続けることで見えてくる景色がある。
1日の行動パターンを色で記録するアートワーク『Life Stripe』や、カラフルなテープで表情豊かな空間を創出する、ミラノデザインウィークの展示でも話題の、SPREADの小林弘和さんと山田春奈さん。「広げる」という意味を持つSPREADのクリエイティビティは、色という感覚的な美しさを呼び水に、さまざまなイマジネーションを広げてくれます。2019年10月18日(金)から11月4日(月・振休)まで開催される「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2019」に出展している「六本木カラー渓谷」の制作エピソードとともに、色やデザインが秘めている可能性をお聞きしました。
小林ふたりの役割分担は、はっきりとあるわけではないんですけど、ざっくり言うと山田がアイディアを出してリサーチしたものを、僕が仕上げる。夫婦なのでずっと一緒にいますし、普段から気になったことは常に話し合ってます。
山田彼は新潟出身で、私は東京近辺を転々としていたので、育った環境は全然違いますし、勉強してきたことも彼はグラフィックデザインで、私は環境デザイン。なので同じ分野で話し合うというより、ちょっと違う脳みそを使って話している感覚があります。なにより私たちのデザインのつくり方は、まず議論。言葉を整理して、これってこういうことだよねと言語化していく過程が大事だったりします。
小林コンセプトがしっかりできないと、ものが見えてこないっていうのはたしかにありますね。
山田私たちのクリエイティブのベースになっているのは、15年前に最初に発表した『Life Stripe』。1日の行動を色で表現している作品ですが、国内外での作品展を通して色の向こう側の風景を伝えることができたという実感を持てたんです。当初は「これは何の役に立つの?」と多くの人に言われました。日本では「アプリにしたらいいんじゃない?」とか「素材は何を使ってるの?」という声も多いですが、ヨーロッパで展示するとそういうことはまず言われません。「この赤にエナジーを感じるんだ!」と感情的になったり、同じ人が次の日も来て「昨日の僕はこの色がよかったけど、今日はこれじゃないな」などと自分なりに読み解くんです。家族のことや戦争体験など自分の背景をお話される方も多くて、泣き出してしまう人もいます。「この人のことは知らないけど、知り合いになった気分だ」と言ってくださる方も。
小林このプロジェクトは、クライアントがいるわけでもない。なので、世の中に対する自分たちの試行錯誤が直接結果として見えてくるんです。
Life Stripe
山田ミラノ大学で日本美術史を専攻している学生に、Life Stripeをつくるワークショップをしたこともあります。まず自分のある1日を設定して、Life Stripeをつくります。その次に誰でもよいのでヒアリングをしてもらって、その人のLife Stripeをつくる。人に聞くという行為が生まれることで、自分と社会という関係性に広がるわけです。それである女の子が父親にヒアリングをしたら、21年前の1日について話してくれて。朝から晩まで何をしたのか、こと細かに覚えていたらしいんですけど、何故かというと、その日は彼女が生まれた日だったのです。彼女の知らないエピソードをLife Stripeを通して父親と共有できたことは、それ自体がもう感動的ですよね。
小林2016年に茨城でリサーチをした時は、2000年に亡くなったおばあさんの前日の様子を教えてくれた方がいました。眠っている時間が多い、とてもシンプルな1日だったんですけど、自分の祖母が亡くなった時のことを思い出したり、将来、孫ができたら僕が死ぬ時にどう思うのだろうと考えてみたりして、過去と未来に想像が行ったり来たりできるんです。
山田見ているのはただの1パターンなのに、過去や未来の自分、あるいは家族などいろんな人のストーリーが蘇ったり、つくり上げることもできる。抽象化することで、クリエイティブできる状況が生まれるのが、Life Stripeの可能性だと思っています。
