28 津田大介 (メディア・アクティビスト)

津田大介 (メディア・アクティビスト)

ツイッターをはじめインターネットの可能性を見越した独自のメディア活動を行ってきた津田大介さん。最近では、ネットのみならず、ラジオやテレビ番組にも活躍の場を広げ、J-WAVE「JAM THE WORLD」では火曜日のパーソナリティを務める。収録は六本木ヒルズ・森タワー33階にある見晴らし抜群のスタジオ。毎週通うようになり、六本木との関わりも深まっているという津田さんがこの街に求めるものとは。

update_2013.5.1 / photo_taro hirano / text_tami okano / edit_rhino

見た人に「考えさせる」ためのアート。

ウクライナ国立チェルノブイリ博物館
1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原子力発電所の事故の記憶を後世につなぐため、事故後6周年にウクライナの首都・キエフに設立された博物館。悲惨な事故の歴史をただ伝えるだけでなく、アートの文脈で表現することで、訪れた人の記憶に残る展示を行っている。

 つい先日、雑誌の取材で1週間ほどチェルノブイリに行ってきたんです。ウクライナの首都、キエフにある「チェルノブイリ博物館」にも立ち寄ったのですが、展示物の並べ方をはじめ空間の作り方が立体的というか、アーティスティックで、とてもインパクトがありました。1986年に起きたチェルノブイリ原発事故のことは皆さんご存知かと思うのですが、例えば、入り口から階段を上って行けば行くほど原発に近づくという設定になっていたり、帰還が不可能になった70近くの村の標識が、象徴的にぶら下がっていたり。世界地図がモチーフになっている天井では、ランプが光っているところが原発のあるところ。子どもたちが残していったぬいぐるみを集めたオブジェなどもありました。

 過去の痛ましい出来事を伝える施設ということでは、日本の「広島平和記念資料館」や「沖縄県平和祈念資料館」も同じですが、日本の展示はどちらかというとドキュメンタリー中心で解説が多いですよね。「チェルノブイリ博物館」がエンターテイメントだとは言いませんが、印象としてはドキュメンタリー3割、あとの7割は事故のアーカイブなどを使った体験型のインスタレーションやアーティスティックな展示で、見た人に「考えさせる」内容になっている。事故そのものを伝える資料と、哲学的な問いを投げかける展示、そのバランスが絶妙で、聞けば、展示のプロデュースは現地のアーティストがしているそうです。

社会に対する刺激的な問いかけ。

 アートって、人に何かを考えさせる「きっかけ」になるようなものですよね。昨年「日本科学未来館」で行われていた『世界の終わりのものがたり』という企画展でも、そのことを感じました。副題は「もはや逃れられない73の問い」。まさに、いろんな問いかけがある企画展で、とても面白かった。最先端のアートやデザインって、最先端の問いかけなんだな、と。来場者数も記録的に良かったと聞いています。

 六本木の「森美術館」で開催されていた会田誠展もいろいろと物議を醸したけれど、結果的にはものすごい大成功を収めましたよね。それはやはり、「社会に対する刺激的な問いかけ」があったからだと思います。

 デザインとアートの街って、つまり、問いかけみたいなものが常にある街なんじゃないでしょうか。東京ミッドタウンにしても六本木ヒルズにしても、消費社会の象徴のような側面があると思うのですが、その場所で、「今の消費社会のままでいいのか」みたいな問いがあるのも面白いだろうし、資本主義が抱えている矛盾を否定することなく、矛盾のまま、提示するようなものがあってもいい。そのことで人が集まり、六本木という街が新たな出来事との出会いの場になっていくといいんだろうな、という気はします。

アート+デザイン+メディア。

 アートとデザイン、そして、僕はそこにメディアも加えたい。例えば大手の新聞社などは大手町近辺や官公庁街にあることが多いのですが、マスメディアやジャーナリズムを担うような企業が六本木にあってもいいのでは、と思うんです。ジャーナリズムとアートやデザインが組み合わさったものを見たいとすごく思うし、たぶん自分の活動も、そういうところにあると思うんです。

 僕が注目されたきっかけはツイッターです。政府の審議会を傍聴席で聞いていて、マスメディアにもっと報じて欲しい内容だと思ったんだけど、記者席にまったく記者がいない。だから、今起きていることを報告するツール=ツイッターを使って内容を報告したんです。それがおもしろかったし、可能性を感じて、いろいろな記者会見などでもその場でどんどん報告するということをやっていったですね。

 その動機はジャーナリズムもあるんだけれども、半分は「ツイッターでジャーナリズムをやったらどうなるのか」という実験、アートアクティビズムみたいな気分もあったように思います。世界中で誰もツイッターを報道で使ってないんだったら、俺が一番最初にやってやろう、みたいな。