地域のための手仕事としてのアートに戻り、新しい「地域型テーマコミュニティ」をつくる。
地域再生のキーパーソンとして注目され、人と人とをつなぐコミュニティデザイナーとして活躍する山崎亮さん。地方の山間集落や離島での仕事が広く知られている山崎さんですが、実は「都市のコミュニティづくり」も大きな関心ごとのひとつだと言います。都市にもコミュニティは必要か、そこにアートはどんな役割が果たせるのか。「デザインとアートと人をつなぐ街」六本木を考えるにあたり、まずは「都市のコミュニティ」についての山崎さんの視点から。
都市の中に暮らす「都心居住」がうたわれて30年ほど、国も民間も盛んに「ハードとしての住まい」はつくってきました。でも、同時にコミュニティをつくる、ということは、残念ながらあまりやってこなかったと思うんですね。都市に人は増えたけれど、コミュニティがない、あるいはあっても参加していない。多くの人が職場と家との往復だけで、地域との関わりをほとんど持ってこなかったんだと思います。その結果、隣に住む人の顔が見えないどころか、街に人が住んでいないと感じるほどになってしまった。
人が暮らしていくうえで、いい街にしようと思ったら、やはりコミュニティは必要です。でも、人と人とのつながりって、放っておいても生まれるものではないんですよね。孤独死が年間3万人以上というこの時代に、どうしたら都市でも人がつながるきっかけをつくることができるか。そのためには「地縁型」と「テーマ型」という2種類のコミュニティを意識しながらつくっていかなければならないと思っています。
「地縁型」は、同じ地域に住んだからこそ生まれる、まさに「地域の縁」でつながっていくコミュニティです。町内会や自治会がその代表格にあたります。「テーマ型」はたとえば鉄道が好き、とか、ラーメンが好き、とか何でもいいのですが、共通の関心や目的で結びついたコミュニティです。
六本木をきれいにする会
今やミクシィやフェイスブックといったSNSもあり、「テーマ型」のコミュニティのほうが身近に感じるかもしれません。特に都市部では、「テーマ型」が強いと言われ、ネットワークとかサークルと言われるようなグループがたくさんあります。
一方の「地縁型」は、田舎に行くほど強く、都市部ではほとんど成立しないようになってきています。そもそも田舎の「地縁型」の結びつきが嫌だという人が都市に出てきたという30年前からの背景もありますし、賃貸マンションに住んでいる人が自治会に来ることはまずないですしね。
それなら都市部は「テーマ型」だけでいいかというと、共通の感心や目的があっても同じ地域には住んでいないことが多いので、災害をはじめ何かあった時に助け合う関係になれない。2つのコミュニティはどちらかが大事という話しではなく、そのバランスが重要だということです。そして、この両方の要素を持った「新しいコミュニティ」を作り出す必要がある、と僕は思っています。
同じ地域に住んでいるラーメンが好きな人、とか、同じ地域に住んでいる囲碁が好きな人。そういう人たちが集まる仕組みをどう作っていくか。これにはまだ名前がなくて...... とりあえず2つをくっつけると「地域型テーマコミュニティ」でしょうか。アメリカで生まれたCBO(コミュニティ・ベースド・オーガニゼイション)という考え方があるのですが、直訳すると、地域をベースにした組織。地域型テーマコミュニティの概念は、このCBOに近いものかもしれません。
さて、いよいよここで、アートの登場です。地域につながりがなくなり、生活の実感もなくなって、もし何かあったら助け合える人がこの街にいるかしら?と心配な人たちがいる。その人たちがつながるための「地域型テーマコミュニティ」のテーマとして、アートはとても大きな可能性を持っています。
アートといっても、世界的なアーティストがつくったものをみんなが有難く観察する、というタイプのものではありません。いわゆる「参加型」のアートです。たとえば、1,000人が集まって小さなクッキーに顔を描き、壁に貼るとする。参加した人は「私が描いた顔はこれよ」って皆を呼んで見に来る。そのことで、アートがより多くの人たちの目に触れるきっかけになりますし、愛着も増すでしょう。でも、一番重要なのは、顔を描くために集まった人たち同士がつながること。クッキーはボロボロになるから、2週間も展示したら撤去するかもしれないけれど、つくったときのコミュニティは残る。
そうやって、いろんな形で住民が参加し、成果物としてコミュニティを生み出す、というアートが都市部でたくさん展開されたら、顔が見えない街ではなくなっていくと思いますし、心配も減っていくんじゃないかという気がします。
僕が考えるアートの面白さや可能性は「ものを生み出す行為」そのものなんです。アートという言葉は、もともとアーティフィシャル=手仕事という意味です。手仕事の結果できたものは、彫刻かもしれないし絵画かもしれないけれど、本質はどこにあるかというと、できた物ではなく、その巧みな手仕事にあると思うんです。生み出すものは目に見えないものかもしれない。だからコミュニティが生み出されるということもアートだと言えるのではないでしょうか。
今までエスタブリッシュされてきた大文字の"ART"は、作品をつくって売るものになっていますが、生まれたときのアートはそういうものじゃなかったはずなんですね。そのことを再発見したのが、100年以上前に手仕事の価値に目を向けたイギリスの「アーツ&クラフツ」だったり日本の「民藝」だったのではないかと思います。僕の解釈では、どちらも「コミュニティをつくるアート」です。
民藝で言うと、農家の人たちが収穫したものを壷や籠に入れて保管するといったことをそれぞれの家でやっていた。だから街には必ず、そのための壷や籠をつくる人がいた。農閑期に毎日手を動かし改善していった技術には、大文字の"ART"とは違う美しさがある。それを民藝と定義したわけです。つまりそれは、コミュニティのための技術であり、地域のための手仕事ですよね。もともとアートというのは地域に根ざしたものだったはずなんです。
