六本木の美術館やギャラリーを舞台に繰り広げられる「六本木、旅する美術教室」。アートディレクター尾原史和さんがインタビューで語った「アートの受け手側の"考える力"は、教育的なところから変えていくべき」という提案を実現するべく、クリエイターやアーティストのみなさんに、その人ならではの、美術館やアートの楽しみ方を教えていただきます。
第4回目となる「六本木、旅する美術教室」の舞台となったのは、「民藝 MINGEI -Another Kind of Art展」。21_21 DESIGN SIGHTディレクターでもあり、日本民藝館館長を務める深澤直人さんが、同館の所蔵品から選び抜いた、新旧さまざまな約150点の民藝が展示されています。会場となった21_21 DESIGN SIGHTで、"授業"が行われました。
授業開始にあたり、まずは21_21 DESIGN SIGHTのプログラム・ディレクターを務める前村達也さんから本展の企画趣旨が説明されました。
前村達也 今回の企画タイトルにある「Another Kind of Art」。これは、柚木沙弥郎さんが発した「僕が求めるのは、染色家という肩書きや民藝というカテゴリーじゃない。『Another Kind of Art』なんだ」という言葉に感銘を受けた深澤さんの発案によるものです。アートとは、通常つくり手の内面が湧き上がってきたものが表現されていることが多いです。しかし今回のテーマは、そうしたメッセージを伝えたいというアートの思考とは違う「もうひとつのアート=民藝」なんです。つまり、職人的に反復するなかで、個々の意志から解放された状態で、無意識につくり手の内面が自然と立ち現れていることに、アート性を感じます。なかには有名な作家さんの手によってつくられたものもありますが、大半が無名の職人の手によってつくられています。アート作品に付されることが多い解説も、本展では、来場者の方に直観的にものと対峙してもらうためにあえて付けていません。
会場の入り口には、深澤さんが「日本民藝館を象徴するもの」として選出した作品が置かれています。重厚感があるドーナツ型の木製机はプロダクトデザイナーの柳宗理氏のデザインで、日本民藝館三代目館長でもあった彼の代から、打ち合わせの際に使っているものだそう。鈴木さんは机を眺めながら、「なんで内側が空いているのでしょうか?」と疑問を漏らします。
前村 鈴木さんのように、「なんでだろう」と疑問を抱くことも、"Another Kind of Art"=民藝を楽しむポイントです。「どのように使われていたのか」「なぜ、この形なのか」など、湧き上がってくる疑問を大事にしながら、独自の視点を養ってください。
メイン会場となるギャラリー2には、約17,000点ある日本民藝館の所蔵品から深澤さんが直観で選んだ作品が並んでいます。深澤さんが作品を初めて目にした時に感じた素直な感情が、それぞれの展示台にテキストで添えられています。
前村 みなさんも深澤さんのように、作品を見て自然に湧き上がる"心の声"に耳を傾けてみてください。作品が醸し出す雰囲気や佇まいなどに向き合い、直観的に好きか嫌いかを判断するのも、民藝の楽しみ方のひとつです。日本民藝館の所蔵品は、創設者である柳宗悦さんが直観で選んだものです。ここにあるのは、それらの作品群の中からさらに、深澤さんが、自らの直観と、柳さんの直観への共感も交えつつキュレーションしたもの。ここでは、そこからさらにみなさんが直観で選ぶという、「視点の反復練習」を楽しんでいただければと思います。ここで気に入った作品があれば、ぜひ日本民藝館にも足を運んでみてください。この部屋が、みなさんにとっての「民藝の入り口」になれば嬉しいです。
鈴木康広 作品がつくられた時期や用途など、専門的な解説を書こうと思えば、いくらでも書けるはずです。しかし、ここに記されているのは深澤さんの感情から表出した直感的な言葉。この展覧会では、民藝を目の当たりにした自分自身の気持ちを大事にしながら鑑賞してほしいですね。
【民藝の見方#1】
直観に従って、お気に入りの作品を選ぶ
まずはじめに鈴木さんが興味を示したのは、火鉢や燭台などが並べられた展示台。深澤さんによるコメントには「この二つの火鉢を見たとき、『民藝はヤバイ』と思った」と記されています。
鈴木 この鋏(はさみ)は、いつどこで何に使われていたかもわからないけれど、すごく惹かれますね。深澤さんの言葉のように「ヤバイ」と感じます。
前村 それは、19世紀末〜20世紀初頭に朝鮮半島でつくられた「飴切鋏」ですね。鉄製で重いから、使いやすいものではないですよね。ただ、飴を切る鋏、というよりもチャキチャキと鳴らして客寄せに使ったかもしれません。
鈴木 おそらく飴職人じゃないと、何に使うものかわからないと思います。持ち上げて使うんじゃなくて、机に固定して使っていたのかな......とか。用途がわからないからこそ、観察にも自由が生まれる気がします。
