49 平林奈緒美(アートディレクター)

平林奈緒美(アートディレクター)

ソニア・パークによるセレクトショップ「ARTS&SCIENCE」や、雑誌『GINZA』のアートディレクション、NTTドコモやJTのHOPEのパッケージデザインに、ドリカムや宇多田ヒカルのCDジャケット、最近では神楽坂の商業施設「la kagu」のアートディレクションなどなど、幅広い仕事を手がけてきた平林奈緒美さん。この日の撮影は、平林さんお気に入りの書店「ビブリオファイル」で。仕事場に行く以外、ふだんほとんど外に出ないという平林さんですが、実は今、お気に入りの街があるそうで......。

update_2014.12.3 / photo_tsukao / text_kentaro inoue

最近、ベルリンに通い詰めてます。

ビブリオファイル

ビブリオファイル
AXISビルの地下1Fにある書店で、インテリアや雑貨を扱うリビング・モティーフのインショップ。壁一面を使った本棚には、デザイン関係の洋書を中心に、建築、ファッションなど、セレクトされた約2000冊の書籍が並ぶ。

 ハマっている街というのは、ドイツのベルリンです。ロンドンにもパリにもない"何か"がある気がして、今年、何度も行きました。たとえば、ニューヨークなんかもそうですけど、かつてのSOHOみたいに、開発されてない場所に何か新しいものができていくときってすごく面白いでしょう。ベルリンにはまだ、そういう雰囲気があるんです。まだ知られていない個性的なお店があったり、表には出てこない超マニアックな人たち、たとえばすごい電気オタクがいたり(笑)。全般的に生活するということに対して、環境が整っている気もします。

 ドイツのデザインが好きっていうのも理由かもしれません。日本って、洋服とか食べ物にはスタンダードなもの、いいものがいっぱいあるんですけど、いわゆる道具とかパーツ類にはそういうものがない。インテリアなんてすごく騒がれているし、デザインも頑張っているんだけど、細かい微妙なところはみんな諦めちゃうんですよね。たとえば、電気のスイッチが最悪だったり、壁に変なリモコンをつけちゃったり。

 そういうのがどうしても我慢できなくて、自分の家をリノベーションしたときには、一つひとつとんでもない労力をかけて探しました。ニューヨークの地下鉄のタイルが欲しくて、タイルを焼いているスリランカの工場に連絡して小売りしてもらったり、SECOMの機械に書かれた大きな丸ゴシックの《在宅》という文字が嫌で、外国人用があるのを突き止めたり。実際に自分で探して見つけたことで得た知識は、デザインを考えるうえでもすごく役に立っていると思います。

自分がやりたい「デザイン」は、パブリックな場所にある。

 ベルリンなど海外に行っても、お店で商品を探すことはほとんどありません。その代わり、空港とか区役所とかに通っては、トイレのブラシはどんなものを使ってるのかな、なんてリサーチをしています。なぜパブリックな場所なのか、それはまさに「デザインって何なの?」という話になってしまうんですが、私にとってのデザインって、そういうところに多く存在しているから。実際に普通に使われていて、暮らしの一部にもなっている。けっしてすごくステキ、みたいなものではないんです。

 この感覚を言葉で説明するのはとても難しくて、たとえば「アノニマスデザイン(無名性のデザイン)」みたいな言い方で簡単に片付けてほしくない(笑)。たしかにデザイナーがいて、きちんとデザインしている、でもそれに気づかないほど当たり前に存在している。きっとここに、私がやりたいことがある気がしています。

 日本でも、ワークマンとかホームセンターのように、機能的で装飾がなく、値段が安くて耐久性のあるものを扱っているお店が好きですね。たとえば釘の箱を見ると、釘の絵とサイズ、必要最低限の情報だけが整理されて載っている。そういうものは、ふだんデザインをするときの参考にもなっていますね。

言葉がわからなくても意味がわかる、それがデザイン。

 昔、会社員時代に、1年ほどロンドンで働いていたことがあるんです。向こうに住んでいるので当然、税金の取り立ての書類が送られてくるんですが、それがすごく端正なデザインをしていることに驚きました。もちろん税金についての書類だから、若者からおじいちゃんおばあちゃんまで、あらゆる世代の人が見るもの。書体は基本ひとつしか使ってなくて、色も一色刷りで、どうしても目立たせたいところだけボールドになっていたり、斜体になっていたり。それだけで、きちんと書類が成立している。

 たとえば日本で、「年金のお知らせ」みたいな書類があったら、だいたいはカラーで、すごく字が大きくて、どこもかしこも目立たせようとするでしょう。しかもなぜか字が丸くて、必ずキャラクターがついていて......大人をバカにしているのか、と思ってしまいますよね。

 はたして、こういう処理が本当に必要なんだろうかという話を、以前、葛西薫さんとしたことがあります。私は、葛西さんをすごく尊敬していて、次のオリンピックも何もかも、すべてデザインをしてくれればいいのにと思っているくらいなんですけど(笑)。葛西さんいわく、ヨーロッパの時刻表は、たとえ言葉がわからなくても見れば意味がわかる。そういうものがデザインなんだよね、って。