続けることで見えてくる景色がある。
1日の行動パターンを色で記録するアートワーク『Life Stripe』や、カラフルなテープで表情豊かな空間を創出する、ミラノデザインウィークの展示でも話題の、SPREADの小林弘和さんと山田春奈さん。「広げる」という意味を持つSPREADのクリエイティビティは、色という感覚的な美しさを呼び水に、さまざまなイマジネーションを広げてくれます。2019年10月18日(金)から11月4日(月・振休)まで開催される「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2019」に出展している「六本木カラー渓谷」の制作エピソードとともに、色やデザインが秘めている可能性をお聞きしました。
小林僕らが作品をつくる時は、国内でも海外の仕事でも必ず現場に足を運んで、まず場所を見ます。「見る」というのは、ぼんやりそこに佇むことも、土地の歴史を調べることも含めてなのですが、できる限りその場所を理解して、場所とコラボレーションしてつくりたいという気持ちがあります。「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2019」で展示をするお話をいただいたのは、1年前の紅葉の時期。街を歩いていると色鮮やかな葉っぱが地面にたくさん落ちていました。こういう光景は高揚感があるよね、とふたりで話をしていたのですが、桜が散る頃や台風の後も同じようなことを感じていて、そんな感覚から「地面をつくる」というアイディアを思いつきました。
それとは別に、たとえば森林の緑や海の青をぼんやり見ている時があるじゃないですか。だけど本当に見ているのは、色ではないってことにある時気がついたんです。大胆に言ってしまうと、ですよ。じゃあ何を見ているかというと、色の奥にある無数のコントラストを見ているんです。海だったら風が吹いて波が立つと、ハイライトで光る部分と影になる部分ができるし、海の中にいる生き物が動いたり、船が行き来したりなど、いろんなコントラストが集合して面になっている。その様が心を打つんだなって。自然だけではなく、紙に印刷された色を見ても同じように感動することがあるのですが、そういう時は大体マットな紙なんです。なぜかというと、マットな紙は拡大すると凹凸があって、ここにも小さい光と影ができているから。そのことに初めて気づいたのが、15年くらい前に南アフリカへ行った時。日本よりも日差しが強くて湿度も低いから、光がガツンと入ってくる。それを見て、頭ではなく肌でわかってしまったんです。「コントラストは美しい!! 」って。
山田わかったことにした、という感じですね。どちらかというと。
小林その時はただわかっただけで、さっきの海とか森の話が出てきたのは、ここ5年くらいのこと。色の奥にあるコントラストが大きな存在だと考えて、人の記憶を蘇らせる色の組み合わせを追求してきたのが、これまでの15年くらいのストーリー。それと「DESIGN TOUCH」のコンセプトを組み合わせて出てきたのが、『六本木カラー渓谷』なんです。
小林会場となるミッドタウン・ガーデン周辺には、川のイメージがまずあって、普段の場所の雰囲気を感じさせつつ、がらりと景色が変わるものがいいと思いました。最初は渓谷にある石や流木をゴロゴロ置いて、それらをショッキングピンクなど非自然的な色にするというアイディアでした。だけどその後、考えが変わったんです。
山田年々、環境問題の切実さをひしひしと感じていたのですが、今年のミラノデザインウィークの後、ロンドンに滞在したちょうどその時に、大規模な環境デモに遭遇したんです。5箇所のデモの集合地点がわたしたちが泊まっていたピカデリー通りで、1週間くらいバッティングして。それを見て、ものをつくること自体にデフォルトで責任を持つべきだと思うようになりました。何かをつくることだけを楽しむのではなく、使われる素材にはじまって、廃棄された後のことまでちゃんと考えてみようよ、と。それでこれはもうメッセージとして受け取るべきなんだろうなと痛感しました。
