「MEDIA AMBITION TOKYO(以下MAT)」は、2013年から開催されている、テクノロジーアートを世界へ発信するイベント。3回目となる今年は、2015年2月11日(水)から15日(日)まで、六本木のほか青山やお台場でも開催されました。六本木デザイン&アートツアーでは、そのうち六本木ヒルズの「MAT LAB.」、IMA CONCEPT STOREの「IMA ARART exhibition」、東京ミッドタウンの「Skate Drawing」を巡りました。ガイドは、メディアアート・キュレーターの四方幸子さん。その様子をレポートします。
参加者のみなさんが集合したのは、六本木ヒルズのパブリックアート「ママン」の下。ここから、四方さんの案内のもと、今回のツアーがスタートしました。
「私が90年代にキュレーターとして関わっていたキヤノンの文化支援プロジェクト(「アートラボ」)のオフィスが六本木にあったんです。その後、2000年に入ってからはアソシエイト・キュレーターとして森美術館の立ち上げにも参加しましたし、麻布十番に住んでいたこともあって、個人的にも六本木はなじみ深い街。今日は、そういったことも思い出しながらツアーをしていきますね。今年度から明治大学で『メディアアート』という講義を担当していますが、学生たちからもライゾマティクスやチームラボといった名前をよく聞くようになりました。このジャンルの注目が高まっているのを実感しています」
「さて、MATですが、『アンビシャス』というとクラーク博士のあの言葉(Boys, be ambitious!)を思い出しませんか? MATは4人の男性が立ち上げたんですよね。JTQの谷川じゅんじさん、CG-ARTS協会の阿部芳久さん、森ビルの杉山央さん、ライゾマティクスの齋藤精一さん。男っぽいイメージの、野心とか野望を感じるイベントですね。例年、六本木ヒルズ森タワーの展望台を中心に開催していましたが、改装中で、今回は閉鎖中のチケットカウンターを使っているそうです。今しか使えない場所での展示、さっそく観に行きましょう」
森タワーの3F、展望台チケットカウンターに到着すると、広がっていたのはまさにスタジオのような光景。この「MAT Lab.」の会場で一行を待っていたのは、MAT立ち上げメンバーのひとり、谷川じゅんじさん。ここではビジュアルデザインスタジオ「WOW」と、彫刻家・名和晃平さん率いる「SANDWICH」が、会社ごと移動して、普通に仕事をしているのだそう。
会場の説明をしてくれた谷川さん(中央)に加え、この場所で本当に仕事をしていた名和さん(右)も話を聞かせてくれました。
「公開ラボということで、僕たちが進めているプロジェクトを実際に制作したり、実験したりしています。ふだん僕たちは京都、WOWは渋谷で仕事をしているのですが、やっぱり近くにいると情報交換や技術的なアドバイスもより盛んになる。5日間ここにいるというのを聞きつけて、ここぞとばかりにいろいろな人が打ち合わせに来て、逆に仕事ができないという状況になりつつもありますけど(笑)」(名和さん)
「また、ケイズデザインラボという会社に協力してもらって、3Dプリンターや3Dのモデラーを使って、建築や彫刻、アートのインスタレーションを制作しています。今までになかった形でのブレイクスルーが起こるんじゃないかという気がしますね。WOWは映像が得意、SANDWICHは造形物が得意。デジタルとアナログが融合するマッチングは、最強のチームなんじゃないかと思っています」(名和さん)
「名和さん、ありがとうございました。テクノロジーアートは、常設すると投資額も大きくなってしまいますし、まだその可能性をステークホルダーが見極められていません。そこで、短期的に(街に)プラグインすることで人が集まり、質量をともなった場をつくることで、新しい現象が生まれるんです。日本が抱えている閉鎖的な仕組みをアウトサイドから壊してみようということで、リスクを背負ってみんなでトライしている。それに共感してくれた人が、場所やモノ、アイデアを提供することで、最小限の経済負担で最大の効果が出せるのがこの仕組みのいいところです」(谷川さん)
「一般的な芸術祭や展覧会とは少し違う、『生む』というエネルギーが持っている可能性を、みんなに感じてほしい。これを何年も続けていくことで、パリコレクションやミラノサローネ、メゾン・エ・オブジェなど世界中の誰もが知っているイベントのライバルになって、世界中から人を呼ぶことができると僕は思っているんです。毎年2月はアート&テクノロジーの新しい表現を見に東京へ行こうという流れを、みんなでつくっていきたいと思っています」(谷川さん)
「MAT Lab.」の最後は、四方さんからこんなコメントが。