前村 民藝品は日用品です。ですから、「何に使うんだろう」と用途を想像するのもひとつの視点ですよね。
【民藝の見方#2】
「何に使っていたものか」を想像する
続いて、鈴木さんが足を止めたのは、黒光りする陶器が並べられた展示台。深澤さんのコメント「黒く深く鈍い艶」に、鈴木さんも呼応します。
鈴木 艶の深みに注目することで、「色ってこういうものなんだ」と感じ取ることができますね。概念としての「色」を味わい直すというか......。新しい感性が自分の中に生まれる気がします。民藝を観ていると、当たり前のことを新鮮に捉え直すことができますね。
前村 この艶は、時代性を踏まえて見ると更におもしろいんですよ。これがつくられたのは、電気がない時代です。窓から入る太陽光だけを灯りにして、制作されているんですよね。そんな時代だったから、今と当時では、もの自体の存在感や見え方も違うでしょうし。
鈴木 このショーケースは、上部がすりガラス調になっているんですね。照明が直接当たらないようになっている。
前村 よく気づきましたね! 光が乱反射しないようにしているんです。
鈴木 もっと部屋を暗くして観てみたいですね。自分の顔に光をあてて、その反射光で観るのもおもしろいかもしれない。
前村 おもしろい発想ですね(笑)
【民藝の見方#3】
時代性を踏まえて観る
装飾がついた沖縄の骨壷をまじまじと眺めていた鈴木さん。「触ってみたくなりますね」という声に、頷くお客さんもいました。
鈴木 民藝品って日用品なのに展示されていると触れないじゃないですか。特に、日本民藝館に展示されている民藝品はショーケースに入っているし、触りたくても触れないんですよね。
前村 やはり触りたくなりますよね。逆説的になってしまいますが、触れないことで想像性を育むこともできるかと思います。民藝品は、無名の職人さんがつくる日用品です。それを作品として扱っていること自体に矛盾を孕んではいるのですが、客観的に見ることで作品と自分の距離感を感じることができる。職人さんが手づくりしているので、まったく同じものは存在しません。ひとつひとつが微妙に違っていることで、職人さんの個性という手癖を楽しめるのも、民藝品の良さだと思います。
鈴木 僕は民藝鑑賞をするとき、手で触れることを諦めて、目で作品を触っています。10代・20代の頃は、触れられるものにはとにかく手で触っていましたが、年齢を重ねるうちに、敢えて触らずに離れた場所から"目で触る"ことの奥深さを覚えたんです。
前村 その発想はおもしろいですね。自分で新たな触覚をつくるんですね。
鈴木 "目で触る"ことは視覚を超えて妄想に近いので、自分の気分次第でなんでもできるんですよ。特に民藝は、本当に自由な鑑賞ができますよ。「この壺の中に入ってみたらどんな感じかな?」とか、「口に入れてみたらどうかな?」など、人に言うのも恥ずかしいことをたくさんしています(笑)。
前村 鈴木さんの「目で触る」のように、自分オリジナルの見方を発掘するのも大事ですね。自分なりの「変な見方」を楽しんでみてください。
【民藝の見方#4】
自分だけのオリジナルな見方を発掘する
授業終盤には、自由鑑賞の時間が設けられ、おのおの気になる作品の元へ。参加者の方々からは、「日本民藝館から飛び出した作品が新しい空気を吸ったように見えて、とても瑞々しかった」「コンクリート打ちっ放しの展示室で見る木の艶は圧巻でした」といった声もあがりました。
「気が向くと、展覧会にスケッチブックを持っていく」という鈴木さんは、気になる作品の前で自身のスケッチブックを開き、鉛筆を走らせました。
鈴木 アート作品を鑑賞する時、基本的に写実的なスケッチはしないんです。作品から得たインスピレーションをもとに、思いついたことを描くんですよね。しかし民藝品には、写実したくなる魅力がある。むしろ、造形そのものをなぞってスケッチすることで新たなインスピレーションが湧いてくる気がします。おそらく、民藝の形には人間の五感や思考を超えたものが、高次元に統合されているからだと思います。
実は、以前鈴木さんが日本民藝館へ足を運んだときにスケッチをしていた酒杯が、今回の民藝展でもセレクトされ、展示されていたのです。鈴木さんは少しびっくりした様子で再会を喜んでいました。
授業の最後、前村さんからあらためて「民藝の楽しみ方」のアドバイスがありました。
前村 柳宗悦さんの言葉に「今見ヨ、イツ見ルモ」とあります。この言葉には、「いつも見ているものであっても、今初めて見る想いで見るならば、真なるモノの姿を見ることができる」という意味が込められているんです。時代性のあるものにも、いつも「今」というフィルターを通すことで、常に新鮮な視点をもたらすという発見があります。
【美術展の見方#5】
スケッチブックを持っていく