98 安藤北斗(we+ デザイナー)× 林登志也(we+ デザイナー)後編

安藤北斗(we+ デザイナー)× 林登志也(we+ デザイナー)_03

コンテンポラリーデザインという、ちょっと聞き慣れないジャンルで活動をするwe+の林登志也さんと安藤北斗さん。水のにじみのような模様が浮かび上がっては消えるテーブルや、釘のような鉄線で覆われたイスなど、海外でも評価の高い彼らの作品は、シンプルゆえに思わずじっと見入ってしまうような不思議な魅力を持っています。2018年10月19日(金)〜11月4日(日)まで開催される「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2018」に出展している作品の制作エピソードとともに、コンテンポラリーデザインの海外事情やそこから私たちが学べることなどをお聞きしました。

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update_2018.10.31 / photo_mariko tagashira / text_ikuko hyodo

アートとデザインの中間にあるコンテンポラリーデザイン。

『Disguise』 Disguise

和紙を使った花器のように見えるが、重層的に成形されたワックスでできている。微妙な振動で花瓶の内部に波紋が生まれ、その影が表面に映し出される。「日本的」と評されるのが納得できる、2017年六本木アートナイト出展作。
Photo: Masayuki Hayashi

自分たちのジャンルをコンテンポラリーデザインと位置づけているのですが、コンテンポラリーデザインには今のところ、おそらくいろんな定義があると思うんです。そんななかで僕らなりの解釈としては、仮にアートとデザインが対極にあるとしたら、その中間くらいにあるものだと考えています。

僕たちのものづくりはデザインベースで始まっていて、軸足はあくまでもデザインに置いているので、たとえばイスとか机みたいな機能性は確実に持たせるようにしています。しかもデザインの場合は、社会との接点をたくさんつくらなければいけないから、経済的に成り立つことも重要です。

一方でアートというのは、社会に対して問題提起をする力があったり、経済性や合理性などは脇に置いて、つくりたいものを純粋につくるという思いをベースにしていることが多いですよね。僕らが作品をつくるときは、機能が備わっているという意味ではデザインなんですけど、経済性や合理性という考えはいったん外して、表現を突き詰めるとどんなことができるのかを追求します。それが僕らの考えるコンテンポラリーデザインなんです。

安藤僕たちの作品は、ものによってはかなりアートっぽく見えるらしいんですけど、実を言うとあまり腑に落ちていなかったりするんです。というのも、諸先輩方がつくってくださった脈々と続くデザインの歴史やコンテキストのなかで、作品がどうあるべきか、あるいはどんなふうにそれらを更新できるかということに関して、かなり慎重に設計しているつもりなので。

アートにももちろん歴史やコンテキスト、平たく言うとお作法みたいなものが当然あると思うんですけど、僕らはそれらを体系化して理解したり、咀嚼できているわけではない。アートに対して自分たちをプロットしている感覚ではないので、やっぱりデザインベースなんですよね。そんな状況でアーティストと名乗るのは、アーティストの方々に申し訳ないというか......。

たしかに無責任になっちゃうよね。特に海外だと、どういうステートメントで活動しているのか、自分たちで発信していくことも大切なんです。ヨーロッパやニューヨークなどを見ていると、デザイン業界におけるプレイヤーの数が多いこともあって、コンテンポラリーデザインをやっている人たちの経済が、別個に回っているようです。コンテンポラリーデザインに特化したギャラリーがそれほど珍しくなくて、アート作品のようにそのギャラリーを通して実際に売れたりするので。

昨年、六本木アートナイトに『Disguise』という作品で出展したのですが、現象などを見て驚いたりする反応のしかたに関しては、日本と海外の差を感じたことは特にありません。ただその作品をたとえば家具として評価するような視点を日本の場合はまだ持っていなくて、「なんなのこれ!?」「おもしろいね」で終わっているところはあるかもしれません。

安藤ヨーロッパなんかだと、コンテンポラリーデザインの評価軸がきちんとあるんですよね。スタンダードができているので、コンテンポラリーデザインのフィールドのなかでどういったものをつくろうとしているのかを、体系的に理解してくれているような気はします。

日本はそもそもコンテンポラリーデザインの歴史が浅いですし、そういったものづくりをしているプレイヤーが極端に少ないのが現状だと思うので。

マーケット自体がそんなに大きくないので、体系的に評価できる人が今のところ少ないのかもしれないですね。