「いいものをつくる」構造を日本で成長させる。
映画監督を目指して大学で映画を学び、CM制作会社を経た後に、VFXアーティスト集団・Khakiに飛び込んで、ミュージックビデオや広告の制作などを経験。あらゆるVFXの世界を知る太田貴寛さんだからこその、多角的な視点と思考から生まれる俯瞰力、コミュニケーション力を武器に、驚きと感動を与える映像作品をつくり続けています。2020年にはVFXスタジオKASSENを設立。新しい技術や仲間たちの力を掛け合わせ、フリーランスでも単なる大組織でも叶えられないモノづくりのスタイルを貫いています。太田さんのこれまでの道のりや作品と共に、日本の映像業界が今抱えるテーマや、思い描く未来を語っていただきました。
六本木は自宅に近いのもあって、日常でふらりと立ち寄る場所。特に今回撮影をした、けやき坂あたりは馴染みがあります。映画を見ることが趣味のひとつなので、妻と「TOHOシネマズ 六本木ヒルズ」に来て、この辺りでごはんを食べて帰ったりもしていますね。
けやき坂って、この坂道だけでどこにカメラを向けてもデザインされた街並みでフレームを埋めれそうなほど、雰囲気があるのがいいなと思います。実際には、坂の末端に行くとガチャガチャした日常が垣間見えてしまうけれど(笑)、この風景が広域に広がっていけば、日本はもっと綺麗な街になりそうだなと思ったりもします。以前、仕事でルーマニアに行ったことがあるのですが、ヨーロッパの、どこを切り取っても絵になる映画のセットのような街並みに感動しました。でも、六本木のように計画的に都市開発がされている街には、美しいエリアもたくさんある。その中で、みんなが示し合わせてデザインを統一するみたいな動きができれば、また街並みが変わるんじゃないかとも思います。
街を無意識に映像目線で見てしまうのは、仕事柄かもしれないですね。2020年にKASSENという、VFXスタジオを立ち上げました。VFXとは"ビジュアルエフェクト"という名のとおり、"視覚効果"のこと。撮った写真をCGで加工することや、3DCGで映像などに特殊効果を加えることもあれば、時に人物やキャラクターを動かすために、モーションキャプチャで動作をデジタルデータにして、3DCGの世界に持ち込むこともある。手法や技術は本当に多岐に渡るのですが、突き詰めていくと視覚効果を与えるあらゆるものが、VFXに内包されます。
会社ではCEOとしてだけでなく、現場に出てVFXスーパーバイザーとしても動いています。VFXを扱うプロジェクトは、多岐に渡る分野のスペシャリストが集まってつくるもの。それぞれが専門性の高いジャンルなので、作業としてはかなり細分化されていて、セクションごとに担当者が異なります。バラバラになりがちな各担当者を統括するのが、VFXスーパーバイザーの役目。いわば、管理職ですね。
さらに、僕の場合はディレクターを兼ねることもあります。最近でいうと、サントリー「THE STRONG 天然水スパークリング」のプロモーションで制作した、『GEKIAWA THE STRONG』という作品で、VFXスーパーバイザー、ディレクター、さらに映像の仕上げまでを手がけました。実際の作業で言うと、こんな技術を使ってつくりたいというプランの提示と共に、決まった期間で、こういうやり方をすれば実現できると道筋をつくります。また、仕上げ作業に当たって、どれくらいつくり込んだデータをもらえば最終の仕上がりを担保できるかを計算して、各アーティストに具体的な指示を出しました。ここでは、みんなの"つくり甲斐"がバラバラの方向へ散らばらないようにまとめ上げるのが僕の役割。各アーティストへは、一番つくり甲斐のあるものをつくってほしいと、自分たちの思いや熱量について話しました。
1年ほど前にVFXスーパーバイザーとして関わった、BUMP OF CHICKENの『なないろ』のミュージックビデオも、ありがたいことに多くの反響をいただきました。この時は林響太朗監督から、「こういうアイデアがあるけど、どうすれば形にできるか」というお話をいただいて。僕たちで作業を切り分けて、誰が何をすればこうなるという道筋を立て、実行していく流れでした。撮影後の仕上げ期間が10日程度という短い期間だったのもあって、この撮影ではLEDウォールという技術を使ったりもして。いろいろなやり方を模索する中、多くの発見がある現場でした。
そして、Khaki時代に関わった映画『約束のネバーランド』は、自分にとってとても大きなプロジェクト。本来は映画を丸々1本仕切るなんて、映画に関わっている会社にいて、ある程度、年次を重ねた人でないと難しい。仮に監督からの指名をいただいたとしても、経験がないとプロダクションからGOが出ないことも多い。映画業界に限らないことだと思いますが、やはり経験がない"1本目"はハードルが高いもの。そう考えると、ありがたいチャンスをいただけたなと思っています。
『約束のネバーランド』での経験が、その後の自分に大きな影響を与えています。そもそも僕はVFXスーパーバイザーになろうと考えていたわけではなく、映画監督を目指して映画の学校に通っていたんです。ただ、将来を考えた時、一度広く勉強をしてみたいと、卒業後3年間は映像の制作進行の業務をしていました。少し感覚が掴めたかなという時に独立をして、VFXアーティスト集団であるKhakiに弟子入り。そこで、立ち上げから関わったのがVFXとの出会いです。
Khakiが手がけているのは、主に広告系の映像やミュージックビデオ。Khakiのメンバーは一人ひとりがとても優秀で、限られた期間に少人数でできる限りのことをやるのがスタンダードでした。限られた短い期間の中で、自分ができる範囲の事をやることが当時の僕にとっては当たり前でしたが、映画を経験してみて、1人で無理してできることの限界に気づいたんです。映画では、大勢の人と効率よくコミュニケーションを取りながら、どう作品のクオリティーを上げるかをみんなで考えている。1人ではなく、たくさんのスペシャリストたちと協力しながらひとつのものをつくり上げる。そのつくり方に、すごく感銘を受けました。
同時に、広告の映像制作もこの映画制作のようなやり方で進めるべきだと実感しました。現状、広告はクライアントがいて、プロダクションがいて、代理店がいてという構造の中で、モノを売るための手段として映像をつくることが多い。言い方は難しいですが......作品そのもののクオリティを高めることは、そこまで求められていない場合も往々にしてあります。つくり手側も「世の中そういうものだから」って、諦めている部分があるんじゃないかな、と。でも、やっぱり諦めたくないじゃないですか。
その中で今後、自分が映像、VFXをやっていくのなら、フリーランスではなく、改革するチームをつくってやっていきたいという気持ちが強くなっていきました。それが、会社をつくった大きな理由のひとつでもあります。正直、目先の個人的な利益を追求するなら、こじんまりとフリーランスでやった方がいいかもしれない。でも、自分1人でできることの限界を越えるには、大勢の力を集めて高みを目指すために、未来に投資するべきだと思ったんです。
なにより、モノづくりはみんなで取り組んだ方が楽しいし、チームであれば、仲間と得意・不得意を補い合うことができる。力が合わさることで、かけ算にもなっていくんです。まさに、社名のKASSENには、そんな願いも込めています。ロゴの"×"マークは、刀を交える鍔迫り合いと、コラボレーションの「かける」マークをイメージしたもの。思いをぶつけ合い、つばぜり合いをして、フリーランス隆盛の時代に、あえて1人ではできないものをつくって世の中を驚かせていきたい。そんな思いで、日々、モノづくりと向き合っています。
撮影場所:六本木けやき坂通り、六本木ヒルズ