「世界をマーケットに金融商品として流通するようなアート」のお祭り騒ぎって、日本ではこの50年くらい限定の話しであって、高度成長期やバブル期を含め、長い日本の歴史の中ではちょっと異常な経済状態だった時代の話しです。これからは、マーケットで余剰したお金なんてない時代に戻りますし、アートの価値も元に戻らなければならない。手仕事の技を、地域に還元するようなアートの在り方を、粛々とやってかなければならないのではと思います。
「地域型テーマコミュニティ」づくりの実験の場として、六本木は条件が整っているかもしれませんね。つながりも適度に途切れてしまっているし、自分が楽しいと思えるアートで集って、楽しいよね、って言える相手が家族以外に、この六本木にいるって分かったら、みんな感動しちゃうんじゃないでしょうか。
で、週末に集った人たちと平日の朝にばったり会ったりして、おはようございます! って言っちゃったよ〜、っていう喜びは、スタートラインが低ければ低いほど、大きいと思います。
具体的には、どんなアートでもいいと思うんですが、手仕事という意味では、「農」がいいんじゃないかなあ。農はみんなが関われるし、成果が見えやすく、身体の中にまで取り込んでいけるという良さがある。都市に住むお母さんたちが、田舎に子供を連れてきて「土に触れさせることができた」と喜ぶのって、欲求としてはとても自然なことでもある。
六本木農園
百姓ってアーティストの日本語訳だと思うんです。百の手仕事ができる人。何でも自分で器用にやってしまう人。だから、アーティストの先生=お百姓さん呼んで、みんながそれに関わる手仕事をやってみて、半年くらいかけて作品をつくる。その作品をみんなで調理して食べる。アートの概念を広げると、農のある生活というのが、一番アーティフィシャルだと思います。
世界で好きな街をあげるとしたら、メルボルンです。オーストラリアの首都だった街で、1年ほど住んだことがあります。オーストラリアは230年くらいしか歴史がない若い国ですが、歴史がないからこそ、昔からの街並みや建物をすごく大事にするんですよね。
たとえば、市内を流れるヤラ川にかかっている橋が、歴史的な橋だから保存しよう、という運動があるんですね。どのくらい古いかというと100年くらいなんです。日本には100年ほど前のビルや橋はたくさんありますが、彼らは本気で残したいと思っていて、壊してしまったら、そもそもない歴史がますます無くなるという危機感がある。オーストラリア国内では一番古い街なので、俺たちが残さなければどこが残すんだ、という気概を持っている。それ、いいな、と思ったんです。
ヤラ川にかかっている橋「プリンセスブリッジ」(メルボルン)
もうひとつの良さは、中心部からトラムで20分も行ったら、田舎なんですよ。南は海で北は山々。街に暮らしながらバーベキューをしに行くのもキャンプに行くのも全然気負った感じがなく、都市と自然と、そのバランスを上手く保っている街だと思います。
仕事を通じて今一番感心のあることは、人を育てることです。あんまり仲間がいないので(笑)。 コミュニティのエンパワメントっていろんな側面であるんですね。行政や企業の内部組織に対しても必要とされることがあります。複数の人たちが集まったときに、ワークショップやチームビルディングの技術を使ってその人たちの力を結集し、パフォーマンスをぐっと上げていくような仕事をする人が、もっと増えてほしいですね。
いま実現に向けて動いているのは、東北の大学に、コミュニティデザイン学科をつくろう、という計画です。文科省から許可が下りれば2013年から学生の募集を始めます。
被災地は、これからさまざまな合意形成が必要な段階に入ります。今までは瓦礫をどこに移動させるかや仮設住宅でどう快適に過ごすか、という段階でしたが、来年・2013年の1年間で、道路をどこに通すか、住宅を建てるべきか国立公園にすべきかといったことの整理が相当されると思います。そして、2014年くらいから、いよいよ、街をどうしていくか、という話し合いをしなければならないはずなんですね。仮設からも出なければならない。この時に話を取りまとめ、集落ごとの合意形成を進めていけるような人が必要になります。
「コミュニティデザイン学科」の学生たちは、実地で被災地に入っていくわけで、相当鍛えられると思いますね。4年間、復興の過程でさまざまな話し合いを取りまとめた技術をもった人は、日本全国、どこに行っても通用すると思います。山間地の限界集落や寂れた商店街はもちろん、都市のコミュニティづくりにおいても達人になっていくんじゃないでしょうか。東北の無口な人たちから意見をどうやって引き出すか。それができたら、東京の人なんてよく喋ってくれて楽だと思いますよ。六本木の人たちなんて、なんていい人たちなんだろうって思うはずです(笑)。
鍛えられるという意味では、大阪の南のほうでも鍛えられますね。街づくりの話し合いの場に入っただけで怒られますからね。お前ら税金つかって何しに来たんや、みたいなおっちゃんが50人いて、それを取りまとめることができたら、どこに行っても人が優しく見えます。なので、ぜひ、東北と大阪の現場を経験してもらい、最強のコミュニティデザイナーになってもらいたい。活躍の場は、たくさんあります。
取材を終えて......
撮影場所である、六本木の裏路地に、にこやかな表情で「どーも遅れてスミマセン!」と元気よく登場してくれた山崎さん。取材中も様々な地域で活躍されているだけあって、発せられる言葉はどれも明快。大都会六本木には「地縁型とテーマ型の2つの要素を持ち合わせるコミュニティ」が必要だということを気づかせていただきました。そのコミュニティに、デザインとアートの力をどうプラスするかが今後の課題かも知れません。