体験と同じぐらい大切なのは、想像力を育てること。
『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』『ルックバック』『ダンダダン』といった国内外で高い評価を受ける漫画作品の編集を手掛ける林士平さん。2006年に集英社に入社し、月刊少年ジャンプに配属されましたが、入社一年後の2007年にジャンプSQ(スクエア)編集部に異動し創刊編集者の一人となりました。その後、2018年に自らの希望で少年ジャンプ+(プラス)編集部へ異動。2021年には、同誌の副編集長を務め、数々の担当作品を大ヒットに導きました。2022年に集英社を退社、現在はフリーランスの編集者として活動しています。作家との深い信頼関係や鋭い企画力を武器に、急速にグローバル化が進む漫画文化のさらなる発展を支え、今最も注目を集める漫画編集者の一人である林さんに、編集を行う上で大切にしていることや漫画の未来についてお話を伺いました。
僕にとって漫画とは仕事であり、趣味なんです。仕事としてはもちろんそうなのですが、プライベートでも、漫画を読むのが本当に好きで。漫画は、移動中などの隙間時間にでもストレスなくさっとたくさん読めるのがいいですよね。漫画編集者は、どの漫画を読むときにも仕事目線が入ってしまいそうだと思われがちですが、意外と純粋に読んで、楽しんでいる気がします。実は、もともと漫画編集者になりたかったわけではないんです。学生の頃から、ただ趣味の一つとして見ていたものの、深く分析したことはないですし、真剣にその道を進むことも考えたことはありませんでした。就職活動をしていたときに「自分の好きなものの業界を軽く覗いておくか」ぐらいの感じで1社、集英社を受けたのがきっかけでした。
入社一年目で出会った社内編集者の大先輩が、何十年も業界に携わっている人で、漫画家への心配りが徹底していました。手みやげや作品を拝見するときの姿勢だったり、気遣いの塊のような人で。僕はどちらかというと気遣いが得意な人間ではなかったので、入社したときにその基準の最高値を見せてもらったことによって、人に対する意識が矯正されていった感覚があります。気遣いや誠意が漫画家に伝われば、自然と信頼を得られると思うんです。
今でもどの漫画がヒットするかというのは、わからない状態でずっとつくっています。人気作品になった目立つタイトルが担当作品として認知されていますが、実はそれらの作品以外にも同時に100人前後の作品を担当しているんです。野球での打率3割はスーパースターみたいな感じだと思うんですけど、僕はそれでいうと打率1割以下だと思います。もちろん売れている作品もあるので、とても嬉しいですが、名前が知られてない若い漫画家の人生もかかっているので、はしゃぎにくいところはあります。できれば担当している全員が売れていってほしいんです。昨年ぐらいからアシスタントを付け始めたので、自分の目が行き届かないところのフォローアップをもう少し効率化できるように試みているところです。
漫画家にとって、作品づくりは時間がかかるものなので、2週間に1本新作を持ってくる方はレアですね。1ヶ月に1本の方もいるし、2、3ヶ月に1本の方もいます。5年10年と時間をかけて打ち合わせをして、作品をつくり続けていくという仕事なんです。『チェンソーマン』の藤本タツキさんも『SPY×FAMILY』の遠藤達哉さんも10年、15年以上の付き合いになります。
漫画の編集をしていてやりがいを感じる瞬間は読者が喜び、漫画家が喜んでくれたときです。多くの人に読んでもらえるとやっぱり幸せですね。今は読者の感想がSNSやオンラインなどから拾いやすくなっていて、それは嬉しい反面、残酷なことでもあるんです。オンライン上だと読者の人数を精密にすぐに確認でき、送り出した作品が読者にどう響いているかが顕著にわかるんです。喜べるときは共に時間を共有し、苦しいときはどれだけ苦しさに寄り添ってあげられるかが大切になってきます。
日本の日付が変わるタイミングで、世界にも同時に最新話が配信されるんです。7、8言語ぐらいに対応し、配信後すぐに日本語以外の感想も届くので、翻訳機を通して確認する度に、昔以上に多くの人に届いているなという実感があり、嬉しくなります。日本だけの部数だと、なかなか、50万部100万部と積み上げるのは大変ですが、海外を含めると、大部数にたどり着ける作品が、ぐっと増えるんです。
日本の漫画は世界でも認知度が高いですが、過信するのは危険だと思っています。週末に映画を見たり、バーベキューに行ったり、ボーリングをしたり... ...。漫画が、そういった娯楽と肩を並べるくらいのエンタメであればいいなと思うし、それが日本だけに留まらず、いろんな国の人にとっても日常的なエンタメの選択肢になっていければ嬉しいです。
海外の読者にもわかるように、と、グローバルなアウトプットにする、というよりは、これまで漫画を読んできてくれた方や読者を想像しながら編集しています。海外の読者を意識しているのであれば『ダンダダン』で、日本独自の怪異である、ターボババアのくだりはいれないですよね (笑)。僕はこれといって海外の友人が多いわけでもなく、海外の若者の趣味嗜好を網羅しているわけでもないです。また、海外と一言でいっても、アメリカとヨーロッパの国々でも違うと思いますし、ヨーロッパの中でも各国でそれぞれの文化がありますよね。自分が肌感として理解している日本の文化の経験をベースに、作品づくりをしています。
撮影場所:六本木 蔦屋書店