大事だと改めて感じました。
田中私の最近の興味は保存していくこと。美術でもデザインでも同じなのですが、特に美術の領域では作品の数は年々増え続けているのに、それらを展示して見せる機会や、適切に保存しておくためのスペースが不足しており、バランスを保つのが難しくなってきているんです。デザインに関しては、そもそも作品を保存する美術館が日本には少ないので、企業が頑張っていたりするのですが、なかなか手が回っていない状況です。現代のデザイナーがそういった作品にアクセスできる場が限られているのも問題で、無意識に過去の焼き直しをしたり、新たに思いついたアイデアのつもりが、すでに掘り下げられていたものだったりする。今のデザインももちろん大事ですが、過去から学べることもたくさんあるので、今後は保存のあり方も考えていきたいと思っています。
遠山その重要性にはものすごく共感します。自分の仕事でも感じることですが、過去の作品の哲学やプロセスを通して、私たちが新しくデザインできることも多いから......応援しています!
田中頑張ります(笑)。
撮影場所:21_21 DESIGN SIGHT企画展「スープはいのち」(2026年3月27日~8月9日)
取材を終えて......
スープというテーマの身近さや、身体感覚に共鳴するような展示構成だからか、いつもよりファミリーが多いように感じた企画展「スープはいのち」。子どもたちが楽しんでいるのが印象的で、その姿を見つめる遠山さんはとてもうれしそうでした。対談中、遠山さんが田中さんを「ケアの精神がある」と表現していましたが、その言葉が何よりの信頼の証で、媒介者としてのデザイナーに究極的に求められる資質なのかもしれません。そして田中さんだけでなく、遠山さんにもケアの精神を大いに感じたひとときでした。(text_hyodo ikuko)
