82 泉麻人(コラムニスト)前編

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幼い頃から地図が好きで、その地図を片手に街歩きを重ねてきたコラムニストの泉麻人さん。ビルの狭間や路地裏を好んで歩き、いわゆる一般的なガイドブックからは溢れ落ちてしまう風景を独自の視点ですくいあげては、私たちに新しい東京の魅力を見せてくれる、いわば街歩きのスペシャリストです。そんな泉さんに街歩きの視点から垣間見る東京、そして六本木の街の魅力や可能性を伺いました。

後編はこちら

update_2017.7.5 / photo_yuta nishida / text_nanae mizushima

山手線内側と外側の違い。

 東京生まれ、東京育ちの僕の地元は新宿区の中落合。30歳の頃までこの街で暮らしていたんですが、幼い頃は自宅から都心までの距離がとても遠く感じていました。というのも今から約50年前の東京は、山手線の内側と外側の景色に格段の違いがあったんです。今でこそ高層ビルや路地裏に広がるネオン街は、よくある東京の風景の一部ですが、その当時は山手線の外側にはない風景だったんです。だから両親と銀座に出かけたときにはすごく高揚しました。これが東京なんだ、と。絵本の中でしか見たことのなかった風景が銀座には広がっていたんです。

今は都内であればさほど風景に差を感じなくなりましたけれど、沿線ごとに街の性格は違っていて、それが東京の魅力の一つだと思います。東京はいろんな人に寛容で、多様性に満ちている。だから僕自身は東京の街でここが一番、という場所は特にないんです。どこもそれぞれに味わい深いから。

ただ、どの街に行っても共通していいな、と思うポイントはあります。それは戦前の古い洋館とか、この時代の建物がまだここに残っているんだ、といったものを思いがけず発見した時です。やっぱり僕自身が60代になったこともあって、惹かれるものは渋い造りをした町医者や理髪店とか、郷愁漂う建物が多い。
見つける度に中に入ってじっくり眺めたいと思うのですが、それこそ診察をしてもらう、髪を切ってもらうとかしない限りのぞくことができないので、それがすごくジレンマでもありますね(笑)。

街もまた、人と同じ生き物であるということ。

 幼少期に親しんだ建築物にどうしても惹かれてしまうので、ひと昔前に街全体が高度経済成長期を経て、ニュータウンとして変貌していく姿を目の当たりにしたときは、正直苛立ちもありました。でも時が経つに連れて、気持ちもまた変化していくものです。

例えば 東京オリンピックを翌年に控えた1963年に、日本橋の上に首都高速道路の都市環状線が走りました。当時は空に蓋をされたような感じがしてショックでしたけれど、時が経てばそれなりにクラシックな趣が出てきて、親しみが湧いてきます。団地なんかもまさにそう。
近代化の象徴でありトレンドでもあった大型団地は僕自身にとっては正直、日本屋敷に比べると無粋な感じがしていました。でもこうして30、40年経つと、建築物としての味みたいなものが出てくるから不思議です。

要は街もまた人と同じ生き物なんですね。変わりゆく中で、人に与える印象も違ってきますし、その都度、発見や面白さを見い出せる瞬間がある。その瞬間をどれだけ見つけられるのか。見つけるための目を養うためには、やっぱり自分でいろんな道を歩いてみることでしか得られないことがたくさんあります。