「仕事場が公共の場に出現しているという不思議な状況で、新鮮ですよね。いろいろな人がいて、ここでしかない出会いがあって生まれるものがある。自由度があるからこそ可能性があるんだと思います。こちらの方はゴジラの写真を見ながら造形していますね。3Dプリンターも注目の技術。人間の想像を超えたものや世界には存在しないものがつくれる可能性があると思います」
六本木ヒルズから、毛利庭園を抜け、鳥居坂を通って、次の目的地・IMA CONCEPT STOREへ。その間も、四方さんによる"メディアアート講義"は続きます。
「昨日、MATのイベントのひとつで、先ほどの谷川さんとチームラボの猪子寿之さん、ライゾマティクスの齋藤さんのトークショーがあったんです。3人とも持ち味が違うけれどパワフルですよね。きっと、時代のほうが追いついて、彼らがこれまで積み上げてきたものが実現できるようになったんだと思います」
「メディアアートという言葉が使われはじめたのは1980年代末頃ですが、メディアに対して批評的に切り込んでいくことをメディアアートととらえれば、それ以前から存在していたともいえます。ただ、文化庁メディア芸術祭では「メディア芸術(Media Arts)」という言葉に、デジタル技術を用いてつくられたアート、アニメ、マンガ,ゲームを含めているように、その定義は組織や人によって異なります。まさに現在形のものとしてみんなで考えていくことが必要でしょうね。そもそも『メディア』という言葉は『メディウム』の複数形で、ものとものをつなぐ役割を持った集合体のこと。いろんな素材や技術、ジャンルの人がコミュニケーションすることでこそ生まれるものだと思いますね」
「昨日のトークショーでも、谷川さんは3Dプリンター、猪子さんはバイオに注目していると言っていました。アートとデザイン、アプリなども含めて、ジャンルが交差することで生まれる作品もありますから、重要なのはいろいろなものが混ざる場所。たとえば、岐阜にある情報科学芸術大学院大学(IAMAS)もそう。ライゾマティクスの真鍋大度さんもここの卒業生ですが、学んでいる人のキャリアが多様で面白いですね。私が注目しているアーティストのひとり、三原聡一郎さんなんかは微生物による発電を試みていて、新たなシステムの『研究者』であり『発明家』的な、これまでにないタイプです。ちょうどアートとテクノロジーの真ん中。そんな人が徐々に出てきていますね」
AXISビルに到着すると、「あ、阿部さん!」と驚く四方さん。冒頭の話に登場したMATを立ち上げた4人のうちのひとり、阿部さんと偶然出会いました。せっかくですからひと言と促され、「20年前に『学生CGコンテスト』をはじめて、その後メディア芸術祭の立ち上げに関わりました。次に民間でできることが何かないか谷川さんと相談して生まれたのがMAT。ぜひ楽しんでくださいね」とコメントしてくれました。
IMA CONCEPT STOREに展示されていたのは、同ギャラリーを運営するアマナホールディングスが発行している『IMA MAGAZINE』。壁面や天井にずらりと並んだ雑誌とARアプリが連動した展示です。解説してくれたのは、IMA CONCEPT STOREの星本和容さん(右)とアプリを手がけたマチルダの白鳥啓(左)さん。
「各雑誌には『ARART(アラート)』というARコンテンツが仕込まれていて、『IMA ARART』というアプリを入れた端末を通して見ると、画面上に新たなストーリーが見えてくるという仕組みです。ここにはこれまでに発行した10号分を展示しています。天井にディスプレイされた中面もぜひ見てみてくださいね。すでにアプリをダウンロードした端末を用意しているのでそちらを使ってお楽しみください」(星本さん)
「たとえば、表紙の絵が動き出したり、中面ではインタビューページで動画が流れたり、雑誌の拡張性に挑戦しています。『IMA』はアートフォト雑誌なので、他のARアプリより精度の高さにもこだわりました。個人的には、技術や表現がもっと生活の中に溶け込んでいくといいなと思っているんです。アプリはApp Store(iPhone対応)でも購入できますので、ぜひお家でも楽しんでください」(星本さん)
「今後の展開としては、表紙にかざすと朝と夜で見えるものが異なるなど、時間によって情報を変えることもできると思っています。スマートフォンにはいろいろなセンサーがついているので、場所や気象データとも関連づけられるし、個人データともつながっていくでしょう。設定の仕方で雑誌がより多層的に楽しめるようになっていくはずです」(白鳥さん)
最初はラボ、次にギャラリー、最後はアイススケートリンクと、MATのコンテンツはさまざま。四方さんもキュレーターを務めているので、街で展示をすることの難しさはよく知っているとのこと。「でも、不特定多数の人が観てくれるからこそ育つものっていっぱいあると思うんです」。ツアーの終わりには、まさに多人数参加型のメディアアート「Skate Drawing」を訪れました。
