ファッションデザイナーも街づくりの一員に。
もともと、一点物の服を多くの人に届けていきたい思いがありましたが、さまざまな研究や開発をしていた最中に新型コロナウイルスの影響で、チームでものづくりをすることが難しくなり、アトリエの機能も止まってしまいました。そんな中ミュージシャンの方などが、自宅から動画サイトで音楽を配信しているのを見て、ファッションデザイナーも何かできるのでは、と思ったのです。そこで立ち上げたのが、手持ちの白シャツを仕立て直す「Face to Face」というオーダーメイドプロジェクトでした。当初はもう少し先の未来で実現させようと思っていたアイデアだったので、まだ荒削りな部分もあったのですが、気持ちが沈みがちな状況で少しでもファッションの楽しさを届けられたら、とスタートさせました。
どういうリアクションが来るか、予測がつかなかったのですが、国内外からたくさん注文をいただきました。本当であれば全員におつくりしたかったのですが、抽選で25名の方に絞らせてもらい、オンライン越しに1対1で対話をして、自身の服に対するこだわりや思い出などを語っていただきました。こちらからも、より相手を知るために、「コロナが落ち着いたらどこに行きたいですか?」「普段はどんな服装をしてますか?」など、いくつか質問をさせてもらいました。仮にタンスに眠っていた服だとしてもさまざまな思い出があって、買った時の値段では測れない価値が詰まっているんです。なので、とても大切なものをお預かりするのだ、という責任を感じました。
通常のオーダーメイドは直接お会いして採寸するプロセスがありますが、今回はオンライン越しに思いをお聞きしたり、仕立て直す前のシャツを着ている姿を拝見したりして、手を加えていくというプロセスを踏みました。ひとりひとりと向き合ってデザインを考えるのは、エネルギーがいることですし、非効率的ともいえます。それでもこの取り組みを通して、服を長く大事に着るきっかけになれば、と思ったのです。中には、このプロジェクトを機に新しく生まれ変わりたいとおっしゃる方もいて、本当にさまざまな思いで申し込んでくださったのがありがたく、自分にとっても、とてもいい経験になりました。
今はセンスを磨こうと思ったら、インターネットにアクセスしさえすれば、瞬時にそれなりの情報を集めることができます。だからこそ差をつけにくくなっているんです。これからファッションデザイナーの仕事は、よりサービス業に近くなっていくのではないでしょうか。衣服は変わらず軸ではあるのですが、衣服の周辺にある体験を届けることへとシフトしていく。そういう意味でファッションショーのようなイベントは、体験の場として今後もなくならないと思っています。ただしこれからは、プロフェッショナルの人たちに限定された場から、消費者の方にもより開かれたものになっていくのかもしれません。
コロナ以前、ファッション業界全体のスピード感はどんどん速くなり、アウトプットの回数も増えて、短期間で効率よくつくることが求められてきました。その流れを見直して、ひとつひとつのコンテンツにさらに時間やエネルギーをかけて質を上げていく動きは、クリエイティブにとってはとてもよいと思います。やはり短期間でいいものをつくろうとすると、ゼロから生み出すというより、すでにある何かを組み合わせて新しいものとして見せていくようなことしかできないんですよ。素材から開発していくような根本から見直すものづくりは、短期間では絶対にできません。その点、建築やプロダクトデザインなど、年単位の開発時間を設けている他分野のものづくりに、羨ましさを感じたりもしていたのですが、コロナをきっかけに、ファッションも時間をかけて、より質を重視したものづくりをするようになっていくことを期待しています。
オートクチュールは車で例えるならF1レースのようなもので、最高の技術で今考えられるもっとも美しいものを発表する場といえます。デザイナーの腕の見せどころとしても大切ですが、デザイナーと顧客が対話をして服が生まれていくプロセス自体も理想的だと思っています。なのでオートクチュールのフィロソフィーを持った新しいサービスやプロダクトが、今後増えていく可能性にも注目しています。服づくりはどこか一カ所をアップデートしても大きな変化にはならないので、総合的なアップデートが必要になります。その橋渡しがデザイナーの役目であり、分業になっているそれぞれをつなげていくことができたらいいと思っています。
「21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3」では、2018年に、エキシビション「HARMONIZE」をやらせていただきました。その時も未来の服についてさまざまな提案を投げかけました。場所柄もあって感度の高い方々がたくさん来てくださって、「こういう未来の服があったら面白い」とか「こういう服を着てみたい」という意見交換がなされて、とても有意義な機会でした。もうひとつ印象的だったのは、三宅一生さんが足を運んでくださったことです。三宅さんはオートクチュールからプレタポルテに移行する60年代、70年代を振り返り、時代とともにプレタポルテをつくっていったご自身の経験を語ってくださいました。そして「もしかしたらプレタポルテは次の段階に移行していくのかもしれないね」ともおっしゃっていただいて、その言葉にとても勇気づけられました。
街を舞台にやってみたいとずっと思っているプロジェクトがあります。都市開発の観点から街づくりについて考える時、交通や建築、インフラなどに注目するのは当然ですが、衣服やファッションデザイナーの役割にまで目を向ける人はおそらく少ない。その点、江戸時代に注目してみると、都市の中で衣服が高いレベルで循環されているんです。具体的には、生地を売っている反物屋がいて、それを仕立てる着物屋がいて、リペアするために回収する人や解体する人もいる。さらに着物は着られなくなったら最終的には雑巾にして、燃やして灰を肥料にするところまで使い切っていました。リサーチしていく中での想像も含めてなのですが、いつでも誰でもそういったサービスを受けることができて、着物と都市のあり方が連動していたのではないかと思うのです。
現代においても、都市開発とともに衣服の循環を構築できないだろうか、と考えています。もちろん今も生地屋やお直し屋などはありますが、服を手づくりする人が限られていることもありその数は非常に少ない。しかも衣服のリサイクルは、ボタンやファスナーなどさまざまな素材が使われているので、紙と比較するとコストとエネルギーがかかって難しいといわれています。つくる人や直す人、リサイクルする人などが、すべてバラバラになっているのも要因のひとつだと思っていて、それらを全体的に設計することができたら、効率よく循環していくと思います。規模の大きな話ではありますが、ファッションデザイナーの視点も都市構想に加わっていけば、もっと面白いことができるはずです。
取材を終えて......
オートクチュールをより多くの人に届ける。一見、矛盾した服のあり方のように思えますが、研究者のような探究心を持つ中里さんのお話を聞いていると、決して夢物語ではない気がして、誰もが一点物の服を着ている未来を想像してワクワクします。そして心躍るこの感覚こそ、ファッションにはとても大切な要素なのだとあらためて感じました。衣食住のひとつを構成する「衣」が、都市にもっとコミットすべきだという意見にも大いに共感。ファッションが街をもっと楽しくしてくれる未来がもうそこまで来ているのかもしれません。(text_ikuko hyodo)
(撮影協力:21_21 DESIGN SIGHT)