小林日本では約15万日分のデータを集めたのですが、最近はイタリア、スイス、中国など海外からも集めていて、地域が変わると行動の傾向が変わるのもわかってきました。それとは別軸で、移民をテーマにしたリサーチも始めています。
山田「ある1日を教えてください」とシンプルに聞くのですが、日本人は仕事をした日を教えてくれることが多いのに対して、イタリア人はデートした日を教えてくれるんです。デートはピンクで表現しているので、ピンク色のストライプがかなり多くなり、並べると単純に私たちもテンションが上がります。日本人はデートをしても隠すというか、「映画に行った」などと表現しがち。それがイタリア人には神秘的に見えるらしいですけど(笑)。
小林もし六本木を色に例えるとしたら......黒と蛍光ピンクと蛍光緑かなあ。
山田私も緑が思い浮かんだけど、わりと鮮やかな緑ですね。六本木は40年くらい前から再開発を頑張ってきたこともあって、緑地計画がしっかりしている。だからグレイッシュなビルのイメージかなと思いきや、意外と緑が多いんですよね。
小林うちの事務所には、海外からのインターン希望がよく来るのですが、中にはスイス出身の学生がいたりして、なんでタイポグラフィーの本場からわざわざ日本に来たんだろう? と思うんです。どうやら彼らにとっては、伝統的なものと秋葉原みたいなごちゃっとしたものが一緒くたにあるのが、魅力なようで。ほかにも中国出身の女性スタッフがいるんですけど、彼女が好きなのは日本のアイドルとデザイナーの浅葉克己さんですからね。
山田すごいコントラスト(笑)。歌舞伎町もあれば、歌舞伎座もあるみたいなコントラストの強さが、海外の人にとっては東京の面白さだったりするみたいです。
小林彼らにとってはどれも同等で、その感覚が普通なんです。だけど日本人の僕からすると、"デザイン村"と"アイドル村"みたいなものの間には壁があって、相容れないように感じてしまう。ただ、もっと柔軟性はあってもいいと思うんです。壁を完全になくす必要はないし、無理やりコラボレーションするのも違う気がするのですが、堂々と認められるような空気をつくりたい。朝食のバイキングで納豆と洋食を組み合わせてもいいんだよってことを教えてあげたいんですよね。
山田ちょっといけないことをしている感じがするけど、意外とおいしいかったりしますからね。
小林どういうチョイスをするのか、ミックスプレートのセンスを競い合うのも面白いかもしれない。選んでいる本人は、その共通項が意外とわかっていなかったりするから、批評家を立てるのもいいと思う。
山田新しいことを仕掛けるのもいいけれど、「DESIGN TOUCH」のようなイベントなんかは特に、継続していくことが大事ですよね。新しさを求めて続かなくなる例も結構ありますけど、続けていくことで伝わるし、定着していくこともあると思うから。Life Stripeも、一度見ただけでは色の向こう側にある景色はわからないかもしれないけど、何度も見ていると感じてくるものがある。結局それは、受け手側の成長だったりもするんですよね。
小林10代で夢中になった音楽を5年後10年後に聴くと、いい音楽ほど違う発見があったりするじゃないですか。それは僕らがクリエイティブで目標にしていることでもあって、一回で終わるのではなく、自分の成長や状況の変化で違う環境になった時に、同じ作品から新しいことが見えてくるのが理想だと思っています。受け取る側がそういう視点を持てたら、次々と新しいものをつくる必要はなくなる。そうなったらたぶん、落ちている石でも笑えるようになるんじゃないかな。
取材を終えて......
大学の同期で、仕事のパートナーで、夫婦でもあるおふたり。南アフリカの大地で「コントラストは美しい!! 」と雷に打たれるような発見をして、色に魅せられてきた15年にわたるストーリーは、おそらくその何年も前から序章が始まっていたのでしょう。積み重ねを感じさせるおふたりのお話は、まさに過去や未来の向こう側の景色を見せてくれるような体験でした。印象的だったのは「悪い色なんてない」という小林さんの言葉。たしかにその通り。色は時に、言葉よりも雄弁なのかもしれません。(text_ikuko hyodo)