「このアイスリンクのように、すでに機能しているものに別のレイヤーをつけるのは大変だと思います。今回の作品は、ライゾマティクス・真鍋さんによる『アイデア実現プロジェクト』ということですが、私も札幌国際芸術祭で真鍋さんと坂本龍一さんの作品をつくったことがあります。真鍋さん、何日も延々とプログラミングをしていてすごかったですよ。彼はアートとしてのプログラミングやシステムデザインが、とにかく得意。エンターテインメントや企業の広告も手がける齊藤さんと、2つの個性があるのがライゾマティクスの魅力ですね」
「こちらのライゾマティクスの登本悠介さんは、札幌芸術祭の作品でもお世話になった方です。元内視鏡のエンジニアと聞いてびっくりしました。今、科学とか医療、宇宙開発をする中から生まれるものが多いですが、登本さんのようなバックグラウンドを持つ人がメディアアートをやっているというのも、あながち偶然ではない気がして。では、作品の紹介をお願いします」
「この作品は、スケーターの軌跡を描く作品です。リンクの周囲に設置した18台のカメラがヘルメットに付いているマーカーを撮影することで位置を検出し、それをグラフィックにしてスクリーンに映し出します。このように実写と組み合わせたり、光が渦巻くようなエフェクトに変換したり、滑った軌跡がさまざまな映像になります」(登本さん)
「最初は滑ったあとに自分の軌跡をモニターで観る想定でしたが、映し出される映像をリアルタイムで観たいとい要望にお応えして、現在は交互に切り替わるようにしています。リサーチまで含めると開発期間は長いですが、集中してプログラミングしたのは1週間から10日間ほど。MAT期間中の4日間だけの展示なので、機会があれば別の場所でもぜひやってみたいですね」(登本さん)
今回のツアーは、以上で終了。最後に、参加者のみなさんとの質疑応答の様子と、四方さんからのコメントをどうぞ。
――デザイン系のイベントは10月、11月あたりに多いですが、MATは2月。時期を意識して開催しているんでしょうか?
「2月、3月にはメディアアート系のイベントやフェスが集中していますね。私がキュレーターを務める『AMIT(Art, Media and I, Tokyo)』というフェスは、アートフェア東京の特別企画として昨年始まり、今年は丸ビルマルキューブ、OAZO、仲通り、三菱一号館美術館、TOKIA(P.C.M.)など丸の内エリアの複数会場でメディアアートを展示します(3月19日(木)〜22日(日))。MATやAMIT、文化庁メディア芸術祭以外にも、阿部さんの『学生CGコンテスト』や、アンスティチュ・フランセ東京が主催する『デジタル・ショック』というイベントなど、この時期の東京には、フェスやイベントがいくつも。どれも2、3年前に始まったものです。谷川さんも言っていましたけど、この時期にはメディアアートが見られるから東京に来よう、という人が増えるのが重要かなと思っています」
――3Dプリンターが出てきた一方で、工芸など職人さんによる手仕事もあります。アナログなものとデジタルなものは、これからどんな関係になっていくと思いますか?
「そのあたりに興味を持っている人は多いですね。もちろんそれぞれ違いはあるけれど、手づくりのものが3Dを使うことで精巧にできてしまうという同質性もある。手仕事のクオリティをどのように吸い出すかも含めて、その2つのコラボレーションは実際始まりつつありますし、日常に定着することも増えていくと思います。アートとテクノロジーと工芸が結びついていく、今後の展開や広がりが楽しみですよね」
「みなさんと時間を共有できて、しかも出展者のみなさんの話も聞けて。私としても楽しいツアーでした。今年のMATは、規模こそそれほど大きくはありませんが、その中から確かに育っていくものがあるのかなと思います。私はよく、東京がもっと面白くなるといいねと話しているんです。東京は、それだけの蓄えもあるし、たくさんのアーティストがいる街。小さなフェスが集まることで、さらにメディアアートが盛り上がっていくことを目指していますので、今後も見守ってください。そして参加してください。本日はありがとうございました」
四方幸子(しかた・ゆきこ)
京都府生まれ。都留文科大学英文学科卒業。東京造形大学・多摩美術大学客員教授、IAMAS(国際情報科学芸術大学院大学)非常勤講師、明治大学兼任講師。札幌国際芸術祭(SIAF 2014)アソシエイト・キュレーター。メディアアートフェスティバルAMIT(Art, Media and I, Tokyo)プログラム・ディレクター。情報環境とアートの関係を横断的に研究、並行して数々の先験的な展覧会やブロジェクトをキヤノン・アートラボ(1990-2001)、森美術館(2002-04)、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC](2004-10)のキュレーターとして、またインディベンデント・キュレーターとして国内外で実現。手がけた作品の受賞多数、国際的なメディア・アート賞の審査員を歴任。共著多数。