ミラノデザインウィークへの出展は、2019年で8年目。最初の4年はSPREAD単独で、5年目からは空間装飾テープブランドの「HARU stuck-on design;」と出展しているのですが、環境に関する鋭い質問が年々増えているのを体感しています。例えば、「HARUはどういう点がサスティナブルなのか?」と聞かれて。「壁に色をつけたい時、ペンキだと下にビニールを敷かなければいけないけれども、HARUはテープなのでその必要がない。手間も少ないしゴミも少ないんです」と説明すると、現地の人たちには結構納得してもらえるんです。この点は、日本の人たちが感じる改善点のポイントが少し違うかもしれません。日本で「エコ」というと、素材の話になってしまって、部分的な改善になりがちです。でも、向こうの場合は、もう少し広い視点がある。なので、今回の『六本木カラー渓谷』は感覚的にサスティナブル、循環といったことをみんなが感じられる表現にしてみようと。最終的に作品の素材として布を選んだのは、終われば巻いて生地になるから。別の作品にも使えるかもしれないですよね。
HARU on stuck design;
小林あとは、ものというより環境をつくりたいと思ったんです。当初考えていた石や流木は具象的すぎて、物体を見るという行為に集中してしまう。もっと抽象化したほうがイマジネーションを広げられると思い、コンセプトはそのままで、流れや色、大きなうねりのようなものを布で表現する現在の方法に変えました。見る対象がクリエイティブというより、その空間に佇むことで見る人の心のスイッチが押されるようなクリエイティブを目指したのです。
ミッドタウン・ガーデンの道は、散歩している人、通勤する人、ベンチでご飯を食べている人、石に座って休んでる人など、多様な人が行き来していますよね。僕らもよく通るのですが、安全だし、緑があって気分がいいし、象徴的なものがないから、いい意味で何も考えずに歩けます。この場所の記憶を辿ると、ミッドタウンになる前は防衛庁で、もっと前は武家屋敷で。今よりは閉ざされていただろうけど、やはり行き来が激しかっただろうなと想像できる。いろんな生命が、いろんなスピードで行ったり来たりしている場所であることや、大きなうねりや流れといった循環のイメージから、「動脈と静脈」というコンセプトを考えました。色合いでも、ピンク、赤、オレンジを動脈、青を静脈に見立てています。
小林去年、シンガポールの教育省からご招待いただいて、カンファレンスに参加してきました。シンガポールは教育に力を注いでいて、今までの方針はどちらかというと詰め込み教育だったのですが、多様性を尊重するためにもアートを取り入れて感性を育むことを重視しつつある。そんな中、学校のアートティーチャーを対象にワークショップを行いました。「抽象的表現の読み取り方とつくり方」をテーマに壁画をつくろう、という内容だったのですが、先生たちのアウトプットするものは、これがビルで、ここに人がいて、と考え方がとにかく具体的で物語がひとつしかなかったんです。ただ、抽象的な作品は受け取る人の心の中で物語をいかようにもつくっていけるんです、と糸口を教えると、先生たちの表情がみるみる明るくなっていって。僕らがいつも扱っている色も抽象なのですが、そこから得られるものってすごく豊かなものがあるはずで、日常的に意識していくのは大事だと思うんです。
シンガポールに限らず、日本も同じようなことが言える気がします。もちろん日本はアートもデザインも発展してきているけど、日常の中にアート的考え方、デザイン的考え方を生活に取り入れているかという点では、それほどではないかもしれない。例えば、イタリアと日本のタクシードライバーのどちらが奇抜で面白い会話ができるかというと、圧倒的にイタリアなんですよね。彼らは僕らの作品を「これはこういうことでしょ? 俺だったらもっとこうするけどね」と普通に批評してくるから。それでいいんですよ。
山田積極的に発言するし、それを受け入れる土壌がありますよね。日本だと正解を言わなければならない空気があって、下手なことを言うと一斉攻撃されかねない。抽象的な余白は、その救いになるんじゃないかな。
小林もっと社会が機能性だけではない抽象性を受け入れる必要があるし、余剰の中に豊かさは生まれますよね。それに抽象性は、人格や生きていることの肯定にもつながると思うんです。「それでいいんだよ」と。