意味から切り離された、ただそこにあるという神々しさ。
ワニがまわる作品が生まれたきっかけは、最初は適当というか、偶然というか。大学3年生の時「電気を使った芸術装置」という、今まで一度もやったことのない種類の課題が出て、それで、「次の朝起きた時、頭に思い浮かんだことをやる」というルールだけを決めたんです。そしたら、目覚めてなぜか「ワニがまわる」と思っちゃったんですよね。その理由はもう今となっては辿ることができないので、国立新美術館の展覧会『ワニがまわる』のチラシにも「ワニがまわる理由は、聞かないで欲しい」って書いてあるんです(笑)。
はじめてワニをまわした時、結構ショックだったんです。自分でつくったにも関わらず、さも最初からそこにあったかのように、すごく不思議なものを見せられている感じがして。その感覚が忘れられなくて、「なんでワニがまわったら面白いんだろう」ということを確認するために膨大な数の作品をつくり続けてきた感じです。
この展覧会の出品作《スピンクロコダイル・ガーデン》は、作家としてのデビューのきっかけになったシリーズです。これまでずっとワニをつくり続けてきたわけだし、ワニだけで1回勝負してみたいっていう気持ちがあったんです。今回、国立新美術館で個展を開催することになったのですが、本当はもうちょっと歳をとってからやりたかったんです。「先生、次の展示どうしましょう」「じゃあ、ワニまわそうかな」「ついに集大成ですね! 」という感じで。思ったより10年いや20年早く機会が来ちゃいました(笑)。
国立新美術館のように広い展示空間にはこれくらいなきゃ駄目だろうと、今回は12メートルのワニをつくりました。動かしてみたら、デカすぎて思わず笑いました。と言っても、自分のアトリエの庭だから大きく見えたのかもしれない。これが美術館の空間で見るとどうなるか心配な気持ちもあります。さらに、1,000匹の小ワニもつくりました。1,000個もの作品をつくるのははじめてなので、筋肉が鍛えられましたね。
何ヶ月もの時間とお金をかけて制作したものが作品として成立するかどうかは、作品の電源を入れる瞬間に決まります。完成形の状態で想像できることもあるけれど、それまでは面白いのかどうかまったくわからない。動く瞬間にはじめて、作品になるかが判断できる。だから昔は、電源を入れようとする度、手が震えました。
作品になるか、ならないかの境界線にはいくつかの要素があるんです。ワニの作品の場合は、スピードです。最初の頃は、スピードが持つ凶暴性を求めて、ワニを2秒で1回転させていました。それから作品ごとに、スピードを調整しながら速くしていって、どの時点から作品として成立するのか、実験していました。
そんな時、ある人から「絶対ゆっくりのほうがいいよ」とアドバイスをもらったことがあって、「いやいや、そんなことないって」と試しに遅くしてみたら、心から「いいな」と思えた瞬間があったんです。ここ何年かは、ゆっくり動いても納得できる自分がいます。昔はあんなに重要だと思っていたスピードですが、今は掌を返すようにゆっくりでも大丈夫になって、どういうことなんだろうと思います。ワニがまわっているということのバカバカしさの中にある魅力に、我ながらあらためて気づいたのかもしれません。
そのあとに制作した《TOKYO マシーン》は、動力を伝達するチェーンで文字を表現した作品ですが、構造がより複雑になっています。モータのスペックなどの問題で、そもそも動かない可能性が大いにある。だからこの作品の場合は、まずは動くかどうかが作品として成立する要素で、動いているだけでラッキー、と思えるんです。
僕は憑依型というか、つくるべきものが頭の中にあって、次はあれ、その次はあれ、と一つずつ具現化していくタイプの作家です。そうやってきたから、だんだん、「次にどうしたいか」がなくなってきた感じもあります。
『ワニがまわる』展の企画で、漫画家の吉田戦車さんと対談させていただいた時に、『伝染るんです。』を描いた当時のことを聞いてみたんです。そしたら、「あの時は誰かに描かされているような気分だった」と仰っていて、僕と同じような感覚を持っているんだな、と感じました。
誰かにつくらされている、もしくは何かが「降りてくる」ような感覚は、求めても得られるものではないのも事実です。「あそこに行ったら、ああなるかな」と思っていてもそうはならなかったり、逆にふとした時に何かを思いついたり。以前、山をテーマに作品をつくったことがあるのですが、その時はワーっとアイデアが浮かんできました。山がどうなったら一番山っぽくなくなるかを考えて、「"一番登山しなさそうなもの=山"そのものを登山させよう」とひらめいた。そうなると、ここがチェーンで、ここにスイッチがあって......と構造が一気に頭に浮かび、そこから先はプラモデルのような世界。無心にパーツを組み合わせていくのは、とても気持ちよかったです。
何かに突き動かされる感覚や、期待で手が震えるようなあの感覚をまた味わいたいというのが、今も制作のモチベーションになっています。
撮影場所:『ワニがまわる タムラサトル』(会場:国立新美術館 企画展示室1E、会期:2022年6月15日〜7月18日)